Campus Report 2004

岩瀬 大輔 to Harvard Business School(全16回)

MBAホルダーへの道

Vol.9 Japan Trip 2005

転職のご相談・お問い合わせ

経験豊富な
エージェントに転職相談(無料)してみませんか?

1分で完了無料登録・転職相談
ジャパン・トリップ総括

05_7_11_1.gif

5月21日から29日までの10日間、HBS恒例のジャパン・トリップということで、約140名の学生を引き連れて日本に帰国した。

大勢の外国人を引き連れ、1年ぶりに帰って日本を旅して感じたのは、日本がいかに素晴らしい国であるか、ということ。

もちろん、今回の旅行ではほんの一部の、日本がもっとも誇れるものを見せたに過ぎないのだから、皆が喜ぶのは当たり前かも知れないし、それをもって日本全体を語るのは適切でないのかも知れない。

しかし、彼らが喜ぶ一つ一つのものを、外国人の新鮮な視点で見たときに、日本がいかにユニークな国であり、他国には絶対にないようなものを多く持っているか、その豊かさには意外なばかりに驚かされた。

都市はきれいで近代的、それでいて決め細やかで文化的な赴きも感じさせられる。先端的な技術を生活に組み入れつつも、洗練された文化の香りが残っている。食事は美味しいし、人々はとても親切。治安はよくて安心して街を歩けるし、手に入らないものはない。ホームレスもほとんどいないし、貧困に苦しむ人たちも少ない。

訪れたHBS生たちは一人残さず、日本の大ファンになって、帰っていった。

こうやっていいところだけ取り出してみると、日本に住んでいた頃に感じていたある種の閉塞感、明かるい将来が描ききれないといった悩みは、まったく感じられない。留学前は、日本の将来に対してどうしても悲観的にならざるを得なかったのだが、その考えはこの1年間でがらっと変わった。

これから20年後、あるいは50年後の日本はどうなるのだろう、と考えたことがある。もしかしたら、歴史上趨勢を誇った多くの国(スペイン、オランダ、イギリスなどをイメージ)がそうであるかのように、いずれは中堅国に陥ってしまうのではないか、そう心配してみたことがある(イギリスの政治的な影響力を中堅と呼ぶのは間違っているだろうが、まあ経済的な影響力ということにしておこう)。

しかし、たとえば中国やインド、あるいは他の先進諸国との競争力が取りざたされるが、競争戦略の根本が「差別 化」である限り、日本には日本ならではの独自の戦い方があり続けるし、その意味での競争力は衰えることがないと思った。世界中を見てもこのようなユニークな国家は存在しないし、国民一人一人が持つ潜在的な底力は相当なものだ。いわゆるジャパン・パッシング、日本の国際社会におけるプレゼンスの低さを憂う声が高まるなか、僕らはは世界でまだまだ重要な役割を発揮できるに違いない、そう思った。何の資源もない小さな島国が、これだけ多くの奇跡を作ってきたのだから。

ソニーの展示を見て、あぁ、これならサムスンに負ける気がしないな、サムスンの研究所を見たことなんかないのに、そう確信した。トヨタの工場に行ったら現場の人が一人一人誇りを持って、匠の技術を駆使して仕事をしているし、日本人は創造性に欠けるといわれることもあるが、漫画やアニメ、ゲーム、あるいは自分たちの宴会芸を省みても、爆発的なクリエイティビティが内包されているように感じる。

そんなわけで、日本から遠ざかってみて、外国人と同じ視点で、世界各国と比較して日本を見てみた場合に、もちろん構造的な問題を多く抱えていることは間違いないが、その独特かつパワフルな国家としての能力は、ファンダメンタルズにおいては鉄壁であるように思った。こんな国は、世界中を見渡しても他にない。今回の旅行で、僕は日本人であることを誇りに思うとともに、今後50年、100年、日本が世界において誇りある役割を果 たせること、それに向けて自分なりに貢献していきたいことを、宴会芸のステージから強く思ったのだった。ちなみに、宴会芸というのも、日本独自の(豊かな)文化でもあることに気がついた。

Day 1: 5月21日(土) 東京

05_7_11_2.gif

ジャパン・トリップの初日は土曜の夜、西麻布のゴンパチで始まった。1階を借り切って約140名で大宴会が、夜の9時過ぎにスタートした。皆当日の午後便で到着していたので、眠いけれどハイになっているようで、ちょうどいい盛り上がり。

