5月に入り、極寒の地Ithacaもすっかり春めき、芝生の上に転がり春を楽しむ学生の姿も至るところで見られるようになりました。
4月には、冬場閉鎖されていたコーネルキャンパス内ゴルフコース、Robert Trent Jones(RTJ)がオープンしました。RTJは1ホール$30、春シーズンパス$215で楽しめる、東京では考えられないほどの格安コースで、冬場スポーツジムやスキー・スノボーに勤しんでいたジョンソンスクールの学生たちも、頻繁にコースに出て楽しんでいるようです。
しかしながら、ジョンソンスクールのImmersionの中でも最もワークロードがきついと評されるInvestment Banking Immersion(IBI)を選択している僕ら30名は、平日は授業の予習復習、課題、テスト、週末はチームワークとレポートに追われ、春スポーツを謳歌する時間はあまりありません。
今回は、このIBIを選択している僕らのホットなカリキュラムを紹介していきたいと思います。
Intermediate Accounting (Full Semester)
IBI、RST(Research, Sales and Trading Immersion)を選択している1年生、選択授業として登録している2年生、他学部学生、150名ほどが受講しているコースです。
Intermediate Accountingは冬学期に開講している授業で、秋のコアカリキュラムで扱ったFinancial Accountingの応用的な位置づけですが、広く浅く学ぶFinancial Accountingとは異なり、テーマを絞り、そのテーマについて深く学んでいきます。表面的な財務諸表そのものの理解を超え、Foot noteに記載されている各費目の意味合いを解釈し、企業の粉飾を見抜き適正値を算定するスキルを身につけることで、企業の実情をより正確に把握できるようになることがこの授業の狙いです。
ちなみにカバーした範囲は以下の通りです。
-キャッシュフロー分析
-税効果会計、前受収益
-在庫、土地・建物・機械装置
-無形財産
-有価証券
-ストックオプション
-リース
-年金会計
-EPS
毎回教科書20~50ページ、2~4枚ほどの切り抜き記事、そして担当教授が10Kから作成したオリジナルケースが宿題として出されるため、予習にかなりの時間かかり、非常にワークロードが多いことで有名な授業です。また、ジョンソンスクールの授業としては珍しくCold Callがあるため、非常に緊張感がある授業です。
Corporate Financial Policy (First Half Semester)
コアファイナンスの応用版ととらえてもらってかまわないと思います。資金調達の適正化理論、特に、資本政策、負債政策、IPO、プロジェクトファイナンス、LOB/M&Aについて学びます。80%は講義形式、20%程度はケーススタディです。
ケースは4本ほど読んだのですが、中でも1988年にPEファンドKKRがRJR Nabiscoを買収したケースは非常に興味深い内容でした。このケースは、RJR Nabiscoのマネジメントグループが中心となったマネジメント・バイアウト・ファンドと、PEファームのKKRが買収候補となった有名な事例で、最終的にKKRが買収先として選ばれたというのが正解ストーリーなのですが、与えられたデータから買収金額を算定していくと、明らかにマネジメントグループの条件の方が高い買収金額を提示しているというケースでした。
この意思決定には、実はRJR Nabiscoのアドバイザーが大きな影響を与えており、彼らの株主価値の最大化を重視するようにとの助言が最終的な決め手となり、実際の算定結果と異なる意思決定を行ったというのがこの背景のようです。
コンサルティングの業務でもよくありましたが、理論値を越えた組織間のパワー関係で意思決定がなされていく瞬間を垣間見た瞬間でした。
Financial Modeling (Second Half Semester)
後に紹介するValuation Principleで学んだ企業価値算定手法を、実際にExcelで活用していく授業です。この授業では、ピザレストランの最大手Papa Johnsの財務諸表(2002~2005年)が与えられ、この数値を元に各自で前提条件を設定し、実際にExcelを活用して将来キャッシュフロー予測モデルを作成して企業価値を算定したり、減価償却条件を変えてシミュレーションをしたり、LBOモデルを作成しPapa Johnを買収した場合のInternal Rate of Returnを求めるなどの作業を行っていきます。
