#ある発想のお話:「空気はなぜ透明か」
ある夜、自分の部屋で一人テレビを見ていた。お気に入りのNHK教育の「高校講座」だ。何が楽しいって言って、実験の楽しさ。学校では見られない、いろいろな実験を見せてくれる。
ちょっと危険な香りのする大人の世界、に見えた。
その日は「化学」、ハロゲンの回。(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素Iなど)
テレビの中で淡々と実験が続く。生まれて初めて見た「色の付いた気体」たち。猛毒でもある臭素は強い赤褐色を放ち、ヨウ素はビーカーの中で濃い紫色に揺れていた。凄い。
そのときフト思った。「色の付いた気体が色々あるのに、なんで空気は透明なんだろう」「地球上で一番多い気体(空気≒窒素+酸素)や液体(水)が透明だというのはとてつもなく便利なこと」「これが偶然のハズがない。きっと何か理由があるはずだ」
それから一週間、頭の片隅で考え続けた。そして気がつく。空気が透明になったのではない、ヒトの目が、地球上の生物の目が、そう見えるよう変わってきた(=進化した)のだと。
これは1976年頃のお話。田舎に住む小学6年生の頭の中に浮かんだ「問い」、それが「空気はなぜ透明か」だった。
この問いは、空気を知っているだけでは決して生まれなかった。それだけでは、空気が透明であると言うことにすら気がつかなかっただろう。不透明な気体(臭素やヨウ素)の存在を知って初めて気がついた「問い」だった。
#生命大絶滅の「発見」:生命種のはかなさ
地球生物種の「大絶滅」を発見したデイヴィッド・M・ラウプ氏は、異色の古生物学者だ。1982年、彼はシカゴ大学の同僚のジャック・セコプスキー氏とともに、地球生命の歴史上、5回もの大絶滅が起きていたことを定量的かつ統計的に示した。
ラウプ氏が組んだプログラムをコンピュータが静かに実行する。はじき出されたアウトプットを見て、彼はうなった。
「ありえない!(It can't be right!)」
それほど見事な分析結果だった。
生物は種の単位で数えると、現在約200万種が知られ命名されている。実際にはその数倍以上存在するだろう。ヒトもその一つなわけだが、種レベルだとかなり頻繁(万年単位だが)に絶滅が起こる。旅行鳩(数億羽いたが食用やレジャーハンティングで1914年、絶滅)を初め、われわれ人間が絶滅に追い込んだ種も多い。
ヒトは、生物分類でいくと、哺乳類のサル目(いわゆる霊長類)のヒト科、ヒト亜科(ヒト科には他にチンパンジー亜科がある)、ヒト属の一種、ホモ・サピエンス、である。(目→科→亜科→属→種)
ここにも生命絶滅の歴史がある。ヒト亜科だけを見ても、現存する種はヒト属のホモ・サピエンスだけであり、アウストラロピテクス属も、パラントロプス属も今はない。
ヒト属の中でも、ホモ・フローレシエンシス、ホモ・ルドルフエンシス、ホモ・ハビリス、 ホモ・エルガステル、ホモ・エレクトス(ジャワ原人など)、ホモ・アンテセッサー、ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、と様々に進化してきたが、ここ数百万年のうちに全て滅びた。
過去19以上の生命種が発生したにも拘わらず、現存は1種(ホモ・サピエンス・サピエンス)だけ、というのが、ヒト亜科の成績だ。
#「発見」の素は専門の壁を超えた横断データ
逆に言えば、種は滅びたが、ヒト科は残った。「科」や「目」はなかなかにしぶとく、簡単には科や目ごと消えて無くなることはない。
ところが白亜紀末(6,500万年前)の大絶滅では、当時700あった生物科の14%がたった100万年の間に消え去った。その中には権勢を誇った恐竜たちも含まれている。このとき、属レベルでは38%、種レベルでは65~70%が絶滅したであろうと推定されている。
さらに、古生代のペルム紀末(2億5,100万年前)の大絶滅では、なんと40%もの科が消え去った。最大96%の種が絶滅したであろうとラウプ氏は推定する。
こういった大絶滅はラウプ氏の「発見」以前では、なんとなく認識はされていたが立証はされておらず、異論も多かった。
この「いつどんな大絶滅があったのか」という研究には、それまで専門分化して個別にしか行なわれていなかった、生物種別の情報(特に発生と絶滅に関しての)の幅広いデータ整備・分析が不可欠だった。
かつ、特定の時代だけを見ていては、普通の状態なのか、大絶滅かの区別はつかない。だから化石情報の残る全時代に渡っての情報が必要だった。
一人一人の専門家たちが相手にしてきたのは、ある時代のある生物種群だ。それらの生物が、いつなぜ生まれ、どう生活(何を食べ誰と戦いどう繁殖)し、いつ頃なぜ絶滅していったのかを深く深く研究している。その努力によって初めて、生物種ごとの発生・絶滅年代が特定される。
ラウプ氏の同僚であったセコプスキー氏は、この発生・絶滅情報の収集と整備に努め、1980年頃には全時代・全生物種にわたる3,500件もの絶滅データを持っていた。
それをラウプ氏が数学的に統計処理して、過去6億年の間に大絶滅が頻繁に(約2,600万年ごとに)起こっていることを証明した。(注:周期的と言えるかについての議論は続いている)
この全生物種横断、全年代横断のデータこそが、大発見の素だったのだ。
専門の壁を越えて、大きく横と過去とに比べた視点が、そこでの「不変」と「変化」を初めて浮かび上がらせたのだ。
#『発想の視点力』で述べること
2009年始めに『正しく決める力』を上梓した。そこでは、戦略的な意思決定および実行力向上のための超基本技を3つ、述べた。
「重要思考」「Q&A力」「喜捨法」。いずれも、これまで自分自身が経営コンサルタントとして肝に銘じ、実行してきた考え方であり技だ。
この8月に上梓する『発想の視点力』は、発想力向上のための本だ。
そこで述べる発想の視点も3つ。「比べる」「ハカる」「空間で観る」だ。
本稿で示したのは、その「比べる」の一部。ヒトは絶対値や重さを直観できないが(だから「重要思考」が必須)、差には敏感だ。それを逆手にとって、発想に繋げるのが「比べる」視点だ。大きく横や縦に比べることで、不変や変化が見つかる。
全生命種・全時代の絶滅データを比べることで、「大絶滅」は発見された。有色の気体と比べることで、「空気の透明さ」の価値が見つかった。
あなたは何を「比べる」だろうか。そこで何を見つけ出すだろうか。
発想力も鍛えられるモノ、と信じている。
お知らせ:8月上旬、日本実業出版社から『発想の視点力』(予価1580円)が刊行されます。お楽しみに!