2004年1月後半の内容として、日本にいたときから気になっていた「交渉術」の講義の内容をご紹介したいと思います。「なるほど」と思うことから、「そんなことできるか?」と思うことまでありましたが、総じて非常に参考になるものでした。主にケースの内容をご紹介したいと思います。
■「交渉術」の授業の進め方
基本的にケース、つまり「実際に交渉してみる」ことが授業の中核になる。交渉後、その交渉結果 を各グループで公表し、その結果について比較分析する。最後に教授が「理論」をあてはめて、「いかに改善できるか」、「どうアプローチすべきだったか」といった点を解説する。
交渉するには綿密な準備が必要だ。ぶっつけ本番ではほとんど得るものはない。教授いわく、「準備が多いほど、学ぶことも多い」のだ。毎回、事前に自分の"Role Description"が渡される。紙ぺら1枚から3枚程度のもの。そこに自分の関心、立場などが詳細に書かれているため、それを頭の中に整理する。続いて、「交渉をいかにすすめるか」をまとめたメモを作成。譲歩していい点、譲歩できない点、うまく交渉で利用できる論点などを明確にしておく。
実際の交渉の相手は、自分の親しい友人以外、できれば話したことのないような相手を選ぶ。気心の知れた相手だと交渉の醍醐味が薄れるからだ。相手がどういう人柄か分からない状態が好ましい。また、一度組んだ相手とは二度と組まない。常にリセットした状態で交渉する。
■交渉術 (Interpersonal Negotiation)でのケースご紹介
以下は2年目Mini3で取り扱った交渉術のケースの概要である。教授が作成したものの他、ハーバードロースクールのもの、ケロッグのDRRC (Dispute Resolution Research Center)のものを用いることが多い。
(1)Used Car:
手始めとして最もシンプルな「中古車売買」のケース。アメリカではよくある個人間の中古車売買で、その価格を交渉する。売り手・買い手にそれぞれ資金事情があるため、その事情の許す範囲内で価格の折り合いをつける。相手の「ギリギリの譲歩点」をいかに嗅ぎわけるかがポイント。このケースでは買い手を担当したが、見事、クラス最高価格(つまり負け・・・)をたたき出してしまった。人の良さ(まぬ け?)度合いを痛感したケースだった。
(2)Knight Engines/Excalibur Engine Parts:
エンジンメーカー購買担当者と部品メーカーの営業担当者との交渉。自分は営業サイドを担当。エンジンメーカーにどれだけ多くのピストン部品を売ることができるかが交渉の焦点。それと同時に、価格、品質保証の範囲、納期、広告宣伝、他の納入先(政府)との関係などに関する論点について、包括的に合意する必要がある。双方にとってそれぞれの論点の「重要度」には温度差があることがポイント。すべてに100%の力を使わないようにする。
Interpersonal Negotiationの授業風景
(3) Best Books/Paige Turner:
人気作家と出版社との交渉。出版社サイドを担当した。焦点は作家とのサイニングボーナスの額、印税(ロイヤルティ)、広告宣伝の規模、出版部数と国数など。相手は「人気」作家であるため、あまりアグレッシブに攻めすぎるのは禁物。今後のためにいい関係を築く必要がある。ポイントは、実は双方にとって「win-win」の項目があること。たとえば双方とも出版部数は多いほうがいいのだが、そこをうまく交渉に使えるか。また項目ごとの重要度の違いもやはりポイント。どうでもいい論点で譲歩しながら、重要な論点ではうまく相手の譲歩を引き出すようなアプローチが可能なときがある。
(4)Texoil:
石油会社とガソリンスタンドのオーナーとの交渉。リタイアするオーナーからガソリンスタンドを購入する価格交渉。石油会社側を担当した。争点は価格だが、その他に支払いの手段と時期、退職後のベネフィットなども重要。このケースは双方の「ギリギリの譲歩価格」が実は落ち合わないように設定されていた難しいケース。つまり本来、「合意不可能」なケースなのだ。その「ギャップ」を埋めるために、いかにクリエイティブなやりとりをするかがポイント。老後の職業保障、ガソリンの生涯フリー供与など、現実的な範囲内でオーナーが魅力を感じそうなオプションをどんどん提示してゆき、なんとか取引を成立させる。
(5)S.H.A.R.C.:
レクレーション・フィッシング4団体による交渉。とある地域で魚釣りがレクレーションとして人気を博していたが、乱獲により魚の数が激減。魚釣りを主催する4団体で今後の漁獲量 の上限を決める。団体ごとに対象とする魚の種類、現在の利益率、将来の見込みなどが異なるため、これも合意に至るのが相当難しいケース。企業の「社会的責任」や「環境責任」がテーマの一部で、そういったモラルをいかに共有できるかが、交渉の行方を握る。
