#ヒトは過去を「必然」と思いたがる
前回に引き続きダンカン・ワッツ氏の『偶然の科学』(早川書房)での議論を中心にお届けしましょう。
この本の原題は
『Everything Is Obvious *
* Once You Know the Answer』
です。書題は2つに分断されて離れて置かれ、アスタリスク記号でつながれています。
直訳すれば「すべては自明である。答えを知ってしまえば」ですが、ちょっと意訳すると「ヒトはすべてを必然・当然と思う」でしょうか。
そんなことはない、自分はもっと客観的だ、と思うかも知れません。でも彼はこんな例を挙げています。
社会学者のポール・ラザースフェルド(*1)は、第二次世界大戦時に行われた、米人兵士60万人対象の調査研究を使って、6つの結論を導きだしました。例えば「地方出身者の方が都会出身者より士気が高かった」といった感じです。
彼は推測します。これを読んだ人はみな、この結論を自明と思うだろう。「田舎出の人の方が厳しい環境には強いから当然だ」という風に。
ところがラザースフェルドは後半、それら6つの結論が、実はまったくウソで逆だったと述べるのです。本当は「都会出身者の方が田舎出身者より士気が高かった」のです。
そしてそれをもまた人々は「当然だ」と思うのでしょう。今度は「都会生活の方が軍隊での生活に近い」とかの理由をつけて・・・。
きっと今の自分自身をたまたまの産物とみなすことに耐えられないのでしょう。だから結論(過去)に対して、それがいかに必然的であるかの理由を勝手につけ、解釈してしまう・・・。
ヒトは過去を必然と思いたがる生き物なのです。
(*1)Paul Lazarsfeld:コロンビア大学『ピープルズ・チョイス―アメリカ人と大統領選挙』が有名。1940年米大統領戦でのパネル調査法による分析を通し、マスコミと個人とによる情報の流れと(影響力)、人々の意見・態度(世論)の形成過程とを解明した。世論形成はメディアによる全員への直接影響でなく「オピニオンリーダー」を介した二段階でなされると主張。
#ヒトは結果に目が眩む(ハロー効果)
マッキンゼーのトム・ピーターズとロバート・ウォータマンによって書かれた『エクセレント・カンパニー(*2)』は全世界でヒットし、そこで示された「超優良企業」の8つの共通項は、多くの企業人を魅了しました。曰く、「行動の重視」「顧客に密着する」「機軸事業から離れない」などです。
これらは未だに有効であるとされています。しかし、その素である「超優良企業」自体はそうではありませんでした。その多くが数年で没落してしまったのです。
「超優良企業」の持つ「8つの条件」は、その企業たちを優良であり続けさせはしませんでした。これは過去の成功が未来の成功を保証しない、というだけではありません。まさにハロー効果(*3)の産物なのです。
ヒトは結果に目を眩まされ、すべてを評価・判断します。業績の良いときのシスコシステムズは「インターネット時代の寵児」と絶賛され、業績が停滞すると「反面教師」と言われました。
スティーブ・ジョブズへの人物評も、アップルの業績とともに「革命児」から「未熟児」「偏執狂」、そして「カリスマ」「天才」と変遷しました。彼はそんなに性格をころころ変えたのでしょうか。
案の定、成績の良いチームでは機能の自己評価が高く、成績の悪いチームでは低く出ます。「優れた機能が高い業績につながった」ということなのでしょう。
でも実は、その成績は各チームにランダムに割り振られていました。実際の分析能力とは何の関係もなかったのです。
にも拘わらず、ヒトは結果(ウソの成績)に従って、自分たちを不当に高く、もしくは低く評価していたのです。
これがハロー効果です。われわれは、業績の良い企業については、すべてが素晴らしいものと、思い込みます。組織も文化も、そしてCEOも、すべてです。
ヒトは結果に目が眩み過程を忘れる生き物なのです。
(*2)原題は『In Search of EXCELLENCE』。1982年刊行、300万部以上売れた。
(*3)Halo Effect:Haloは後光。一部の特徴によって全体の評価をしてしまうこと。心理学者であるエドワード・ソーンダイクによって初めて実証された。特に、結果によってその他を評価することが多い。
#ヒトは自分に甘い(自己奉仕バイアス)
言うまでもなく、ヒトは自分に甘い生き物です。
成功は自分のお陰と思い、失敗は他人もしくは環境のせいと感じます(*4)。
これも、自己の自尊感情を守るためには、仕方ないことかもしれません。この困難な時代に、失敗を全部「自分のせいだ」と引き受けていては精神的に、保ちません。
特に日本人の場合には、集団になったときこれが強く働きます。集団奉仕バイアスです。自分の帰属する集団に強く愛着を持ち、ゆえにそれへの評価は甘くなります。
自社の新商品が成功すればそれは自社が優れていたからだと思い、失敗すれば競合他社や流通・顧客・円高などの環境のせいだと思います。
ヒトはその過去(成功)を必然だと思います。そしてその結果(成功)に目が眩みます。この成功は、きっとすべてがうまくいったからに違いないのです。そこで自分(や自社)に甘いのですから、目の眩み方も盛大になります。
