【質問】
コンサルタントからバイアウトファンドへ転職する方が増えています。コンサルタントの何が生かせるのでしょうか。金光さんはどう思われますか?(29歳戦略コンサルタントからの質問)
さて、ご質問の件ですが。確かに最近、戦略コンサルティングからバイアウトファンドへと転身される方が増えているようですね。個人的には魅力的な選択肢の一つだと思います。一般論として言えば、戦略コンサルティングから見た距離感はバイアウトファンドの方がベンチャーキャピタルや投資銀行等の他の類似する金融系ビジネスよりも近い。
バイアウトファンドの基本的なビジネスモデルは、業績不振に陥っている企業をファンドマネーで買収し、戦略的に事業リストラクチャリングを行うことで業績を回復・再成長させて、結果として短期間の内に企業価値を大幅に向上させた上で、買収株式を売却することでキャピタルゲインを得る、ということになります。このビジネスモデルにおいて戦略コンサルタントが活躍できるフィールドは幅広く存在します。
原理的には、このビジネスモデルにおけるKSFはシンプルです。買収ターゲットとなる案件の発掘段階で成功確率の高い案件をセレクトすること、及び戦略リストラクチャリングを成功させること。EXITを実現させる力というものも相当大事です。
案件交渉・クロージングやファイナンシャルな意味でのファンドマネジメントはファンドにおける基本機能ではありますが、KSFの観点からは二次的と断じておきましょう。
さて、案件のセレクトや戦略リストラクチャリングにおいて最も重要なスキルは戦略インサイトです。次に述べるような論点について短期間のうちに「あたり」をつける能力が求められます。すなわち、当該企業が業績不振に陥っている原因は何か、再生の鍵となる戦略の筋は何か、どんな範囲や深さの改革が必要となるか、それはどのくらいの期間で実行できるか、成功可能性はどれくらいか、具体的にはどれくらいの業績改善が見込めるか、それによって期待値として企業価値はどの程度高めることが出来るか、EXITの方策は何か、それは実現可能か、改革が上手くいかない場合にEXITの代替案は存在するか、それは実現可能か、などの論点です。
これらの仮説構築や判断には、まさに戦略コンサルタントのスキルがそのまま生かせるはずです。戦略コンサルタントが日々取り組んでいる課題そのものと言って過言ではない。
実際、上手くいっているファンドでは、シニアクラスに戦略コンサルタントとしてもある程度成功を収めていた人が沢山いらっしゃいます。
とは言え、そのようなファンドであっても運用の実態を見てみると苦戦している案件は数多く存在しています。原因は案件によって様々ですが、ここではご質問に関連する重要なテーマについていくつかお話ししておきます。
先ほど申し上げた論点はどれも重要で、どれに対しても明確な仮説を当初からもっておくことがファンドの成功には不可欠です。ですが実際には多くの論点について曖昧にしか考えていないケースが非常に多く見受けられます。私に言わせて頂ければ、この程度の数の論点について具体的な仮説ももたずに投資を行うなど、怖くてとても出来ません。ファンドの方が聞けば、それはビジネスの実態をわかっていないものの発想だ、という反論があるかもしれません。私はビジネスの実態を解っているからこそ、そう申し上げるのですが。
例えば、実態としてファンドは集めた金の投資を消化せねばならず、その為には個々の案件の判断に時間をかけるのは事実上無理で、案件数をこなさねばならないから、ある程度はファイナンシャルな判断だけで投資を進めざるを得ない、といった見解が現実に存在します。事情はわかりますがこれはまさしく本末転倒。欧米の一流ファンドでそんなこと言う人は絶対いません。日本においては未だバイアウトファンドのビジネスインフラが確立していないことの傍証でしょう。
仮説を持っている場合でも判断が甘いということが多々あります。一番陥りやすい判断の誤り・甘さは、必要な改革の範囲・深さと実現可能性についてです。確かにこれは難しい論点ですが皮肉なことに最も重要な判断事項とさえ言えるのです。実はこれ、戦略コンサルタントが考えても難しい。所謂戦略立案プロジェクトと現場改革プロジェクトの両方に相当の経験を積んでいても難しい。コンサルタントが企業改革の全体に対して本来の意味で最後まで責任を負うということは無いからです。
