ヒトは、仮説を証明するために、新しいハカり方を生み出す。しかし、新しいハカり方の真の価値はその仮説以外の答や問いを示してくれることにある。
予期せぬ発見こそが、われわれの常識を打ち破り、科学やビジネスを、大きく進化させるのだ。
第2回目は、小さなデバイスの話。
#MEMSは既に1兆円市場
MEMS(メムス)という言葉をご存じだろうか。Micro Electro Mechanical Systemsの略だが、適当な訳語がないままに市場規模1兆(*1)を突破しようとしている。
MEMSは電子回路と機械構造が一体化されたデバイスのことを指し、実際の主な製品で言えば、圧力センサー、加速度センサー、ジャイロセンサー、インクジェットプリンターのヘッド部分、DLP型プロジェクターのDMDなどがそれにあたる。
ホームシアター向けプロジェクターとして一世を風靡したDLP方式のコアがDMD(Digital Micromirror Device)だ。DMDは光源ランプからの光を、画素毎に高速で振り分ける。
一片10ミクロン、100分の1㎜の鏡が、縦横1000枚ずつ、合計100万枚並ぶ光景を思い浮かべてもらいたい。これらが一枚ずつ制御され、わずか15μ秒できっちり24°角度を変えるという、某国のマスゲームも真っ青の素子なのだ。この鏡で、3色の光を自在に反射して高品質の画像を描き出す。
テキサス・インスツルメントの特許による専売品で、これまで2千万セット以上が販売されているという。累積の売上高は1千億円を軽く超えるだろう。
小さな動く鏡たちは、液晶プロジェクターとの戦いを続けている。
#3D加速度センサー(*2)で自由を得たWiiリモコン
任天堂Wiiは、さまざまな業界常識を破壊した。誰をメインユーザーにするのか、そのユーザーにどんな価値を提供するのか、メーカーやソフト屋さんは何で儲けるのか、そして、ゲームをどう操作するのか。
その独特のコントローラーはWiiリモコンと呼ばれ、振り回す、傾ける、(箱の上に置いて箱を)叩く、などの新しく、でも簡単な操作の仕方を提供した。
それを可能にしたのがMEMSである「3D加速度センサー」だ。
使われているのはSTマイクロエレクトロニクス製のもの。大きさは5×5×1.5mmという。これが、コントローラーの状態(速さや傾き)をハカる。
微細なシリコンチップの中には、なんと宙に浮いた可動部分がある。厚さが15ミクロン程度の櫛状の扇子といった感じ。かなり丈夫で1万Gの衝撃にも耐え、電力も食わない。
こういった高性能のものが、低価格で手に入るようになったから、ゲームコントローラーにも取り入れられるようになった。
(*1)http://mmc.la.coocan.jp/research/market/market2007/market2007.html
(*2)DはDimension(次元)。日本語では3軸加速度センサーとも
#ジャイロスコープも内蔵したWiiモーションプラス
もう一つ、常識を変えたMEMSがある。リモコンへのアタッチメントとして開発されたWiiモーションプラスに組み込まれた「ジャイロセンサー」だ。
これを取り入れたことで「回転」がハカれるようになった。
加速度センサーは直線的動きをハカるには強いが、ひねり(回転)がわからない。だからゲームで言えば、ゴルフクラブのフェースの開き具合がわからない、ラケットでスピンがかけられない。
ジャイロセンサーはもともと、ロケットや航空機の姿勢制御用に開発されたもの。超高速の「地球ゴマ」が内蔵された数十キロの代物だった。
ところがMEMSで作られるようになり、さらにデジタルカメラの手ぶれ防止回路に使われて、爆発的に小型化と低価格化が進んだ。半導体技術で作られているので、量が出れば価格は劇的に下がる。
でも、カメラ用のままではゲームには使えない。結局「ピンポン」での利用などを考えて、性能を5倍に上げた。これで1秒間に4回半、腕を回しても大丈夫だ。
その他幾多の困難(*3)を乗り越えて、Wiiモーションプラスはリリースされ、既に1千万台近くが売れたという。
これにより、多くのソフト会社に「奥の深いスポーツゲーム」「より直観的な操作」の可能性を提供した。「Wiiスポーツリゾート」のみならず、より革新的なゲームの登場を待とう。
#タニタによる歩数計の進化
歩数計(*4)の市場規模は、年間400万台程度で成熟していた。
そこに新しいハカり方を導入し、市場を年間600万台程度にまで押し広げたのが、体重計や体組成計で有名なタニタ。
ここでも、MEMSの「3D加速度センサー」がその立役者だ。
もともと歩数計は、ふりこ式のセンサーで歩数を検知していた。カチカチとひたすら歩数を刻む。それがデジタル化され、加速度センサーが使われるようになった。
でもまだ2D加速度センサーだったので、どんな方向の動きもハカれるわけではない。だからやっぱり腰にちゃんと付けないと正確じゃない。
女性たちにとっては、それが不便であり、ファッショナブルではなかった。
どの方向でもハカれる3D加速度センサーが、歩数計に組み込まれるようになって、初めて「バッグの底に入れていても大丈夫」になった。06年のことだ。
もちろん消費カロリー計算だってしてくれる。1日のカロリー消費具合をグラフにして出す工夫もしたことで、タニタの歩数計は多くの女性ユーザーを獲得した。
09年には新しい「目盛り」も導入した。メッツとエクササイズというものだ。メッツは運動の強さを表し、エクササイズ(*5)はそれと時間をかけたもの。厚労省が06年から「週に23エクササイズの運動を」と推進しているものだ。
安静時の運動強度は1メッツ。普通に歩いて3メッツ、ジョギングだと6メッツだ。だから通勤等で毎日1時間歩いているなら週に3×1×7=21エクササイズなので、プラス2エクササイズで良い。週に20分のジョギングを加えればOKとなる。
最新の歩数計は、歩数だけでなくこういった運動強度をハカり、かつ、健康のための運動量の目安まで示してくれる。
これも、新しいハカり方(3D加速度センサー付き歩数計)、新しい目盛り(メッツ等)による健康器具の革新なのだ。
次回も「新しいハカり方によるビジネス革新」を。但し、技術によるものでなく、ヒトによるもの。
ハカったのは、個人の信用。お楽しみに。
(*3)任天堂のWii専用HPに、社長が訊く『Wiiモーションプラス』があり、詳しい
(*4)「万歩計」は山佐時計計器の登録商標。一般名称は歩数計
(*5)エネルギー消費量(kcal)=1.05×エクササイズ(メッツ・時)×体重(kg) で計算できる。