11時半までこの店で騒ぎ、それからほぼ全員で近所のクラブへ移動。オーガナイザーがさくらで呼んだ日本人の女の子たちを相手に、覚えたての日本語を必死に練習するHBS生たち。多くの人が、2時か3時過ぎまで飲んでいた。

Day 2: 5月22日(日) 東京

翌朝は幹事団は8時にミーティングルームとして取ってあったスイートに集合して、当日以降の打ち合わせ。ここで初めて、テーマソング「エギゾチックジャパン」の振り付けが披露された。

9時に全員集合し、小グループごとに東京の名所を探索する、Scavenger Huntに誘導する。これは6人グループで、交通費として5千円を渡し、渋谷・原宿・新宿・秋葉原の名所でお題に沿って写 真を撮ってくる、というもの。例えば、三越のエレベーターガールと写 真を撮るとか、原宿で仮装をした女子高生とピースをして写真を撮るとか。一旦送り出してしまうと、日中は実家に帰ったり、祖母を訪れたりと、大忙し。

彼らが一日東京を歩き回って帰ってくると、ディナーへ連れて行くためにホテルのロビーへ。僕のグループは、お気に入りの学芸大前の名店、「芳勘」へ。2グループ分、35人の予約なんてはじめてだ。皆でJRと地下鉄を乗り継いで、品川から学芸大へ向かう。店に入ると大将の顔が。なんだー、団体さんは岩瀬さんだったの。早く言ってよ~。あいかわらずの小鉢料理は逸品ばかりだが、ちょっと外人には難しすぎたかな。最後の最後に握りが出てくると、皆くらい付く。でも、ウニは残しちゃうのね。

Day 3: 5月23日(月) 東京

05_7_11_3.gif

翌朝は5時集合で築地ツアー。ロビーに朝起きることができた100人前後が集合して、手分けして順にタクシーに乗せて行く。現地で待ち合わせをして、15名くらいの小グループでまずはマグロの競りを見学。冷凍マグロだとは知らなかったが、なかなか活気があって楽しい。あとは場内をぐるぐる歩き回ったのち、場外で寿司を食べることに。いや、6時間前くらいに食べたばっかりだから、鉄火丼くらいにしておこうか。我々のグループは寿司屋はやめて、鉄火丼をカウンターで食べることに。

まだ8時前と中途半端な時間なのだが、希望者を連れて東京案内。まずは銀座線で浅草浅草寺へ。まだ観光客はいないので、ちょうどいい。一通 り見終わる頃に、9時を過ぎてどっと観光客が反対方向へ押し寄せてきた。人形焼を一箱買って、皆に振舞う。

次は、明治神宮へ。こうやって来てみると、本当にきれいだ。東京の大都心の中にいるとは思えない緑と静寂さ。ここも月曜の朝ということで、まだ空いている。敷地内に入ると、少しひんやりとした空気が肌に当たり、静けさの中で目を閉じると、何か大きなものの力を全身で感じるような気がしてならない。僕はこの神秘的な雰囲気がたまらなく好きだ。ちゃんとお参りしてきた。

この日はこのあとソニーがあるため、先方部隊の人たちは一足早く品川へ帰還。僕はセクションの仲良しのHowieを連れて、渋谷へ。大戸屋で定食を食べて、東急ハンズを見て、それから品川へ戻った。これもまた、東京らしいかなと。

午後はホテルの向かいのソニーメディアセンターで、先端技術商品を見学。バイリンガルのソニーのガイドの方々に連れられ、エレクトロニクスのみならず映画、放送機器などの新製品を見学。ロボット君と記念撮影。その後、ソニーの研修センターへ移動し、出井会長による講演。ソニーそのものの話というよりは、日本企業が今後直面 する課題などについて、持論を話されていた。

05_7_11_4.gif

この日は忙しいぞ。ホテルに戻ると、すぐに夜のレセプションパーティとパネルディスカッションの準備。アルムナイパネルということで、司会に一橋の藤川先生、パネラーとしてBCGの御立さん、グロービス堀さん、そしてゴルフダイジェストオンラインの石塚さん。いずれも90年代以降のHBS卒業生だが、朝5時から出歩いている参加者の眠気を覚ますような勢いある話っぷりで、「変わりつつある日本」の現実の姿を、それぞれの立場から語ってくれた。夜はそのままパーティ。

Day 4: 5月24日(火) 箱根

今回の旅行のハイライトは何か?と参加者に問うたら、間違いなくトップに上がるのが、箱根での大宴会。一同144名を要する大広間に、初めて身に纏う浴衣を着込み、畳の部屋に座り込んで懐石料理を食する。そして、ステージ上では、まるでディナーショーを見るような、日本の華麗な伝統芸の数々が繰り広げられる...

