#リフォーム市場7.6兆円
富士経済研究所の調査によれば、08年度のリフォーム市場は、全体で約7.6兆円、前年度比マイナス3.8%減だったという。
ただ不況下では新築よりも、リフォームによる再生、高付加価値化、延命に人気が集まる。新築需要が96年以降大きく落ち込む中で、リフォーム市場の比率は確実に上昇を続けている。
なかでもマンション等の集合住宅は、戸建てに比べて躯体寿命が長く、住宅ストックに比例してリフォーム市場が拡大する。実際08年度では約2.4兆円、前年度比プラス2.2%の伸びを示した。
一口にリフォームといっても、一件10万円程度の小規模のモノから、大規模な間取り変更を行なう1000万円級のモノまで様々だ。
【Place】対するプレーヤーも、従来の工務店や住宅メーカーに加え、家電量販店(特にエディオンなど)やホームセンターなど小売業からの参入と成功が目立つ。
【Product】最近注目のリフォーム商品は「オール電化」と「太陽光発電」。これらが家電量販店によるリフォーム事業伸張(前年度比50%増)を後押ししてきた。
【Price】そして、もう一つの変革が料金の「定額制」だ。
例えば、マンションの"全面改装"が平米あたり8.5万円。仕様や設置設備はだいたい決まっているが、間取り変更も給排水管の更新も内装替えもコミコミの値段だ。60平米のマンションなら510万円、80平米なら680万円、となる。
地場工務店がやっていた定額制サービスが、ここ数年大手にまで波及し「新築そっくりさん」「まるごとホーミング」「暮らしアップ」「ミチガエル」「まるで新築くん」といったブランドで売られている。
設置設備や仕様を絞り込むことで、大幅にコストダウンし、その分を顧客にも還元する、という面から見れば悪いことではない。
しかしこれらが「分かりづらかった価格や見積を明確にした!」と受けている、というのは全く解せない話ではある。コミコミで幾ら、のどこが「明確」なのだろうか。確かに、単純で分かり易い、だろうけれど。
しかも契約前から施主とリフォーム会社は、ゼロサムゲームを戦うことになる。動く金額は同じで品質もほぼ一定。とすれば施主は希望(ワガママ)を通せば勝ち、リフォーム会社はそれを封じ込めれば勝ち、という構図となる。
#定額制とは、何なのか
もともと 住宅工事(新築もリフォームも)費用の「曖昧さ」の根源は、そのコミコミ体質にある。工程で言えば、前半の設計と後半の施工がゼネコンと同じでコミ。施工時の費用項目で言えば、材料と工賃がコミ。「一式幾ら」というやつだ。だから、安くしましたと言われても、何がどれくらい掛かっているのか、比較のしようがない。
しかも、例え詳しい見積をもらったとしても、A社は施工タイプ別(床張り替え、クロス張り替え、水回り一式、建具一式、家具一式、等)、B社は箇所別(リビング一式、キッチン一式、風呂一式、等)だったりする。これでは2社間を比較することが難しく、相見積りをとっても結局「総額」でしか決められない。どうせちゃんと比べられないのなら、細かくなっていても意味がない。
リフォーム定額制はある意味、施主側と企業側の開き直りの産物だ。どうせ内容は詳しく分からないから、全部コミコミの一式でいいや、という面倒くさがり屋の施主。どうせリフォームの手間は大して変わらないし、施主もわかりやすさとお得感で買ってくれるだろうと見切ったリフォーム会社。最近流行の「中身が見える福袋」みたいなものだ。
施主側の求める価値が、そのコミコミの中で十分実現されるのであれば、外野が文句をいう筋合いのモノでもない。
それでも、勿体ないな、と思う。お金的にも、価値的にも、そして人間改造的にも。
#定額制ばやりが示すもの
少しの手間を掛けて、材工分離、つまり施主支給品を増やせば、コストは確実に下がる。少しの手間を掛けて、間取りの微修正を試みれば、マンションでも十分「楽しいイエ」が実現できる。
なのに「コミコミで変更幅固定」の定額制は、それらの工夫を許さない。いや多分、だからこそヒトはそれを好むのだろう。ゼロから考えることをヒト、特に日本人はイヤがる。大体の枠があって、その中の選択肢3つ、くらいで十分だ。その方が安いですよとまで言われたら否も応もない。
ここには日本人の「型に嵌まるのが好き」という性質が見て取れる。血液型に星座、盛り合わせにセットメニュー、パケ放題にホワイト学割。もちろん最近は、ちょっと幅を楽しむ余裕が出てきたから、パッケージ旅行より組合せ型旅行だし、セットメニューより選択肢付きプレフィックスメニューが流行だ。
そう、心や時間の余裕と、情報処理能力、そして決断力がなくては、高い自由度を「楽しむ」ことは出来ない。
いや逆だ。リフォームのような自由度の高い、なんでもありで工夫次第でどうにでもなるような機会を、自己改造のために利用しないでどうする!と思う。
#『デザイン思考』の練習の場として
しかも身銭を切るからこそ、リフォームは真剣な練習の場となる。いろいろ調べ、考え、もしかしたら模型さえ作り、検討するだろう。自分だけではもちろん決められることではないから、家族の意見もちゃんとヒアリングしなくてはいけないし、それらのニーズと様々な制約を勘案した上で、様々な解決オプションが考え得る。最終的には予算の中での苦渋のトレードオフを経験もするだろう。そして、完成したときの感動。
『デザイン思考 Design Thinking』とは、世界屈指のデザイン・ファームであるIDEO社が提唱するイノベーション手法だ。
さまざまな性格や能力を持った者たちを組合せてチームとし、試行錯誤的アプローチによって新しい問題発見・解決方法を生み出していく。
机上の計画、事前のプランに縛られることなく、どんどん試作品を作っては使い、壊し、新しい知見を得て改良していく。
ユーザーにただニーズや不満を尋ねるのではなく、じっくりユーザーを観察したり、みずから利用者となって体感したりすることによって、隠れた真のニーズを発見しようとする。
こういった「行動する脳」「考える手足」「突破する気合い」が、今の日本人には足りない。座って悩んでいては、決してイノベーションは生まれない。
いわんや「定額制」のゆりかごに安住する姿勢の中に、未来の日本はない。
年間7.6兆円もの自腹の研修費を、ムダにしてどうする。
参考:『発想する会社!――世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』『イノベーションの達人!』 トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、早川書房。