非常に簡単なモデル作成のため、投資銀行で求められるスキルと比較すると十分とは言えないレベルではありますが、私のような初心者にとっては各モデルのコンセプトに対する理解が深まったため、非常にためになる授業だったと思います。
Valuation Principle (Second Half Semester)
M&A、営業譲渡、バイアウトなどの際に必ず必要となる企業価値の定量評価。この定量評価の手法を学ぶ授業がValuation Principleです。Professorが独自に作成したハンドアウトを活用して授業は進められていきますが、基本は、マッキンゼーから出版されている「Measuring and Managing the Value of Companies」の第4版(日本語訳も出版されています)に沿った内容で、フリーキャッシュフロー概念、DCF法、資本コスト推定(WACC)、マルチプル法、リアルオプションの価値評価を7週間で学んでいきます。
授業は講義のみケース等も無いため淡々と進められていき、2回の試験とIndividual Project(個人プロジェクト)で評価が決まります。このIndividual Projectでは、株式公開されている会社を1社選び、財務諸表を分析しその会社の将来キャッシュフローを予測、現在価値を算定し、現在の株価と比較した上で投資家への推奨案を取りまとめる、ほぼアナリストレポートに近いものを作成するという内容でした。
この課題はValuation Principleのファイナルプロジェクトですが、実質的にはこのIBIで学んだAccounting、Finance、Valuation手法全てを駆使してレポートを作成するため、IBIのとりまとめ的な宿題だと捕らえていいかもしれません。
僕の場合、学んだことをある程度カバーできそうな企業ということで、成長段階の企業(成長期、発展期、成熟期の予想が出来る)、アメリカ国内で競合が明確化している企業(Comparable Company Analysis/企業比較分析がしやすい)、IPO(株式公開)からある程度時間が経っている企業(成長率の予測がしやすい)という条件で、チーズケーキファクトリー選定しました。
このチーズケーキファクトリーはIPOから既に9年が経過し、全米に109の自社レストランを展開していますが、まだまだ発展途上で、過去4年の平均売り上げ成長率20%を超えているレストランチェーングループです。
分析してすぐ気がついたのは、この会社、過去4年、FCFF(Free Cash Flow to Firm 企業が純粋事業から生み出したキャッシュのうち、負債者、株主に対して分配できる金額の総計)がマイナス、つまり事業から生み出されるキャッシュでは負債者、株主に対して1銭も資金を払えない状態だという点でした。さらに注意深く見てみると、Capital Expenditure(設備投資)にNOPAT(税引き後事業利益)の毎年1.5倍ほどの投資を行っていて、足りない資金を新株発行によって資本市場から資金調達している状況。
ずいぶんと、将来のフリーキャッシュフロー予測がしにくい企業を選んでしまったものだと思いつつ、競合他社(Papa Johns International, Sonic Corp, Brinkers Internationalなど)の成長予測を参考にしながら、向こう4年間を発展期(Capital ExpenditureをNOPATと同じ額に設定)、その先10年間を緩やかな発展期と設定し、フリーキャッシュフロー、企業価値、株価をしたところ(このように書くと簡単そうですが、算定まで数日かかりました・・・)、$29.49。4月28日時点でのCheese Cake Factoryの株価が$31.56であったため、市場は評価しすぎだと結論付けたレポートを作成しました。
後に、各社のアナリストレポートを見てみたところ、軒並みOvervaluedとの結論が出されていて、ちょっと安心。ただ、作成したモデルを活用してシミュレーションをしてみたのですが、前提条件である発展期を3年に縮めると株価は$32.45となり、この場合現在の株価はUndervalueという結論になります。
当たり前の話ではありますが、Valuation Principleの担当教官が、「前提条件によって、求める値は大きくぶれる。すばらしいモデルはあっても、正解モデルは無く、あくまで数値は前提の上に成立する仮の値でしかない」と説明していたValuationの限界を実感するよい機会となりました。
さあ、このホットなJohnsonでの1年目の日々もそろそろ終わりを告げようとしています。Accounting、Financeの知識がほぼ0からスタートした留学でしたが、このIBIのお陰で何とか"言葉がわかる"程度まで底上げすることが出来たのでは無いかと感じています。