05_7_11_5.gif

セブンイレブン鈴木会長の都合により、変則スケジュールで日・月・水を東京泊、火だけ一泊で箱根に出かけることとなっていた。この日は小泉首相との面 談が直前になってキャンセルされてしまい、オーガナイザーの一人の友人である福田兄弟(元官房長官康夫氏のご子息)の案内のもと、国会議事堂を見学することになっていた。

バスの出発は午後一番だったので、その前に自分の「班」を引き連れて、八芳園にてお茶会の体験をすることに。ここの日本庭園は歩き回るだけでも一見の価値あるのだが、そこの茶室で、体験ができるとのこと。幸い品川から交通 の便はよいので、11時過ぎから急いで出かけてみることとした。

茶室の中では、畳ではなく木のベンチのようなものに座るようになっているため、外人でも足を痛めずに堪能できる。静かにしなきゃ駄 目よ、そう教えてあげながら、厳粛な雰囲気で作られたクリーミーでほろ苦いお茶を、出された和菓子とともに楽しんだ。皆も楽しかったって。これ、外国人を案内する際にはお薦め。

午後、ロビーに集合し、全員で国会議事堂へ向かう。ビジネスカジュアルといっていたものの、ちゃんとネクタイまでしてきてくれている人たちもいて、ちょっと嬉しい。it's all about respect、そう思うから。他方で、集合時間になってGパンやミニスカートで登場する不届き者もいて、東京においてくぞ!と脅して、急いで着替えてもらう。

05_7_11_6.gif

国会議事堂内の見学は、さながら小学生の社会科見学のようだったが、わが国の意思決定がなされる場を一度見ておくのは重要と思い、じっくり楽しむ。建物内には「静粛に願います」とあちらこちらに書いてあるのだが、外人は読めないのをいいことに、すぐに騒ぎ出す始末。ハラハラしながら、場内を一周し、最後に入口付近で記念撮影。どうやって144名を一枚の写 真に入れるのか分からなかったが、なんとか6列くらいの列になって、ぱちりと写 すことができた。

天気がよく、背広を着ているので喉もかわくしとにかく暑い。バスの中では缶 ビールを配り、しばらく休憩。1時間半程度で、箱根の宿に到着。おかだやは山奥で古びているが、初めての団体客には上出来。5時過ぎの到着だったが、7時の宴会までにお風呂を済まし、全員浴衣を着て大宴会場に集まるよう、指示する。

大宴会場に浴衣を纏った140名のHBS学生。それだけでも圧巻。そこで、美味しい和食を味わいながら、大きなステージ上で我々が数々の日本の伝統的な宴会芸を披露した。詳細は、ここでは控えておくが、夜中遅くまで、一同に日本の宴会の真髄を体験してもらった。

Day 5: 5月25日(水) 東京

05_7_11_7.gif

東京最終日の水曜日。セブンイレブンに遅刻するわけにはいかないので、定刻通 り9時にバスを出発。7人が乗り遅れ、電車で東京に戻ってくることに。この日はセブンイレブン本社の店舗でランチを買って、会議室で食べたのちに、鈴木会長による講演。

セブンイレブンはアメリカ人にも馴染みが深いが、鈴木氏が米国法人の会長をやっていることは誰も知らなかった。ほとんど何もないところから、世界有数のオペレーション効率を誇る現在のセブンイレブンを作り上げた鈴木氏の手腕には、一人のアントレプレナーとしてただただ敬意を払うばかり。創業当時の歴史から、「小売業は極めてドメスティックな業態であり、各国の実情に合わせてやらなければ失敗する」という持論を、熱っぽく語ってくださった。最後のQ&Aで質問したのだけれど、何だか緊張して声がうわずってしまった。普段は人前に出てもまったく緊張しない口なのだけれど、今回は疲れなのか講演者への畏敬の念なのか、緊張しっぱなしだった。

