#秘密の情報源
講演などをしていて、質問を受けることがある。
「普段、どんな新聞・雑誌を読まれていますか?」
おそらく期待されているのは「 Business Weekの英語版を必ず」とか「もちろんFinancial Timesは欠かさず」とかいう答え。もしくは「日本語だと『選択』がエグゼクティブ向けには良いと思います」と言った答えだ。つまり質問者は「コンサルタントたるもの、きっと何か秘密の情報源を持っているのでは」と考えていて「それはきっと英語や特別な会員誌に違いない」と思い込んでいるのだ。
もちろん、私の同僚でそういったマジメな人、語学に長けた人も多い。でも残念ながら私は、違う。
定期購読しているのは、日経新聞、日経ビジネス、日経コンピュータ、それに会社で日経流通新聞、といったところ。プラス、特集によって週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済を2~3ヶ月に1回だろうか。誰かのブログをウォッチするとかもしないし、ましてや英語の雑誌を読むなんて年に一度もない。
日常の情報源として、特別なものは何もない。これらをちゃんと読むだけで精一杯。
それでもそういった「普通のメディア情報」からの学びは非常に大きいと感じる。
#時系列式読解術
ある記事を読む。それは必ずあるトーン、ある基本メッセージの基に書かれている。肯定的、否定的、懐疑的、云々。それは記事としては当たり前のことだ。しかし読者として、簡単にそれに飲み込まれてはいけない。
そして、雑誌・新聞の記事というのは「一過性である」というもう一つ大きな特徴(限界)を持っている。基本的には、その時1日や1週間のことが中心だ。故に読者としては、ファクト(事実)にせよ、トーンにせよ、極めて限られた一断面を見ていることになる。
これを自分の中で、客観的に(執筆者によって作られたトーンを外し)、時系列で見つめ直すことで、様々なことが見えてくる。
例えば、玩具メーカーであるタカラ(2006年3月1日にトミーと合併し、タカラトミーに)の例を見てみよう。
ここ数年の日経ビジネスでのタカラに関する記事は20以上に上った。その全体を一言で言えば、前社長である佐藤慶太氏の(日経ビジネスから見た)栄枯盛衰物語、となる。
簡単に背景を説明しておこう。彼は父が創業したタカラに入社後、常務、専務となったが1996年、方針の食い違いから退社。別会社を設立し、2年で年商16億円の企業に成長させた。業績が悪化し長男に代わって父が社長に戻っていたタカラに99年復帰。2000年2月からは社長として窮地のタカラを2年でV字回復させた。
ヒットさせた商品は、ベイゴマの「ベイブレード」、犬と話せる「バウリンガル」、家庭用カラオケ「e―kara」、チョロQのラジコン版「デジQ」、家庭用ビアサーバー「レッツビアー」などなど。「拡玩具」ビジョンの下、家電への進出、電気自動車(巨大チョロQであるQカー)など事業領域も拡大し、2003年度には遂に売上1,000億円を達成した。
そしてそれからわずか2年弱、収益は悪化し、2005年3月末に100億円を超える赤字を出したとして引責辞任(会長に)、そして5月にはトミーとの合併(トミーによる救済色が強い)を決断した。06年6月現在では新会社タカラトミー(英文名はTOMMY)の代表取締役副社長である。
#日経ビジネスをただ読むと・・・
さて、日経ビジネスの記事だ。主要なものの見出しを挙げてみよう。
1.編集長インタビュー:創業家の意識は捨てた (2001/11/05)
2.2001年版ヒット商品ランキング 第1章ヒット商品の法則 ◆エイジレス1 親にも買わせるタカラの「拡玩具戦略」 (2001/12/17)
3.戦略-市場拡大-経営タカラ:チョロQが道路を走る理由(2002/03/04)
4.ひと烈伝-40代が変える-佐藤慶太氏「次の社長を育てています」(2002/10/07)
5.もっと働け日本人 新モーレツ主義のススメ第1章-社員が燃える条件1:トップの熱い思いが共感と自信を生む (2003/01/27)
6.タカラ経営-踊り場迎えた「拡玩具路線」 (2004/06/21)
7.「拡玩具路線」でつまずいたタカラ:背水の陣で2度目の"再建"へ (2004/12/06)
8.歴史は繰り返された:タカラ、業績悪化で佐藤社長引責辞任 (2005/02/07)
1.2.3.は基本的に「拡玩具」戦略の賞賛である。4.5.は経営者である佐藤慶太氏に対する賞賛。そして1年半後の6.で「拡玩具」戦略の否定に転じ、その半年後の7.8.では「やっぱりね」というところ。
