Campus Report 2004

岩瀬 大輔 to Harvard Business School(全16回)

MBAホルダーへの道

Vol.16 ヘルスケア業界のアントレプレナーシップ

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4月27日、HBSにおける最後の講義はヘルスケア・アントレプレナーシップのコース。第30回目となるこの日は、これまでやってきた29回のセッションを振り返って、何が大きな学びだったか、順に発表していく。黒板がケースからのテイクアウェイ(takeaway =「学んだこと」)で埋め尽くされると、それを受けて、二人三脚でこのコースを担当してきたヒギンズ教授とハマーメッシュ教授から締めの言葉。スタンディングオベーションで二人を送り出し、ウェブ上でコース評価のアンケートを記入して、いつものように教室を去った。

終わってしまうと、実にあっけないものだ。あれだけ心待ちにし、そして充実していた日々が、もう終わりだなんて。嵐のように過ぎ去っていったのは、毎日が充実して、新しい刺激に満ち溢れていたからなのだろう。いま、入学当初の日記を読み返してみると、当時の期待に満ち溢れた気持ちが懐かしく思い出される。といっても、卒業する6月まはあと少しだけ時間があるので、MBA2年間を振り返るのは最終回までのお楽しみとして、今回は今学期もっとも印象に残った、このヘルスケアの授業について書きたい。

ヘルスケアの分野に関心を持ったきっかけはなんだったのか、思い出せない。ただ確かなのは、留学するにあたって書いた抱負のなかで、アメリカでしか勉強できないものとして例えばヘルスケア業界について学んでみたい、と書いていたこと。その思いは、渡米した直後にこの分野を専門とする日本人の友人たちと出会ってから、次第に強まっていった。日本でも、医療業界に新しい風を吹き込むことで、大きな事業機会があるのではないか。本コースは昨年セクション担任だったハマーメッシュ教授が担当ということもあって、コース選択の締切り直前になって、当初受講を考えていたファイナンス関連の科目を落として、本クラスに駆け込みこんだ。

米国におけるヘルスケア産業は、GDPの16%を占める巨大産業だ。新製品のFDAによる認可や、料率の決定、公的保険の支払い制度など、政府の政策が事業運営に大きな影響を与える点も、日本と同じ。異なるのは、この国では本分野におけるアントレプレナーシップの動きが非常に活発であること。新たな医療技術の実用化に成功した人間には、幾多もの患者の命を救うという社会的勲章だけでなく、数百億円を超える富が手に渡ることも珍しくない。このような成功体験が身近にいくつもあるから、多くの医者や研究者が、新しい研究をアカデミアに留めることなく、いかにして実世界に送り出して事業化するか、競って考えている。そのアントレプレナーたちの層の厚さと裾野の広がりは、目を見張るものがある。

そして、"the next big thing"が花開くのを後押しせんと、多額のリスクキャピタルを用意し、何百、何千ものアントレプレナーシップの成功・失敗事例から得られた知を組織的に蓄積し、伝え継ぐ存在として、ベンチャーキャピタルがある。ライフサイエンスや医療機器に特化した投資チームを持つ大手VCも少なくなく、そこにはMD/MBAなどの資格を持つ人間も多い。その層の厚さが国としての産業の力強さを支えているのだろう。

この業界におけるアントレプレナーシップが、一般のそれと比べて特殊な点は、いくつもある。

例えば、事業機会を評価するフレームワーク。マーケティングの4Pというのは経営に携わる人なら一度は聞いたことがあると思うが、ヘルスケア業界における事業機会を評価するにあたっては、Patient(患者)、Physician(医者)、Provider(病院)、Payer(保険会社)の4Pを常に頭に入れなければならない。サービスを受ける人と、製品サービスを選ぶ人、お金を支払う人が一致していない点はややこしい。新規事業の成功にとって不可欠である「顧客への提供価値」というものも、常にこれら多数のプレイヤーの眼にどう映るのかを検討しなければならない。これにさらにPatents(特許)、Pharma(製薬会社)の二つを加えて、6Pとかにしても面白いかも。

製薬や医療機器の大企業がもはや自社開発にとどまらず、研究開発の戦略的なアウトソーシング方法として、ベンチャー企業に資金援助したり、あるいは比較的早期の段階で買収に踏み切ることを戦略的にやっていることも、大きな特徴だ。創業者利益の実現を図りたいアントレプレナーにとっては大きなメリットだ(英語ではこれを「エグジット(出口)がある」という)。

このような戦略がとられる理由には、ひとつに研究開発に多額の費用と時間がかかり、リスクが高いことから、大企業もリスク分散の手段としてベンチャー企業への投資を行なっていること。また、病院向けの営業部隊を組織するためには大きな資本投下が必要であり、ベンチャーにとっては難しく、忙しい医者との対面時間をすでに確保している大手メーカーが担いで売った方が効果的であるというこの業界の販売チャネルの性質もあるのだろう。

新商品が政府の認可を得たり、ユーザーたる医師のあいだで幅広い支持を受けるためには、アカデミアによるお墨付きが必要であることが多い、という点も特徴だ。多くの場合、他の研究者たちによるピア・レビューによって認められることが必要となる。アントレプレナーとして成功するためには、通常は乖離しがちなアカデミアとビジネスの世界を、なんとかして結びつける必要がある。そして実際に、多くのベンチャーが大学教授や研究者などをアドバイザーなり、役員なりに迎え入れている。