セブンイレブンからホテルに帰ると、夜は屋形船ツアー。これも80名強が参加したのか?別 口で、プロ野球観戦ツアーというのも組まれた。僕はさすがに疲労がピークに達していたので、東急ハンズにドリフとゴウヒロミのCD、更に追加の衣装を買出しに行くことを条件に、免除してもらった。

そんな水曜の翌朝は、6時集合のトヨタ行きだった。今から振り返っても、本当にハードなスケジュールをよくこなしていたと思う。そんな自分を支えていたのは、1年ぶりに東京に戻った喜びと、何かにつけて日本のよいところに感動し、褒めちぎってくれるHBSのクラスメイトたちのおかげか。

Day 6:5月26日(木) 名古屋

トヨタのケースは、1年目の授業では2回取り扱った。1回目は、2週間のイントロダクションであるFoundationsのなかのModern Capitalismの講義。日米独英について、各国の資本主義の発展の歴史について1回、各国を代表する企業2社についてそれぞれ1回ずつとりあげたのだが、日本についてはトヨタとセブンイレブンが選ばれており、入学間もない頃に、トヨタが創立からどのように発展してきたかを見ていった。

2回目は、秋学期のTOM(オペレーション)のコース。プロセス改善に関するモジュールについて、トヨタ米国のケースを取り扱い、同時にトヨタ生産方式を論じたHBR(Harvard Business Review)の論文を読んで、その秘訣を議論した。

全体で何100個とあるケースのなかで2回しか扱っていない、にもかかわらず、ToyotaはHBSでは圧倒的な存在感をはなっている。みてきたすべての企業の中で、一つだけexcellent companyを選ぶとしたら?トヨタがその上位に入ることは間違いない。ビッグ3が経営不振にあえぐなか、米国市場におけるトヨタの快進撃はメディアで頻繁に伝えられるし、実際に道を走っていてもトヨタ・ホンダの車の多さには驚く。そんな絶好調を支えるのがトヨタ生産方式と、改善への飽くなき追求であることを、皆理解している。

また、現場改善のツールであるAndon Chord(不良が発生したらライン全体を止めるためのひも。ライン全体を止めてしまう、というのは一見して効率が悪そうに思えるのだが、不良を垂れ流すよりはそこで止めてしまった方が安いということと、従業員一人一人が咎められることなく行灯コードを引くことによって、不良が流れることを徹底して阻止するという点で、優れたシステム)については、皆授業が終わってしばらくたった今も忘れないほど普及している。今回もトヨタに行くよ、というと、じゃぁアンドン・コードを引けるの?そんな冗談が飛び交うくらいだ。

そんなわけで、いざ、トヨタへ。木曜日は朝6時にロビーに集合。前夜にドンちゃん騒ぎを屋形船でしたあとなので、相当つらい目覚め。6時54分品川発の新幹線で、ホテルから駅までは5分足らずなのだが、144名の人間を移動させるとなると並大抵なオペレーションとはいかないわけだ。前日の朝、時間に遅れた人間を7人箱根に置き去りにした経緯があるのだが、それでも懲りずに遅刻者は続出。とりあえずある程度の人数が揃ったところで、6時10分くらいに各小グループで駅の改札口へ向かう。

今回は日本人の幹事9名で、各15~6名に班分けして、それぞれ点呼を行なう「班長」を選び、グループ単位 で移動する仕組みにした。我々日本人であれば小学校・中学校とやりなれているこのシステムも、アメリカ人を中心とする外国人には一筋縄でいかない。個人主義といえば聞こえはいいが、平気で時間に遅れたり、並んで歩いていてもあくまで自分のペースでしか動こうとしないその姿には、今回移動するたびに骨を折らされた。

ホームから、短い停車時間の間に全員を電車に乗らせるのも大変。「30秒だから、一人当たり1秒しかないよ!」と脅して後ろから尻を叩くのだが、それでも何人かが乗り遅れそうになった。結局、144名のうち乗れなかったのは1名。まぁよしとするか。

新幹線で名古屋へ向かい、そこからはバスでトヨタの元町工場へ。工場に到着すると、バスの中にバイリンガルのトヨタレディーが乗り込んできて、運転手に当日のロジスティクスが書かれた紙を渡す。そして、マイクを手に取り、早速案内を始める。その手際のよさは、驚くばかり。

