
2012.02.15
[第85回] スーパーインフルエンサーは、いない
#スーパーインフルエンサーの台頭
2008年、世界的な広告代理店であるマッキャンエリクソンの子会社ユニバーサルマッキャンは、「新たなスーパーインフルエンサーが台頭してきた」と訴えました。もちろん、それはtwitterやFacebookといったソーシャルメディアの場でのこと。
圧倒的多数に対して影響(インフルエンス)を与える存在が、スーパーインフルエンサーです。単なるセレブリティだけではなく、一個人がそうなりうる世界が現出したと論じた(*1)のです。
たった一人の訴えが、あっという間に何万人にも伝わり、世界を動かしていく。そんな時代になったのだと。
調査報告書でユニバーサルマッキャンは言います。「スーパーインフルエンサーたちは、Obama氏の民主党大統領候補の指名獲得を後押しした」「たくさんのブログの投稿、twitterへの書き込み、ソーシャルネットワークへの参加、コンテンツの作成によって、大きな影響を及ぼし、資金調達を手助けし、人々に投票を促し、主流メディアの論調を変えた」と。その頃、日本でもαブロガーと呼ばれるヒトたちが注目を集め、政治家たちが急にtwitterを使い始めました。
(*1)ただし、twitterのフォロワー数トップはLady Gagaで1,900万人である。日本でのトップは孫正義さんの155万人。
#SARSもスーパーインフルエンサーから
医療業界でも今、伝染病の感染拡大におけるスーパーインフルエンサー(スーパースプレッダーと言う)の存在が注目されています。
2002年11月、中国広東省から巻き起こったSARS(重症急性呼吸器症候群)禍は、03年7月に制圧宣言が出されるまでに、延べ30ヶ国8千人に感染し800人弱を死に至らしめました。
その後の疫学研究によって、衝撃的な事実がわかりました。スーパースプレッダーの存在です。
・中国本土から香港に移りプリンス・オブ・ウェールズ病院に入院した一人の若い患者から、50人に直接感染し、病院内156人に広まった
・香港のアモイガーデンという高層マンションに住む一人の腎不全患者から、300人の住人に感染した
・中国広東省の医師が、香港のメトロポールホテルに宿泊し、ホテルを訪れた16人に感染させた。ここから数カ国249人に広まった
・シンガポールでは5人の患者が、205人に感染させた
この数人をコントロールさえできれば、これほどの感染拡大に至らなかったことは明白です。
スーパースプレッダーによる感染拡大をどう防ぐのか。それが、現代の伝染病対策の1大テーマとなりました。スーパースプレッダーへの対応は、現代医学が新たな「常識」となったのです。
#しかしスーパースプレッダーは事前には見つけられない
しかし、それは幻想に過ぎない、と『偶然の科学』(早川書房)でダンカン・ワッツ氏は言い切ります。それらスーパースプレッダーは、もっと複雑な状況が偶然にもたらした副産物に過ぎないのだと。
たとえばプリンス・オブ・ウェールズ病院での感染拡大は、患者ではなく病院の問題でした。SARS情報が十分でなかった医師たちは、患者をただの肺炎と誤診してしまったのです。そして隔離もせず、医師たちが接触を続け、空調をしまくったがゆえの感染拡大でした。その患者自身は、何も特別な感染力を持ってはいませんでした。
また、アモイガーデンに住む腎不全患者もそうでした。プリンス・オブ・ウェールズ病院に通う彼は不運にもそこで感染し、重い下痢を発症しました。そしてなんとそのマンションでは、配管系の手入れが不十分で水漏れが起こっていたのです。下水と上水が入り交じり、300人にも感染してしまいました。この患者も、特別な存在ではありませんでした。
いったいどうやったら、患者のマンションの水漏れを予測できるでしょうか。もしくは感染拡大の初期に、情報も無いまま全病院での誤診を根絶できるでしょうか。
もちろん改善は可能です。中国政府が自国内でのSARS発生を隠蔽すること無く、情報をもっと世界に(国内にも)知らしめていたならば、こんなことはなかった(*2)でしょう。台湾が最初に患者の発生を報告したとき、WHOが「台湾は国じゃないから」などと言わずちゃんと支援していたら、もっと対応は早かったでしょう。
でもそのいずれにしても、スーパースプレッダーを見つけるとか見つけないとかいう話ではありませんし、予測することも困難です。われわれができることは、迅速な対応と一般的対応(病院空調の改善等)に過ぎません。
(*2)中国政府は2003年4月、北京でのSARS患者数を37人から339人に「訂正」した。後に情報遅れが国際的感染拡大を招いたとして正式に謝罪し、責任者である衛生部長(大臣)を解任した。
#スーパーインフルエンサーはいない!?
