#女子大生Wendy Koppの確信
世の中の困難を、新しいカタチで突破しようとする試み、それが『社会イノベーション Social Innovation』だ。ビジネスというカタチで、となれば社会起業家 Social Entrepreneur、と言われよう。
日本でも何例かの試みが紹介されるようになってきた。それでも、先進各国との彼我の差は、驚くほど大きい。
先日、リーダーシップ教育NPOであるISL(アイ・エス・エル)で、社会イノベーションの事例ビデオを見る機会があった。
その中に『Teach For America』はあった。(以降、TFAと略)
一言で言えばTFAは、大学卒業したての、優秀な人間たちを、教育困難校に2年間送る活動だ。
創業者はWendy Koppさん。プリストン大学(Princeton University)の4年生だった彼女は、卒論のテーマとして教育を取り上げ「教育格差こそが現代米国の、最大の権利侵害だ Our nation's greatest injustice」と訴えた。
そしてそこで彼女は提案した。「最高の人材を、最貧地域の公立学校に送ろう」と。彼女には確信があった。自分の同世代の人間たちは、きっと同じ問題意識を持っている、きっとこの提案を受け入れてくれる、と。優秀な学生たちは必ずしもウォールストリートを目指さない、社会人生活最初の2年間を子どもたちの教育のために捧げてくれる仲間たちがきっと居る、と。
始めは政府による活動を期待し、彼女は大統領へ直訴状を送ったが、それは敢えなく却下された。更に数社* の採用試験に落ちた彼女は、遂に、自らその活動を組織化する決意をした。
#社会イノベーションの衝撃
卒業直後、21歳で彼女はTFAを設立し、翌年には500名の優秀な若者たちを、数週間の研修の上で各校に送り出した。
最初に集めたスタートアップのためのお金は$250万。そのうち$50万は、かのロス・ペロー Ross Perotによるもの。残りもメルクMerck、ユニオンカーバイドUnion Carbide、 アップルApple Computer、 ヤング・アンド・ルビカムYoung & Rubicamという錚々たる企業群が負担した。
途中、資金枯渇の危機もあったが、それらを乗り越え今やTFAは、
・毎年5,000人以上のメンバーを
・26の地域の1000校以上に送り出し
・42.5万人の子どもたちを教える
という年間予算$70Mの巨大な活動へと成長した。
ハーバードを始めとした全米のトップ校から毎年2万人以上が応募し、2500名余が厳選の上、採用される。その若き教師たちは、短期研修の後2年間を教育困難校での活動に打ち込み、子どもたちの学習意欲や成績の向上において、明確な成果を残し続けている。
主な資金源はオーナー企業や財団、個人による寄付だが、最近では大手の一般企業も寄付者リストに名を連ねる。
製薬のアムジェンAmgen、メドトロニックMedtronic、金融のリーマン・ブラザーズLehman Brothers、ゴールドマンソックスGoldman Sachs、ワコビアWachovia、他にフェデックスFedEx、コカコーラCoca-Cola、GEなどなど。
これらの会社の目的はもちろん、単なるCSR(Corporate Social Responsibility)などではない。
#Win-Win-Win-Win-Win・・・
目的はズバリ、リクルーティングだ。
同じ層の学生たちをTFAと取り合っていることに気が付いた(そしてTFAに競り負けていた)数社は、TFAと「戦略的提携 Strategic Partnerships」を結んでいる。共同で就職セミナーを開き、TFA人気を使って優秀層を集め、TFA参加者には2年間の就職猶予や引越ボーナスを与えたりしている。
各企業からのTFA参加者への評価は、高い。
「コミュニティのために尽くそうというコミットが高い人間を是非採用したい」
「TFA参加者の、教育現場で鍛えられたコミュニケーションスキルやリーダーシップは素晴らしい」
「当社の幹部の幾人かも教育界出身である。TFA出身者の当社での活躍を望む」
今やTFAでの2年間は、参加する若者たちにとって、ビジネスキャリアの遅延ではなく、ビジネス界での自分の評価を高める期間とすらなっている。
TFA、この「場」で実現されている「Win」は枚挙に限りがない。
1. 子どもたち:学力や学習意欲が向上し、人生機会の増大に繋がる
2. 公立学校:優秀な教員を無償で確保できる。学校全体の雰囲気が良くなる
3. 地方自治体:教育予算の増加無しに公立学校改革が図れる
4. 学生:自己の社会貢献意欲が満たされ、各種スキルが向上し、次のキャリア形成にも有利になる
5. 寄付者・提携企業:イメージ向上に繋がり、採用活動上も稀少な人材を確保できる
TFAは更には、TFA出身者たちを、長期的にまた教育界に環流させ、学校幹部・リーダーとして活躍して貰うことを目論んでさえ居る。
#それは、1989年に始まった
Koppさんが、卒論を仕上げ、大統領に提案を却下され、採用試験も落ちて、TFAを立ち上げたのは1989年のこと。
それから既に20年が経つ。1万7千人以上の若者がTFAを卒業し、延べ250万人以上の子どもたちがTFAの恩恵を受けた。
この間、彼女自身、結婚し3人の男の子を育て、各種の賞(2004 John F. Kennedy New Frontier Award等)を受賞した。
そう、TFAがスタートしたのは20年も前なのだ。それだけを見ても、日本は20年以上、遅れている。
この特定の活動のことではない。
こういった社会を変革するアイデアを持ち、立ち上げようとする人材が足りない。そしてそれを支援し、立ち上げさせようというサポーターが、圧倒的に足りない。
#そして今、日本で
TFAのアイデアだけをひっさげたKoppさんを、最初の最初に助けたのは、3人の企業エグゼクティブ。
一人が$2.6万(約300万円)を出してくれ、一人がオフィスの一角を、もう一人が償却済みのレンタカーを6台提供してくれた。そこから全てが始まった。
今の日本にとっても喫緊の課題である社会イノベーション。これをスタートさせる器がようやくあちことに出来つつある。
しかし、器だけあっても仕方がない。大学や官庁の自己満足に終わるだけだ。
そこに卵とお金がなくては何も生まれては来ない。
個人として何が出来るだろうか。日本という国を未来あるモノにするために。
企業は何をすべきだろうか。日本という市場をもっと活力ある場にするために。そして、その人材とお金を最大限に活かすために。
* Morgan Stanley, Goldman, McKinsey, Bain and P&G
出所:Teach For America、「Schooling corporate giants on recruiting」Fortune(11/27/2006)、Wendy KoppのGeorgetown Collegeでのスピーチ(03/17/2008)