バスを降りて、元町工場の溶接ラインと組み立てラインを見学させてもらった。溶接ラインはほとんど無人化していて、何台ものロボットによって行なわれている。このラインの特徴は、いくつも異なる車種を一つのラインで流していること。これもスケール効果 という観点からは一見すると効率が悪そうなのだが、全体の生産量と稼動を平準化できる点で、各モデルに個別 対応できる生産システムさえ整っていれば、かえって効率はよいのだろう。車にバーコードが着いていて、各ロボットはそれを読み取って対応した動きを取るそうだ。各プロセスが終了して車が一つ前へ進むと同時に、ロボットの動きが一旦止まる。そこからGoのサインが出ると、一斉にいくつものロボットの手が動き出す。その姿は、さながらSF映画のよう。自動車工場を見学したことがない人がほとんどだったので、皆その様子に見入っていた。

有名なカンバン方式について質問。在庫ってどれくらいあるのですか?トヨタの工場では、平均すると、数時間分しか在庫がおいていないそうだ。驚愕。もちろん、実際には近隣に位 置するサプライヤーの倉庫に置かれていて、彼らが事実上トヨタの在庫を抱えていることになるのだが。投資先の自動車部品メーカーで役員をやっていたHowieがすかさず突っ込む。資本コストが高いサプライヤーに在庫を押し付けることは、全体のシステムとしてみた場合かえって非効率なのではないか?回答は分からないが、いずれにしてもほぼユーザーからの注文に応じて車を作る、そんなデルコンピュータのようなBOTのシステムが出来上がりつつある姿に、トヨタの強さを見出さずには入られない。

組み立てラインでは、目玉は頻繁に点灯するアンドン。どれだけの頻度でラインを止めるのか興味があったのだが、本当に頻繁に止まっている。今は新人が多いので、ベテランがつきながら指導してるんですよ、ガイドの方が教えてくれる。すごいのは、一旦止まっても、大抵は5~10秒以内にラインが再開すること。係長なりが横に張り付くことによって、ロスを最小限にする。それでも何かおかしいことがあったら躊躇せずに止めるように教育されているから、決して最終品質には影響は出ないというわけだ。

工場の見学が終わったのち、トヨタ会館で展示を見学。その後、ホールでビュッフェ形式のランチをご馳走になり、二グループに分かれて社内の方と戦略・オペレーションに関するディスカッション。質問が出るか不安になったが、そこはHBSの学生、疲れをものとも言わさず果 敢に質問をし続けていた。

終わってみると、朝6時から夕方6時まで丸一日がかりの大行脚だったが、皆満足してもらえた模様。一人一人の地味な改善活動が全体のシステムとして驚異的な強さを形作るトヨタ生産方式に、日本ならではの強さを見ることができたような気がした。今回の旅行ではソニーの先端技術も見学したが、アジア的な文化水準の高さと、他方でずばぬ けた技術力の高さ、その一見矛盾する側面が日本の魅力を作っているように感じることができた。

Day 7: 5月27日(金) 京都

05_7_11_8.gif

金曜日は、前夜に入った京都で一日自由観光。バスでガイドさん付きの京都ツアーを用意しておいたので、安心してゆっくり寝てられる。結局起きたのは11時過ぎ。その後、ルームメイトお勧めのラーメン屋、新福菜館へ繰り出す。狭い店の外には、修学旅行の中学生が立ち並ぶ。そんな我々も、修学旅行中の学生だけど。濃厚な醤油スープの中華そばは、ボストンでは食べられない味。美味也。

四条河原町で待ち合わせして、日本中から料理人が集まるという包丁の名店、有次(ありつぐ)へ。手作りの和包丁を購入、その場で名前まで彫ってくれるんだって。嬉しいので、料理好きの父にも一本買って送ることに。待っている間に、この店が面 した錦小路を歩く。ここは東は寺町通から西は高倉通まで、約390メートルの間に 150軒くらいの小さな店が並んでいる。魚屋や漬物屋、惣菜屋が立ち並び、いい雰囲気で、ついつい歩き回ってしまう。しかし、ボストン帰国までまだ日にちがあるため、今ひとつ買い物をしようという気にならない。