例えばとても単純なところで言って、大手小売業において従来の主力の仕入先をいくつか変更しそれに伴いフロア構成も刷新する、ということをするのに、どのくらいの影響範囲・影響の深さがあって、実際業務改革を行うのにどの程度の交渉工数や作業工数が発生するのか。それはどのくらいの期間で出来ることなのか。実現のボトルネックは何で、それはどうやって突破できるのか。などについて、瞬時に目処がたつかどうか。こういったことのセンスです。
判断の甘いコンサルタントだと平気で3ヶ月か半年くらいで何とかなるしすべきだと考えるでしょう(笑)。私も小売り改革のプロではありませんが、それでも私なら一年かかるというかかけると答えます。一応の根拠はあるけどここでは割愛しますね。そして、だからこそ逆にそれだけの時間をかけて行う価値があるのかどうかにフィードバックして再考します。
こうした判断をある程度の精度をもって行うには、実際に経営幹部としてバイアウト案件や再生案件の全体に一貫して責任を持って携わった経験が必要なのだと思います。欧米にはその道のプロフェッショナルが存在して、彼らがやるファンドだからそのファンドに出資が集まる、という構造が出来ていますが、日本には未だ経験豊富なバイアウトマネージャーというのは数少ない。日本のバイアウトファンドの今後の課題といえるでしょう。
今申し上げた課題にも関連するのですが、日本のバイアウトファンドが抱える最大の課題は、実際に案件の改革を実行する経営人材を十分プールできていない、という点だと思っています。これが苦戦案件の最大最多の原因です。ファンドは多くの場合、経営人材を外部から調達します。案件に見合った最適人材を送り込むという観点からすれば正しいともいえますが、だいたいからして、日本にはまだ経営のプロが殆ど存在しません。大手銀行の元幹部、みたいな人がフリーランスとしてファンドと契約して企業に送り込まれているケースが非常に多いのですが、上手く機能しない場合が圧倒的に多いです。
もちろん彼らが経験を積む中で、優秀な改革のプロに成長していくケースも出てくるでしょうし、経営のプロがいない現状の中でないものねだりしても仕方ないのですが、それにしてもひどすぎるんじゃないか、という人選を見かけます。今の日本の現状を考えますと、ファンドが内部で抱えるか外部契約かの形態はともかく、改革能力の高い経営プロ人材を、実際の案件を通じて育成し・選別し・囲い込む、というのが長期的にみたファンドの競争力になっていくのではないかと想像します。
さて、当初のご質問から少し逸れたお話しを続けてきましたが、もしあなたがバイアウトファンドへの転職を考えておられるなら、少し立ち止まって考え直してみてください。ご質問くださった方は29歳ということで、大変お若い。まだマネージャーになりたてか、もしくは手前なのではないかとお見受けします。個人的には、今バイアウトファンドに転職なさることは勧めません。バイアウトファンドでアソシエイトをやっても大したスキルアップは望めないですから。せめて今のファームでプロジェクトマネジメントを2~3年経験されてから転職なさったほうが、はるかに実りがありますし転職なさってからの成長加速が期待できますよ。
あるいは長期的なご自身のキャリアの選択肢として、経営のプロフェッショナルになる、というのはいかがですか。将来ファンドマネージャーになるとしても、経営のプロというバックボーンがあったほうが絶対いいですし。そうだとすれば、今からであってもファンドから改革案件に派遣されて出向する、というのは魅力的だしチャレンジングな経験になると思います。戻るところがある、という形よりは案件ベースで契約して派遣されるほうがより深い経験になるとは思いますが。
かつての私の部下で、ファンドと契約して幹部として派遣されるという経験を既に5年近くしているものがいます。案件としては二つ目に今携わっているところです。二つとも見事に成功させています。現在3年目で案件は二つ目、両方苦戦中という者もいます。二人とも物凄く成長しています。コンサルタント時代に学んだ戦略発想に血が通い、組織を動かすリーダーシップを身につけつつあり、きっと二人とも将来は素晴らしい経営のプロになっていくだろうなと頼もしく思っています。二人とも今私のビジネスパートナーです。
皆さんの中でも、本気で経営のプロを目指そうという方がおられたら、思い切ってその修行に飛び込んでみてはいかがですか?これからの時代の仕事です。