当然だがこのモデルが成立するためには、アカデミアの側の人間にもこのようなビジネスに参加することへの興味がなければならない。またいかにある技術として優れていても、それを商用化するためには、製品としてのパッケージングや量産体制、プライシングや営業・マーケティングの方法など、考えなければならないことが出てくる。ベンチャーのチームには、多様なケイパビリティを持った人材を編成することが必要となってくる。

印象に残ったケースのひとつは、Conor MedsystemsというDES(薬剤溶出ステント)のベンチャー。ステントは狭くなったり詰まったりした心臓血管を広げるために挿入される金属網状のチューブであり、比較的新しい製品だそうだ。ステントといえば、1994年に製薬大手からスピンアウトされたGuidantは売上4千億円、時価総額2兆円を超える規模になっている。(同社はJ&Jによる吸収合併が決まりかかっていたのだが、今年になって同業のBoston Scientific(この会社自体も1979年設立のベンチャー)がよりよい条件を提示し、後者と合併することとなった)。

Conor社の会長兼CEOであるFrank Litvack氏はUCLA医学部教授であり、心臓内科医としても論文を数百本発表している業界のビッグネーム。そんな彼はConorの前にも2件ほど成功裏にベンチャー企業を起こし、百億を超える額で売却しており、ベンチャーキャピタルのジェネラルパートナーもやっている。そんな彼は他のポジションにも一流の人材を揃えており、投資家として18年のベテランである我らがヒギンズ教授も取締役に就任している。

ケースが書かれた2003年5月時点ではまだ製品がFDAの認可を受ける前であり、資金もあと3ヶ月しかない。その後、二回に分けてヘッジファンドから70億円を調達したのち、2004年12月には500億円近い時価総額で株式公開を果たし、80億円を調達した。もちろん、この会社が本当に成功するかどうかはこれからなのだが、Litvack氏のような医者がベンチャーのCEOとして新しい技術の商用化を推進し、ヒギンズ教授のような経験豊かな投資家が多額の資金と経営サポートを提供して、マーケットへ持っていく。このような事業に投資しようという投資家のリスクキャピタルを得て、強烈なインセンティブを持って技術やアイデアが実用可能な製品に変わっていくのだ。ここに、米国資本主義のダイナミズムを感じた。

多額の研究開発費用の大半が、政府からの補助金に依存することも、この業界を複雑にする特徴だ。米国もかつては、政府の補助金によって開発された技術については、権利はすべて政府に属するとされていたそうだ。ただ、このシステム下では技術を商用化しようとするインセンティブが働かないため、多くの技術が大学や研究所から実世界で日の目を見ることないまま、とどまってしまった。この停滞を大きく変えるきっかけとなったのが、1980年に制定されたバイ・ドール法。これによって連邦政府の資金によって開発された技術の権利が、大学や中小企業に帰属可能となった。

公的な資金を使った研究の権利を私企業に帰属させることは公平性の観点から問題があるのでは、我々はつい考えてしまいがちだが、このようなデメリットを考慮してもなお、コマーシャリゼーションとその成功に伴う金銭的報酬を強烈なインセンティブとして、イノベーションの進歩を大きくドライブしていことを認めたのが、この法律の大きな意義。これは資本主義下で、社会の進歩を促すメカニズムとして利潤追求動機の力を徹底して信じる、アメリカらしいと思った。

バイ・ドール法の制定後、大学が競ってTLO(技術移転機関)を組織した。MITやスタンフォードなどは(もともとIT系の技術は実用化されてなんぼの世界であるということもあるのだろうが)従来から技術移転が上手であり、学内から生まれた技術で多額のライセンス収入を得ることに成功している。これに対してハーバードではまだアカデミアの世界の優位性を信じたり、なにかビジネスの世界は汚らわしいとするメンタリティが教授たちとの間に残っているらしく、豊かな研究成果に比べると、それを上手に活用してラインセンス収入を得ることには成功していないようだ。授業では新たに外部から招聘されたTLOのディレクターと、今まさに起業しようとして大学との権利関係を整理するのに苦戦している教授を招いて、ハーバードのTLO政策のあり方について書かれたケースを議論した。

ビジネスの話だけでなく、医療にかかわる倫理も、時折話題に出た。これを正面から扱ったのが、大手製薬メーカーのナイジェリアにおける治験のケース。まだ危険も大きく、先進国では認められていない新薬の治験を、ただ死ぬのを待っている患者たちを相手に行なうべきだろうか。医療にはかような倫理的なイシューが至るところに現れるし、それがゆえに医師の方々はそのプロフェッションの高尚さに誇りを持ち、ときには利潤動機が強いビジネスに対する嫌悪感を示すのだろう。

このように、ヘルスケア業界は「普通の」ビジネスとは比べて独特の側面をいくつも持つ。この業界におけるアントレプレナーシップに感心したのは、そのような難しさをそのままにするのではなく、乗り越える方法を苦心して、結果としてできたシステムの下ではアントレプレナーシップに潤沢な資金と才能がこの業界に流れ込み、その経験から得られた知がVCというプレイヤーを通じて組織的に蓄積され、伝え継がれていく点だ。

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