しばらくしてタクシーに飛び乗って、清水寺へ。相変わらず込み入っているが、特に中国を話す観光客グループのプレゼンスが目立った。最近、どこを旅行しても中国系のグループが目立つ。経済力の向上とともに現れた富裕層・中流層が観光客として世界中を旅しているのだろう。そういえば、新聞でプラズマテレビの出荷台数、中国が日本を上回ったとの記事があった。これは何年か前では考えられない現象だと思う。お寺の境内に入った片隅に静かな場所を見つけ、そこで一服。これだけ人が多いお寺でも、探せば静けさが得られるものだ。ひんやりした空気の冷たさとお寺ならではの厳粛な雰囲気、外には5月の太陽に輝く緑。つかの間の静寂を味わえた。もうバタバタしていたので、カメラは持ち歩いていない。気がついたら、三日目の築地と、最終日の宮島しか写 真撮ってないや。

清水寺を出てからは、三寧坂を下って、店が立ち並ぶ小路を歩き回る。一本裏に入ると、観光客の姿は途絶える。少し強く照りつける太陽を浴びながら、風情ある小道を散歩できるのはなんともいえぬ 贅沢。連日の旅疲れでさして観光をしたいと思っていなかったが、京都はこれだけ周れれば十分だ。

夕方過ぎに再びタクシーに乗り込んでホテルへ帰還。疲れたので、シャワーを浴びてもう一度昼寝。夜にはホテルのロビーでHBSの人たちに会い、一日の感想を聞く。皆、京都に感動したようだ。観光客が多いけれど、決してtouristyで安っぽくない、それが京都の特徴だ。金閣寺や清水寺、行くところは典型的な観光スポットだが、初めてみる日本のお寺の姿に、欧米の教会とは異なる様式美を見出してくれたようだ。また、それでいて東南アジアとは異なり、町がきれいで移動しやすいこと、周囲の人々が皆親切で迷っているとすぐに助けようとしてくれること、そんなことも喜んでいた。

夜は今日も放置して大丈夫そうなので、再び日本人グループで食事に行くことに。神戸から駆けつけた後輩を交えて、京都で一番人気の焼肉やへ行くことに。だって、ずっと和食・魚続きだったんだもん。この日はビールと焼酎を大量 に飲み、美味い肉を食らい、深夜過ぎまで飲み明かし、明日の広島行き7時発の早起きに備えたのだった。こうやって後ろから書いていくと、ほとんど外人のアテンドしてないみたい。だって、外人も自由行動したがってんだもーん。

Day 8: 5月28日(土) 広島

05_7_11_9.gif

ジャパン・トリップの最終日の土曜日、目的地は広島。朝7時過ぎに京都のホテルを出発し、新幹線とバスにて移動。平和記念資料館を見学したのち、秋葉市長による講演と、被爆者の方による講話を拝聴した。思いついたのが約一ヶ月前とリードタイムが短かったことと、土曜日であったことから、実現に不安を覚えたのだが、何とかここまでたどり着くことができた。市のご担当者から、冒頭に一言挨拶するようにと言われていたので、簡単に話をした。

秋葉市長は何10年と前、我々と同じボストンで大学院生活を送っていた経験があり、決して「他人」ではないこと。映像や著作を通 じて世界に広く語られているアウシュヴィッツや南京とは異なり、広島の原爆投下は、世界的に見ればほとんど語られておらず、戦後60年、核兵器が改めて国際的な対立の中心を占めている今こそ、核兵器が持つ本当の意味を我々は理解しようとする必要があること。また、親族の多くが広島出身である僕にとって、この地に144名の仲間を連れてくることができたことは大きな意味を持つこと。HBSでの2年間は人生観を変えることとなるtransformational experienceであるといわれることが多いが、今日がそんな一日になるといい。そんなイントロを用意していたのだが、なんだか緊張してすべては話せなかった。

05_7_11_10.gif

秋葉市長の話には、皆がうならされた。HBSの学生は非常に現金で、詰まらないと平気で寝たり内職をしたりする反面 、面白いと皆が乗り出して聞く。市長が僕の紹介を受けて話を始めると、皆がすぐに聞き入ってるのが分かった。岩瀬さんの言う通 り、私は皆さんと同じように、ボストンで学生生活を送っていました。同じ価値観を共有する皆さんを前にして、このように話ができることを嬉しく思います。口から出る高尚な英語も、決して事務方が用意した台本を読み上げるのではなく、自らの言葉で語っていることが伝わってくる。