コロンビア大学教授のワッツ氏は、ヤフー・リサーチの主任研究員という立場を利用して、このネット社会における情報伝達の実験を行いました。
そして、これまた衝撃的事実がわかりました。スーパーインフルエンサーなど居なかったのです。正確に言えば、本当に大きな影響を全体に与えるには、スーパーでない普通のインフルエンサーたちが、重要でした。スーパーインフルエンサーなるものだけでは、情報は大きくは伝わらなかったのです。
実験1:メール配達
これは他国の見知らぬヒトへ手紙を届ける実験です。古くは社会心理学者のスタンリー・ミルグラムが1970年代初めに米国内での伝言ゲームを行いました。300人がスタート役です。
驚くべきことに、親しい友人に伝言を頼むというやり方だけで、2割強の「鎖」が見知らぬ他州の住人(ターゲット)への伝言伝達に成功しました。その鎖の経路がおよそ平均7ステップだったので、「世界は6次の隔たりでつながっている」というスモールワールド仮説が生まれたのです。
そこでは、何名かのスーパーインフルエンサー(ハブ)らしき人々が存在していました。たとえばターゲットの隣に住む洋服屋さんがそうでした。彼を通しての経路が全体の1/4を占めていたのです。
#スーパーでないインフルエンサーたちが重要
ワッツ氏は現代においてそれをネット上で、かつ大規模に実験しました。2万ものメールの鎖が、世界13ヶ国に住むターゲット(見知らぬ特定の人物たち)を目指したのです。
ここでも鎖のかなりがターゲットに到達し(もしくは到達し得た)、その長さは半分が7つ以下でした。ミルグラムの結果とほぼ同じです。
しかし、スーパーインフルエンサー(ハブ)は、いませんでした。国を超え職業を超えるのに、「誰とでもつながっている特別なヒト」は、不要だったのです。
実験2:情報拡散(RT)
これは実験というよりは分析です。ワッツ氏らは2009年末、twitter上の160万人のつぶやきを記録し追いかけました。計7400万の鎖が分析され、それらがどう広まり、どう広まらなかったのかが調べられました。
まず98%のつぶやきは、まったくRT(Retweet:twitter上での引用)されませんでした。残念。一方、1000回以上RTされたのはわずか数十、つまり0.00005%に過ぎませんでした。
そしてその拡散にもっとも寄与したのは、いわゆるスーパーインフルエンサーではなく、多くいる、ただのインフルエンサーたちだった(*3)のです。
(*3)ただし、この場合もそのつぶやきが広くRTされるかどうかは、そのつぶやき自体の力(質や面白さ)に大きく寄る
#リアル社会でも同じ。スーパーでないインフルエンサーたちが活躍する
以前、あるテーマパークでお客さんのお誘い分析をしました。そこでのもともとの「常識」は、
・ヘビーユーザーである年間パスポート(年パス)保持者(*4)は、それ以上収益が上がらないので働きかけは不要(ムダ・・・)
というものでした。そのヒトたちが年間5回来ようが10回であろうが収入は決まっているので当然と言えば当然です。
でも来園者に「何人で来ましたか」「誰が誘ったのですか」といった質問を重ねた結果わかったのは、年パス保持者の意外な「お誘い力」でした。
そのヒトたちが年間10回来るとしましょう。もちろん一人では来ません。誰かを誘って数名で来園します。でもその誘われる相手は、彼女(もしくは彼)のようなヘビーユーザーではないので、毎回違う人が誘われることになります。
その中には誘われずともいつか来園した人もいるでしょう。でも、誘われたからこそ行く、とっても詳しい人(年パス保持者)のガイド付きなら楽しそうだから行く、という人も確実にいました。
結果として、一人の年パス保持者の後ろには、新たな数名のお客さんがひも付いていたのです。
決して100名でも1000名でもありません。でも年パス保持者たちは確実に、数名の新規顧客開拓、もしくはライトユーザーの来園頻度向上に貢献していたのです。
ならば全体の増収につながる策はあります。さまざまな年パス保持者向けのインセンティブが考案されました。
最後にワッツ氏の話に戻りましょう。彼は物理の博士号を取った後、社会学に転身した異才です。彼はネットワーク上で数々の実験や観察をすることで、多くの「常識破壊」を成し遂げました。
彼が手にした武器は「新しいハカる技術」でした。それまでの社会学者たちが扱いかねていた、ネットワーク上でのヒトとヒトの繋がりを、どうハカるかを彼は考案し、ヤフー・リサーチなどの協力を得て、実現させました。
実社会はあまりに複雑で、そのすべてが説明可能なルールを導くなどおこがましい、と言いながらも、彼は続けます。
「必要なツールがないと言い張ることはもうできない」「望遠鏡の発明が天空の研究に革命をもたらしたように、携帯電話やウェブやインターネットを介したコミュニケーションなどの技術革新も、測定不能なものを測定可能にすることで、われわれ自分自身についての理解や交流の仕方に革命をもたらす力がある」
もちろんわれわれ自身、社会学的研究の成果を待つ必要などありません。これらの技術革新は、われわれすべてに開かれたものであるからです。
社会学におけるアインシュタインは、あなたかも、しれません。
(*4)テーマパークを喫茶店代わりに使っている超ヘビーユーザー(近所の主婦層)は除く
参考図書:『偶然の科学』(早川書房)ダンカン・ワッツ、『ハカる考動学』(ディスカヴァー21)三谷宏治
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三谷宏治 氏
K.I.T.虎ノ門大学院 教授
http://www.mitani3.com1964年生まれ、三女の父。 87年、東京大学理学部物理学科卒、92年、INSEAD MBA修了。87年から96年までBCG、96年から06年までアクセンチュア戦略グループ。03年から06年は同 統括エグゼクティブ・パートナー を務める。 06年8月からは教育(特に小学生から大学生)の道へ。 近著に「ペンギン、カフェをつくる」「お手伝い至上主義でいこう!」「ルークの冒険 ~カタチのフシギ」「コンサルタントの整理術」「ハカる考動学」「発想の視点力」「正しく決める力」「観想力 - 空気はなぜ透明か」など。早稲田大学ビジネススクールおよびグロービス経営大学院 客員教授。永平寺ふるさと大使。

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