#三女の涙と正負数の加減算
三女の通う中学校は、今週が学校公開ウイーク。授業は全て公開されており、いつ行っても構わない。
中一の三女が苦手にしている数学の授業参観を見てきてもらった。
正負の数字の、加算と減算についての授業だったらしい。
そこで、彼女一人が最後まで課題が解けずにいた。
そして授業後、一人 泣いていた、と。
少人数クラスでもあり、先生たちの教え方やフォローの仕方自体に問題があるわけでは無い。普通の教え方をし、個別に様子も見てくれる。
帰ってから本人に、何がうまくできなかったのか聞いたところ、根本的なところの納得がいっていなかったようだった。
例えば、
・5-(-3)だと、-と-を両方取って+にしろ、と言う
・じゃあ、5+(+3)だと、+と+を両方取って、どうするのか。なぜ+なのか?
・(-3)+3だと、先頭だから括弧は取って良いという。括弧って取ったり付けたり、なんなんだ?
いちいちそういうことがよく分かんなくて、でも言われたとおりにやろうとして、考え込み...
でもその話を聞いて、初めて気がついた。
演算子である「+」「-」と、数字の正負を表す記号である「+」「-」が、全く同じであることのおかしさを。
社会に出ると、負を表す符号は△であったりもする。 これなら演算子と間違えずに分かりやすい。
なのになぜ、一般の数学は、数学らしからぬ、こんな混同を許したのだろう。 厳密さこそが数学の命だというのに。
せめて演算子のときはタス、ヒクとのみ読ませる(*1)とかなかったもんかねぇ。
(*1)因みに教科書には、加減算演算子と正負符号の区分までは書いてある。但し、読み方は「両方ともプラス、マイナスで構わない」とも。残念
#演算子のややこしさ
本当は、正負符号も演算子の一種である。
「単項演算子」と呼ばれるもので、一つの数字に対して作用する。√(ルート)もsin(サイン)もcos(コサイン)も、みんなそうだ。
でも、それら演算子の、数字との位置関係は微妙である。
基本は数字の前に、単項演算子を置く。でも、!(階乗)みたいに後ろに置いたり、||(絶対値)みたいに真ん中に挟んだり、も。
加減算を含む、四則演算は「二項演算子」。二つの数字を操作するものだ。
これも色々な書き方をする。多いのは+-×÷のように、二つの数字の真ん中に置く方法。でも、< , >(内積)や[ , ](ブラケット)のように挟むものも、ある。
なんでこんなにややこしいのか。
いや、そうではない。
昔はもっともっとややこしかったのだ。これらは数学が数千年を掛けて創り上げてきた、この世を記述するための、書式なのだ。
#「計算しやすさ」によるアラビア数字世界制覇
世界を書き表すために、文学と数学が生まれた。そして、数学の基礎はもちろん、数字の表記法である。
楔形文字や古代エジプトの象形文字に始まって、マヤ文明での絵数字、ローマ字でのⅠⅡⅢⅣⅤⅥ...ⅨⅩといった表記(*2)まで。数字はさまざまに表現されてきた。
しかしそれらは、インドが作りアラビアが広めた「アラビア数字」によって全て、淘汰された。
それは、アラビア数字の表記が簡単でかつ、計算がしやすかったからだ。
中世において産業が発達するにつれ、大きな数を扱うことが増えてきた。それも四則演算を駆使して。
そのとき、ローマ数字では桁数を合わせることが難しく、ただの掛け算すら非常な手間が掛かる。
一方、「0」を導入し桁数を明示したアラビア数字では、筆算が非常に簡単(*3)にできる。
9世紀にヨーロッパに伝えられたアラビア数字は、13世紀以降『算盤の書』の出版とともに、急速に広まっていく。
(*2)ローマ数字。I, V, X, L, C, D, Mはそれぞれ1, 5, 10, 50, 100, 500, 1000を表す
(*3)筆算よりも速い算盤が発達・普及していた中国文化圏では、アラビア数字の導入が最も遅かった
#「+」「-」の誕生。そして...
加減算を表す記号としては、古代エジプト ヒエログリフの時代から「Λ」のようなカタチのものが使われていたが、ラテン語アルファベット文化の下ではPlusの「P」とMinusの「M」が使われた。
そして15世紀末になってようやく「+」や「-」がそれらの省略形として発明(?)され、定着した。
正負符号にはもっと長い苦難の歴史がある。そもそも「負の数」という概念が、西洋文明に受け入れられなかったからだ。
中国では紀元前から、インドでも7世紀頃には負の数を用いた計算が行われていた。特にその理解を進めたのはインドであり、数学・天文学者 ブラーマグプタによる『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』(628年)ではゼロ数の定義とともに、正の数が財産で、負の数が借金、という表現もされている。
しかし西洋においては「負の数とは非現実的なものである」と数学者が断じ、負数を「うその数」として存在を否定し続けた。もともと数字が、物の数を数えるために用いられたため、「マイナス1個のリンゴとは何か」に答えきれなかったのだ。
それをようやく乗り越えたのが、数学・哲学者のデカルト(*4)だった。17世紀のことだった。
因みにブラーマグプタは負数を表現する記号として、数の上に点を打つ、を採用していた。そのままだったら良かったのに...(*5)。
(*4)「我思う、故に我あり」で有名なデカルトは、近代哲学の父であると同時に、解析幾何学の創始者であった
(*5)月面のクレーター「ティコ」にその名を残す天文学者 ティコ・ブラーエが負数を-Xと書き始めたとか
#数直線上の旅人 「タス君」と「ヒク君」
三女向けに、正負数の加減算の説明を、考えた。浮き沈みで説明しようかとか、色々考えたが結局、数直線(*6)上の旅人風にしてみた。
演算子としての「+」はタス君。この子は正の向きに歩いて行く。
何歩歩くかは、その後ろの数字が決める。正だったらそのまま、負だったら後ろ向きに。
だから
・ +3だったら、正の方向に3歩。
・ +(-3)だったら、正の方を向きながらも、後ろに3歩!
演算子としての「-」はヒク君。この子は負の向きに歩いて行く。
・ -3だったら、負の向きに3歩。
・ -(-3)だったら、負の向きを向きながら、後ろ、つまり正の方へ3歩。
よって、
+(-3)と-3は同じ。+3と-(-3)は同じ。
明日、これで伝えてみよう。
こんなことを考えていると、きっとただの計算ドリルはスゴく遅くなる。
でもね、それはそれで素晴らしい。
演算子としての+-と、数字の正負号である+-の混同に違和感を覚えるなんて、なんて素晴らしいこと。
そのままでもいい。負けるな、ガンバレ!
参考:『数学大好きにする"オモシロ数学史"の授業30』(上垣渉 編著)
(*6)数直線という概念を考えたのが、デカルト その人