#ペンギン王国 日本
日本国内に何羽、ペンギンが飼育されているか、ご存じだろうか。そもそも自然界では南半球にのみ棲むペンギンたち。それが遙か異国の日本に、なんと2500羽もいるのだ。
世界中の水族館などで飼われている全ペンギンの4分の1、約25%が日本にいるという。
南米チリ沿岸に棲息するフンボルトペンギンは、絶滅が危惧される種*でありながら、世界での飼育数は2500羽、その内日本で1200羽が飼育されている。
日本集中度、約50%だ。
日本の高いペンギン飼育技術は、本家チリにまで「輸出」されているという。
キャラクターのペンギンでは、更に日本集中度が高い。世界中で人気のあるペンギンキャラクターの一つである「ピングー PINGU」は、そのライセンス収入のなんと7~8割が日本市場からだという。
身に回りを眺めても、JR東日本のSuica(スイカ)や、サントリーのパピプペンギンズ、資生堂のCM(イワトビペンギン)、サンリオのタキシードサム、など様々なペンギンキャラクターに、我々は取り囲まれている。
なぜ、それほどにペンギンは日本人に愛されるのか。それには、カワイさへの価値観と、捕鯨の影響があるという。
日本人はペンギンを擬人化して、そのよちよち歩きがカワイイと思う。そこまでは外国人でも大差はない。でも、日本人は特にカワイイものが、好き。だからペンギンがとっても好き。多分。
昔、北半球にいながら日本人はクジラを求めて、遠く南氷洋まで渡った。その時「お土産」としてペンギンを日本まで持ち帰った。もちろん、冷凍設備完備だから冷気は十分。赤道だって越えられる。
そして次第に、日本はペンギンだらけに。
#カワイさから「水中の鳥」へ
しかし近年、ペンギンのイメージは徐々に変わりつつある。よちよち歩きの紳士から、水中を「飛翔」する「鳥」イメージへと。
人間の最速泳者は水中を時速8kmで泳ぐ。ペンギンも普段は時速2~3kmだが、アザラシにでも追われれば10~25kmに跳ね上がる。イルカみたいに水面をピョンピョン泳ぐ(ポーポイジング)することだって出来る。
水中を、その翼(フリッパー)で悠々と、かつ自由自在に「飛び回る」さまは、本当に見ていて気持ちがよい。
これらはまさに動物園・水族館の努力、映像作品の力によるものだ。旭山動物園等で有名になった「行動展示」の威力とも言えよう。
行動展示とは、その対象が最も生き生きとする瞬間を、観察者に見せようとする手法だ。
例えばオラウータン。オラウータンは本来、樹上(10~60m)生活者。そのエサ取り行動を「展示」するために、高さ17mの位置に「空中運動場」を設置している。こういった成功に触発され、ペンギンでも最近は多くの場所で「水中で泳ぐ姿」が見られるようになった。
幾つかの園では、水中でのエサやりも実施している。ペンギンが最も生き生きしている瞬間だ。
#ペンギンの超・能力
しかし、ペンギンにはもっと凄い能力があり、それを発揮する瞬間がある。そしてそれは、動物園・水族館ではなかなか「展示」できない瞬間だ。
その能力とは卓越した「潜水能力」、そしてそれを明らかにしたのは「データロガー」だ。
人間の素潜りの世界記録は112m、重り付きでも214mだ。ペンギンは200~300mを平気で潜り魚を追い回す。これまでに観測された最大深度は、皇帝ペンギンの564m、最長潜水時間は同じく27分余り。
なぜこれが可能なのか、実は未だに分かっていない。10分で体中の酸素が無くなるはずなのに・・・
ペンギンたちは大きく息を吸い込み、通常数分間の潜水へと向かう。仲間たちとともに一斉に。(但し、浅く潜るときには、浮力を低めるために、少ししか息を吸い込まない)
水深100m程度までは潜るために強くフリッパーを羽ばたき、それを越すと普通の羽ばたきになる。深度300mで魚を追い、首尾よく行っても行かなくても、定時になると皆で海面に向かう。
それも、水深80mでぴたりと羽ばたきを止め、まるでグライダーのように水面へと、しかも加速しながら戻っていく。一番外敵に襲われやすい水面付近を、皆で一気に駆け抜ける作戦らしい。こういったことが加速度計のデータから初めて見いだされた。