結果として、その成功経験が大失敗へとつながります。
(*4)Self-serving bias:自己奉仕バイアスと訳される。似たものとして他に、平均以上効果(アメリカ人の90%は自分が平均より運転がうまいと思っている)などがある。
#どうすれば大失敗を回避できるのか
東日本大震災からちょうど1年後の3月11日に寄せて、棋士の羽生善治さんはこんなことを語りました。
「今は予測が極めて難しい時代。将棋でいえば5手、10手先を考えても仕方ない局面。とりあえず次の一手を考えて指して、相手の手をみてまた考えるしかない」
「将棋の場合、わけのわからない局面ではとんでもなく悪い手を指す可能性が高い。だから、いい手を指すより、悪い手を指さないことが重要だ」
「また、先の見えない場面では将来にできるだけ多くの選択肢を残すことが大事。そういう意味でマニフェスト政治というのは、先の見えない今の時代との相性があまりよくない気がする」(日本経済新聞より)
ここまで述べてきた「大失敗原因」を逆に取ることで、大失敗回避の方法を探りましょう。大失敗の要因は、
1. 過去を必然と思いたがる
2. 結果に目が眩む
3. 自分(や自社)に甘い
でした。であれば、これらから逃れるためには、以下のことに努力するしかありません。
・過去(成功)から学ばない
・結果(成功)だけで見ない
・自分で自分を評価しない
それは同時に「長期の計画を立てず、未来でなく現在に対応する」という戦略でもあります。闇夜のドライブだからといって強力サーチライトをつけるのでなく、抜群の視力と瞬時のドライビング技術と車の旋回性能で突っ走ろうという作戦です。
#衆知と対照実験が企業を救う
ダンカン・ワッツ氏は『偶然の科学』の中で、具体的な闇夜ドライビング方法を示しています。そのいくつかを紹介しましょう。
・オープン・イノベーション
・ブライト・スポット
・対照実験
最初の2つは「現場の知を信じ、衆知を集める」作戦です。
一企業や組織の努力によらず、幅広い参加者を募って問題の解決を図るのがオープン・イノベーション。特定の問題の解決に、賞金を出す方法がよく使われます。
その成功事例は「ロボットカー開発」「再使用可能な宇宙船製造」「おすすめ映画のアルゴリズム開発」「シュレーダーゴミの復元」と枚挙に暇がありません。
競泳界で一世を風靡したSPEEDO社のレーザー・レーサー(*5)もその一つ。自社研究所であるアクアラボが中心となり、NASAやニュージーランドのオタゴ大学、オーストラリア国立スポーツ研究所の他、多くの専門家が参画してのイノベーションでした。
これはホンダやトヨタの3現主義(現地・現場・現物)に通ずるものでしょう。
(*5)2010年から、撥水効果のあるポリウレタン製のレーザーレーサーやラバー素材の水着は全面禁止となった。
#現場で対照実験を行う
そして「過去でなく現在に学ぶ」最後の手段が「現場実験」つまりテスト販売や事業化テストなどです。これについては、私も『ハカる考動学』の第4章「作ってハカる」でその考え方や事例を挙げていますが、ダンカン・ワッツ氏はネットを使ったより大規模な現場実験を示し、そして「対照実験」を強調しています。
・ヤフーユーザーから160万人選んで2つに分け、特定の広告を見せることの効果を測定した
・結果、広告効果は短期でもそのコストの4倍に達した
・しかし、効果は年配者に限られ40歳未満のユーザーにはほとんど効果がなかった
こんな大規模でなくても構いません。そしてネットでないとできないわけでもありません。大学などが中心となったいわゆる「社会実験」は、現場の知を活かすという面と合わさって、(少なくとも米国では)多くの成果を上げつつあります。
そう、それらの仕組みはもうすでにそこにあるのです。われわれがなすべきは、それらをどう自分たち個々人の行動に取り入れ、組織に組み入れていくか、なのです。
過去に学ぶのでなく、今の智慧を集める。予測・推測するのではなく、実際にやってみる。
ぜひ「試行」を。
参考図書:『偶然の科学』(早川書房)ダンカン・ワッツ、『ハカる考動学』(ディスカヴァー21)三谷宏治、『Future Center ―未来のステークホルダーとの創発場』野村恭彦、『もうひとつのself-serving bias:日本人の帰属における自己卑下・集団奉仕傾向の共存とその意味について』(1999)村本由紀子
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お知らせ:昨年11月9日発刊の『一瞬で大切なことを伝える技術』(かんき出版)は好調が続いています。有隣堂ヨドバシAKIBA店では2012年2月第4週もビジネス書で4位を獲得!
また多くの企業で、組織全体としての導入が進行しています。
社会やビジネスで必要十分な論理思考が『重要思考』です。それを使って考え、伝え、聴き、話し合うことで、チームでの議論効率が何倍も上がり、すれ違いの会話がなくなります。是非、周りの方々にもお奨めください。