#2008年5月、トヨタからの突風
マイクロソフトの稼ぎ頭の一つ、『パワーポイント』に逆風が吹いている。中部地方から全国への強烈な風だ。もちろん、パワーポイント(や、Keynote)なしでもプレゼンテーションは出来るし、その方が効果的なことも多い。
トヨタ自動車の渡辺捷昭社長は、「(コストダウンに対する)社内の意識はまだまだ甘い。昔は1枚の紙に(用件を)起承転結で内容をきちんとまとめたものだが、今は何でもパワーポイント。枚数も多いし、総天然色でカラーコピーも多用して無駄だ」と苦言を呈した、という。
おっしゃるとおりだ。パワーポイントのプレゼンテーションというのにカラーコピーをしまくるなんて、そもそもおかしい。何のために紙を配るのか?意思決定のためになぜ「手元の資料」が必要なのか?読めないような細かいものをプレゼンしているのか??
プレゼンテーションとは、その場での意思決定を迫るもの。そのために手元のカラーコピーがなぜ必要なのか。それは大抵、出席者側(上司たち)が求めるからだ。上司たちは言う。「紙がなきゃ分かんないよ」
#元凶は上司自身にあり
もうひとつ、正しいこと。それは、昔は1枚に用件を起承転結でまとめたのに、という部分。これはトヨタ自動車の偉大な文化だった。どんな大事な案件でも、A3横一枚にまとめる。案件の定義から始まり、環境要因等々が整然と並び、投資や体制と言った結論に繋がる。
そこに落とし込むために徹底的に議論し、論理をシンプルにし、情報を絞り込む。その過程にこそ価値があったのかもしれない。
その文化を壊したのも、上司だ。起承転結まとめているのに、結しか見ない。結論だけ先読みして、直感的に判断する。気に入らなければ、遡って批評する。「これ検討が足りないなあ」
だから紙芝居(パワーポイント)にしたいのだ。
ワンスライド、ワンメッセージで、一歩一歩確認しながら、起承転結を進めていって、その上で意思決定を迫りたいのだ。
数百時間かけて検討してきたことを、上司に、直感(と言う名のスキキライ)で判断されちゃあ、堪らない。これまでの常識を覆そうという提案の時に、経験(と言う名の脊髄反射)から判断されちゃあ、情けない。
パワーポイントでのカラーコピー増大なんてのは論外として、起承転結をハッキリさせるための「A3一枚復活」、というのなら賛成だ。
但し、これは部下たちの挑戦ではない。上司たちの挑戦だ。直感や経験「だけ」で判断するのでなく、A3一枚に絞り込まれた情報を受け止めて、その裏にある重さを認識して、的確な判断が出来るのか。
「もっとデータを示せ」とか「なんか変だなぁ」とかだけ言うのでなく、「XXとYYのデータが不可欠だ」「とりきれないならZZで代用できるんじゃないか」という指示が出来るか。
#『一枚一分プレゼンテーション』
間違えてはいけない。パワーポイントは、資料に色を付けるためのツールではない。ましてや配布資料を作るためのものでも、起承転結を曖昧にするためのものでも。 もともと、なんでプレゼンテーションがスライド方式かと言えば、それが「集中」に向いているからだ。だから、一枚をだらだら説明してはいけない。それを少しでも見やすくする、集中しやすくする工夫がアニメーションだ。
スライド方式やアニメーションを活用することで「集中」は得られる、のだ。
「スライドによる集中」を追究したのがキリングループの商品開発部門で活躍する佐藤章氏。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でもお馴染みの彼だが、プレゼンテーション資料は、なんと一枚一分が目安。
商品戦略会議での持ち時間が20分あれば、まず20個の四角を書いて、そこに言いたいことを書き込んでいく。20枚なら、構造はこんな感じ:
起:「今はどんな時代なのか」
承:「だからこの企画」
転:「セールスポイント」
結:「会社のメリット」
例えば、承「だからこの企画」のところには、「ターゲット」「開発要件」「テーマ」「商品コンセプト」「ユーザーベネフィット」が列び、転「セールスポイント」には、「マーケティング上の意義」から始まる4P施策が列んでいく。これら一つ一つが、一枚、一分。
このやり方は、彼の若い頃の苦い経験から来ている。面白い内容を話しているつもりなのに、相手が寝ちゃう、よそ見をしている、別の仕事をし始めた・・・
なんとか良いプレゼンテーションをしよう、人の心に響く示し方をしようという努力の中から、彼は「人の集中力がもつのは最大一分」と見定めたのだ。
もちろん、集中力の限界が一分だとしても、スライドを一分ごとに変えなくてはいけない法はない。それは人それぞれ色々な工夫があろう。
ただ、普通は一枚2~3分は説明に掛かるものを、一分でやる割り切りと、それに伴うスライドの単純化は見事だ。簡単な棒グラフ、明確な数字、絞られたキーワード、それらのみによるスライド群こそがこの『一枚一分プレゼンテーション』を可能にする。
#トヨタに負けるな
さて、読者諸氏はこのトヨタからの風を、どう受け止めるだろうか。
それを推進力にして、社内での資料簡素化運動を起こすのもいいだろう。逆に、「トヨタと同じことをしていてはトヨタに勝てない!」と逆張りで行くもいいだろう。
いずれにしても、簡単なことではない。
これは、紙やインクの節約議論ではなく、上司(社長も)を含めた、社内での意思決定方法議論なのだから。
この風を、受け流すことなく、正面から当たってほしい。