独特の成り立ちによって彗星の如く誕生した 国内PEファンド・ポラリス。その魅力とは?

「金融を通じて成長潜在力のある産業・企業を育て、日本社会に貢献したい。」この理想のもと、1985年木村氏は興銀に入行したという。興銀では国内外融資営業、各種証券業務というキャリアを積み、2001年みずほ証券のプライベートエクイティ部長に就任。実は、この頃からPEファンド設立の青写真は描いていたようだ。
【木村】「銀行がその本来の役割を果たすことができなくなった中で、いわゆる企業金融を主たる使命とする機関の必要性は、以前から強く感じていました。PE会社こそが現代においてはその機能を果たせる最適の機関であり、ナンバー1バンクたる興銀のDNAを受け継ぐ自分こそがそれを立ち上げるべき人間であると思いました。しかし、PE会社設立のためには入念な準備が必要です。そこで、まずはみずほ証券内にプライベートエクイティ部を作り、自己勘定投資ベースの未公開株式投資業務を立ち上げ、50件以上の投資を実践しながら、PEの研究を重ねていったのです。また、外資系PEファンドや国内独立系PEファンドの案件ソーシング、資金調達支援を行うことでファンドのノウハウを相当勉強しました。」
こうして、約3年間の準備期間を経て、2004年木村氏はポラリス設立を決意した。しかし、まだ足りないものがあった。
【木村】「どんなに経験を積んだとはいえ、私自身には銀行・証券マンとしてのキャリアやノウハウしかありません。PEビジネスを成功させる上で、勿論これらは必須なのですが、自分にはない企業経営における成功体験を持ち、PE会社設立の意義を共感してくれる存在がポラリスにどうしても必要でした。三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)出身で、日本電産の経営陣としてM&Aをリードし、外資系PEのスポンサーの下で関西さわやか銀行のターンアラウンドを成功させた高橋修一との出会いなくして、ポラリスの誕生もなかったと言えましょう。」
金融のプロフェッショナルと、企業経営・企業価値向上のエキスパート。この両者が手を組むことによって、ポラリスは船出を果たしたというわけである。ちなみに「ポラリス」とは北極星のこと。天空上で位置を変えない北極星は、かつて多くの船乗りが操舵の手がかりとしていた。木村氏は、自ら立ち上げるPEが「企業の成長の道標を示せる北極星」となることを願い、ポラリスと命名したのだという。
他を圧倒する案件数。 それを可能にしたものとは何なのか?

2004年にスタートしたポラリスは、順調な滑り出しを実現。早々に296億円規模の第一号ファンドを設立すると、4年後の今年までにその投資を終え、10件のトラックレコードを得た。さらに今年、第二号ファンドをやはり319億円規模で設立することに成功している。第一号、第二号とも300億円程度のファンドサイズであるが、一件平均25~30億円、案件数10件程度に分散して投資。ベンチャーや不動産には一切投資しないことにしているそうだ。その投資スタイルは、原則マジョリティ以上の議決権を確保することとし、投資対象業種は特に制限は設けていないが、現段階では、製造業や技術を中心にしているとのこと。PEファンドとこれまでパートナーシップを組んでいなかった日本の産業界を相手として、ここまでの実績を短期間のうちに実現できたことから、ポラリスの案件獲得能力は高く評価されている。
【木村】「みずほフィナンシャルグループへの信任と、金融・経営のプロを配した人材の質の高さによって、駆け出しのポラリスに対して多くの企業の信頼を得ることができた。そう考えています。」
興銀・みずほ証券出身の木村氏が創設し、運営を陣頭指揮でリードしている点から、ポラリスを「金融系PE」と称するところもある。しかし、木村氏はこれを否定する。
【木村】「私たちがみずほフィナンシャルグループのネットワークによって支えられている点は認めます。しかし、当社のガバナンスは完全に独立しています。そもそもPEファンドは海外でもそうであるように独立ガバナンスで運営しなければ決してうまくいかない。そうした信念の下で今のポジショニングをとろうとポラリス設立当初から決めていました。金融系と呼ばれる投資会社は他にもあります。しかし、我々が目指しているのは、金融系と独立系PEとの中間ともいえるもの、いわゆる第三のポジショニングにアドレスすることでその存在意義を高めようとしているのです。」
