そして、1945年の8月6日、この日と同じように空が晴れ渡ったあの日に、起こった悲惨な出来事を、淡々と語り始めた。HBSの学生の多くは、「広島に原爆が落とされた」という事実以外はほとんど知らないため、それだけでも衝撃のようだ。

そこから市長は自身の核兵器廃絶活動について語られた。世界中の市長を取りまとめて、核兵器廃絶の要望書を提出していること、そして2020年までに世界中の核兵器をなくそうと、真剣に努力していること。皆さんにも、まずはできることから始めてもらいたい。まずは今日聞いた話を、家族や友人、一人でも多くの人に話してもらいたい。まずは知ること、伝えることから始めなければならないのだから。また、世界中の有力な大学にはアウシュヴィッツを研究する専門コースがあるのだが、同じようにハーヴァードにも広島・長崎の原爆投下を研究する体制を作りたいと思い、活動している。何かいいアイデアがあったら、ぜひ皆にも知恵を借りたい。

30分余りの講演だったが、あっという間に終わってしまった。終わると同時に、一同スタンディング・オベーション。これまでの人生で聴いた最高の講演だったとか、ぜひともHBSの卒業式に呼びたいとか、絶賛する声が目立った。

選ばれた言葉の品位だとか、そのプレゼンテーションの仕方が抜群だっただけでなく、そこで語られているメッセージがとてつもなく大きな理想を追い求めていること、しかし理想を語るだけでなく、現実的なステップを取って、目標を達成しようとする。そして、そんな壮大なプロジェクトのリーダーとして、世界中の人たちを率いている。核兵器は現実的な国際政治のなかでは必要悪、そうはなから諦めてしまいがちなのに対して、決しておじけづくことなく、立ち向かっていく。そんな平和大使としての彼の姿に、我々は強いリーダーの姿を見たに違いない。そんな彼も何十年か前には我々と同じようにボストンで学生生活を送っていたこと、そんな事実も、彼の言葉を我々自身に近づけたに違いなかった。

結局、2時間しか予定していなかった平和記念館の滞在も延長して、3時間弱過ごすこととなった。市長、そして被爆者の方の講話のあと、再びほとんどの学生が記念館を歩き周った。去年まではオプショナルだった広島ツアー、今年は思い切って全員を連れて行くことにしたのだが、本当にそうしてよかった。そんな議論があった経緯も皆に話していたから、多くの人に感謝された。

終了後は、バスで宮島に移動。もう午後遅くになっていたため、厳島神社の周りは潮が引いていてしまっていて、水はなくなっていたけれど、平和記念館の余韻を残しつつも、日本三景の一つを堪能。セクションJの皆を集めて写 真をぱちり。ぐるっと一周してから時間があったので、お店に入って、何人かで牡蠣フライをつつきながらビールを飲み干した。牡蠣は季節でないからか、小ぶりで食べ応えがなく、これはボストンの勝ちかな。いずれにせよ、これまた思い出に残る一日を過ごし、最後の宴会に向けてホテルに戻ったのだった。

初めての方へ 私たちキャリアインキュベーションについて

転職のご相談・お問い合わせ 業界の専門分野で10年以上の
経験を持つエージェントに
転職相談(無料)
してみませんか?

あなたのキャリアに関する相談相手として、現在の状況に耳を傾け、これまでのご経験や今後のポテンシャル、
将来の展望を整理し、よりふさわしいキャリアをご提案します。

  • 転職成功者の90%以上が
    対応に「満足」と回答

    キャリアと並走して
    長期的・継続的にサポートする活動に
    多くの方から賛同いただいています。

  • 転職ありきではなく戦略的に
    状況を見極めて案件を紹介

    今後のキャリアの可能性を
    探りたい方にも希望や適性を
    踏まえて本音でアドバイスします。

  • 転職決定者の70%以上が
    年収1,000万円以上を獲得

    圧倒的な求人情報量があり
    ご相談いただく多くの方が転職前よりも
    好待遇で就業されています。

1分で完了 無料登録・転職相談

現在約6000人以上が登録中!
転職活動にすぐに役立つ
メールマガジン(無料)もございます。

メールマガジン登録(無料)