それにしてもどうやって、水中でその浮上タイミングを示し合わせているのか・・・まだナゾである。
#データロガーで、ハカる
こういった(人間にとって)深海での、ペンギンの「行動」が分かってきたのは、さまざまなセンサーを詰め込んだ「データロガー」の発達によるものだ。日本人を中心とした多くの科学者たちが心血を注いだ、技術とノウハウの結晶だ。
これによって初めて、人間の視界や認識限界を超えた未知の世界の観察が可能になったのだ。
データロガーの開発は1980年代に始まった。当時は大きくかつ低機能で、付けられる海洋生物にとっても負担の大きなものであった。
それを打ち破ったのは、パーツメーカーの協力だった。紙、気象機器、レコード針といった日本の各パーツメーカーが努力を重ね、3週間の間、時間と深度の記録が出来る直径2.5cm、長さ8.5cm、重さ70グラムの筒が完成した。
これで初めて、繁殖活動後3週間、ずっと海に行って戻らない、アザラシたちの生態が把握できた。なんと3週間の間、ほとんど止まらず(つまり眠り込まず)水中・水上で動き続けていたのだ。
更に90年代に入ってデジタル化された多機能の、マイクロデジタルロガーが開発される。深度だけでなく、水温や地磁気、対象の速度、体温変化、胃の中の温度、血中酸素濃度までもが一秒刻みで測れるようになった。水中カメラを備えたものまである。
これで初めて、海洋動物が深海で、どんなエサをどうやって捕食しているのかが分かってきた。ペンギンたちが、どんな姿で海中を滑空しているのかが見えてきた。
動物たちの本当の姿を見極めたい、という研究者たちの執念が「ハカる」技術を生み出し、数々の成果に繋げたのだ。
#実は単純な「仮説→検証」でなく・・・
これらのデータを、なぜ研究者たちはハカろうとしたのだろうか。プロジェクト予算を取り、年に数ヶ月を南極や夜のウミガメパトロールに時間を費やし、ペンギン捕獲技術を向上させながら。
海洋動物の水中行動研究の第一人者である、佐藤克文さん(東京大学海洋研究所 准教授)は、著書でこう書いている。
ウソ(1):ペンギンの遊泳中どれだけ羽ばたいているかを確かめるために、加速度計をつけた、と言ったが実はそれはウソだ。
本当は、三次元での位置特定をするために、加速度計を仕込んだのだが、精度や計算法が甘くて実用に耐えなかった。
でも「亜南極の島まで出かけて、手ぶらで帰れるか」とデータを睨み続けて気がついた。この小さな揺れはフリッパーの揺れじゃないか、と。
ウソ(2):ウミガメが体温を高く保つために太陽光を利用しているかどうかを確かめるために、照度計をつけた、と言ったが実はそれはウソだ。
本当は、回遊ルートの特定をするために、照度を測ってウミガメのいる緯度を計算するつもりだったが、誤差が大きくて使い物にならなかった。
でも「何とか照度データの使い道がないだろうか」と必死で考え、体温差の説明に繋げたのだった。陸生の爬虫類は太陽光を使って体を温める。しかし、水生の爬虫類であるウミガメはそうでなく、自身の代謝によって体温差を維持していたのだった。
仮説なんて外れるもの。
でも、新しい観測手段でハカられたデータには、きっと何かが潜んでいる。それを発見できるかどうかは、ヒトの執念と視点次第だ。
今見えているものだけが、決して全てではない。自然も、人も、組織も、市場も、まだまだ驚きに満ちたヒミツを持っている。新しい観測手段を作ろう。そしてそのデータから、新しい何かを見つけ出そう。
今回が「学びの源泉 I・II 」の通算50号。これまでのご愛読を感謝します。疑問、応援、コメントのメッセージをお寄せ下さい。100号目指して頑張ります。
* 生息数は約2.5万羽。皇帝ペンギンは約50万羽、マカロニペンギンは約2千万羽
参考図書 『ペンギン、日本人と出会う』川端裕人著、文芸春秋、『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』佐藤克文著、光文社新書