(6)Chestnut Village:
これまで閑静な住宅街だったチェスナット・ビレッジに、突如大型のアパート・レクレーション施設が建設されることになった。大規模な工事のためにダンプが行き来し、子供が事故に巻き込まれるようなケースも。道は汚れ、工事の振動で家の壁や窓が破損したケースも続々出てきた。このケースは住民と工事会社との間の交渉。工事はあくまでも合法であり、かつ工事主催会社と実際の工事をする会社が異なるという事実が、さらに交渉を困難にする。私は住民のうち、家の壁にヒビが入ってしまった人間を担当。実は近日引越しを控え、大型施設建設による地価上昇をひそかに喜んでいるという微妙な立場。工事の恩恵を実は受けながら、工事反対の住民の一人として工事会社と交渉するという立場で、これもまた面 白いケースだった。
(7)"Best Stuff on Earth":
ペプシコーラとクエイカーが合併する際に、双方のジュース部門が統合する際のビジネスの方向性を交渉。Multiple-party negotiationとして最難関のケースだ。双方の営業、マーケティング、経営企画、ファイナンス、研究開発の担当者合計10名で交渉を実施する。自分はペプシの研究開発ヘッドを担当、研究開発人員の増員、ジュースの種類の増加などを求める。他方、利益率・ファイナンスの観点、マーケティングや営業の観点はみな大きく異なる要求をもつ。争点は10以上にわたり、それぞれに10人が異なる要求を持つため、合意は困難を極める。交渉時間も最長。
(8)最終課題:
最後は自由課題で、実際の日常生活でやった交渉の体験談を分析する。自分はある医療費の支払いをめぐり、病院・病院の医師、保険会社と交渉して、何とか自分の支払いを(正当に)免れることができた体験を分析。ちゃんと交渉論の理論を当てはめてみるとこういう風に見ることができるのか、と新鮮な思いをもった。
■「交渉術」は日本でも通じるか
「交渉」と聞くと何か"相手から取れるものは根こそぎ取る"といったようなアグレッシブなニュアンスを感じるが、授業では「当事者双方にとって納得・満足のいく結果 を見出すことが理想」と教えられる。しかし、これはあくまでも理想。実際の交渉で何を目的とするかは当事者次第だ。大きく分けて、「今金をもうけたいのか(=アグレッシブに攻める)」、あるいは「相手との長期的関係を大切にしたいのか(=譲歩する)」の二つがあるが、前者が圧倒的に先行するケースが少なくないのが現実だろう。
交渉術の授業で「実際に使えそうだ」と感じるTipsをいろいろ学ばせてもらった。しかし、これらのTipsは主に「交渉を自分に有利に運ぶためのTips」で、相手のハッピーを必ずしも考えたものではないことが殆どだと感じる。「どう勝つか」が主論点なのだ。私はもともと交渉をエキスパートとしてやっていた人間ではないため実務は分からないが、直感的に、このビジネススクール式アプローチをそのまま日本におけるビジネスに適用していいものか疑問だ。
もう一点考えたいのは国、文化、人による交渉の目的の置き方に「温度差」があるということだ。偏見であることを覚悟で書くなら、自分や他の日本人クラスメートを見ていて思うのは、どうも日本人は相対的に「関係を維持・良くする」ことに重きを置く傾向が強く、交渉上「譲歩を先行させてしまう」ことが多い。これは特に国際舞台で問題になるかもしれない。こちら側が「関係重視・譲歩優先」を標榜したところで、相手側が同じ目的意識を共有していなければ、感謝など決してされないからだ。相手は「してやったり」と喜ぶか、せいぜい「お人よしだ」と思われる程度だろう。
相手が貪欲に攻めようとしてくるなら、こちらもそう対応し、「手ごわい奴だ」と思われる必要があるかもしれない。あるいは別 の方法で、相手にも自分と同じ"平和的な"目的意識を共有するように考え方を変えさせる努力が必要な場合もあるだろう。「どうせアグレッシブに攻めてくるんだろう」と高をくくっていたら、相手が意外にも譲歩してくる場合もある。いずれのケースにせよ、交渉の最中で相手の姿勢を嗅ぎ分け、柔軟に対応していかなければならない。こういった「ソフトスキル」は、理論やTipsとして学べるものではなく、実際の体験や上司や仲間の行動を通 して体で学ぶものだろう。
交渉術の授業を受けて思うのは、交渉術に限らないのだが、常に教えられていることを客観的に眺めるということだ。何が使え・使えないのか、あるいは何を使い・使うべきでないのか、そういったことを冷静に考えている必要があると感じる。