では本当に「拡玩具」戦略は間違いだったのだろうか、そして、佐藤慶太氏のリーダーシップに大きな問題があったのだろうか。それはおそらく否だ。
日本の希有なる少子高齢化の中において、大手玩具メーカーが国内の子供向け玩具市場にのみ留まることはありえない。拡玩具は必然である。
また、それ以前にそもそもヒット商品を作る力の強化というのは必須のものであり、彼はそれに成功したのは間違いない。
ただ、肯定的な記事ではこれらの良い面しか出ないし、否定的な記事では悪い面しか出ない。しかしその両方を(頭の中で)見比べてみると、どこまでが良くてどこからがグレーだったのかが分かる。
#本当の問い「なぜバンダイ化が難しかったのか」
彼自身が「肯定的な記事」の中で最初から言っている。タカラはまだまだ足りない。バンダイのような(ガンダム等古いキャラクターで色々な収益を長期に生み出す)形になっていない、と。そこには彼の正しい自己認識があり、結果の半分はそこでの戦略・実行の不十分さにあった。これを後から「戦略の認識違い」と言うのは誤りだ。考えるべきは「なぜバンダイ化が難しかったのか」という問題だ。
また最初絶賛されて後に失敗の象徴とされたQカーにおいても、戦略というよりはやり方の問題と言える。販売台数は約1年で400台に達し、消費者向け電気自動車(原付き四輪部門)としては日本一売れた。例えそこで収益が上がらなかったとしても、そもそもがチョロQ事業の象徴的存在であり、チョロQ自体のブランド復権に大きく貢献したという点で十分であろう。
問題はそこに資源や資産を注ぎ込みすぎたことであろう。チョロキューモーターズという会社を作り、自動車部品会社を買収し(1億円)、更には国内に8つしかない公認のレースコースを買収した(2.3億円、入場者減で赤字が年5千万円)。そうではなく、あくまでサブの位置づけとして変動費化し、もっと撤退しやすい形にしておくべきであった。これまた「撤退したから失敗」とか「電気自動車なんてムリだった」と言うことも誤りだ。
最終的な合併という戦略も、よりヒット商品が読めないリスクの高い事業環境下においては必然性の高いものであった。これはタカラとしての収益が多少良かろうが悪かろうが、行うべき意思決定の1つであったように思う。
繰り返すがこれは決して日経ビジネスを初めとするビジネス誌の否定ではない。はっきり言って日経ビジネスは素晴らしい雑誌だし、他のビジネス誌も良い記事が多い。しかしながら、大きな流れや本質、特に自社にとっての意味合い(インサイト)を見抜くのは、所詮読者である我々の読み方次第だよ、ということだ。
#キーナンバー式読解術
もう一つの読み方を挙げよう。これは縦は縦でも、記事を時系列にと言うことではなくて、問題意識に合うものをピンポイントに、という形のものだ。
問題意識として一例を挙げよう。
企業の基本的戦略といわれるものの中で、ポジション別というものがある。リーダー戦略、チャレンジャー戦略、フォロワー戦略、ニッチャー戦略、の4つだ。リーダー戦略というものが示すように、ある分野でナンバー1になることは非常に価値がある。顧客や取引先から最初に声をかけて貰える、メディアに優先的に取りあげて貰える、社員の意識が高まる、なによりブランドイメージが上がる。
ただ、そこに定量的な裏付けは少ない。本当に一番になったら、どれ程の売上インパクや収益向上があるのだろうか。実際、定量化は極めて難しい。
そういう実例をコンサルタントは常に求めているわけだがそういうある日、日経流通新聞をつらつら一面から読んでいると、ある数字が飛び込んでくる。
「No.1だと2倍」
これは2006年5月の日経流通新聞で取り上げられていたものだ。東急電鉄が東京都内で展開している情報発信型店舗「ランキンランキン」では商品分野別の売上順位を前面に打ち出し、上位品だけを陳列している。
そこでこれまで2位以下だった商品が、1位になると売上が突然以前の2倍になるという「法則」があるということだ。これが一面特集記事の隅に小さく載っていた。
しかし、どんなに小さく書いてあっても、見逃しはしない。そして記事は私の心のメモに刻まれる。問題意識のあることというのはそういうものだ。
秘密の情報源なんて無いし要らない。読み方次第で「マスメディア情報」「一般情報」は幾らもその隠れた価値を示してくれる。
さて、次回は「ビジネス誌・紙は縦・横に読む」の横編。横に読むとはどういうことか、そこで何が見えてくるのか。お楽しみに。
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