三谷宏治の学びの源泉

[第69回] 弱いニーズをビジネスに

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 #強いニーズの時代

 多くの企業は、これまでずっと「強いニーズ」を探してきた。
 顧客が「これにだったらお金を出す!」という欲求を突き止め、それを組織としてしっかり提供することで対価を得、それで収益を上げてきた。

 不変の「強いニーズ」は、まだ存在する。例えば「コンパクト化」だ。
 1987年、花王は「アタック」で洗剤の大きさを従来の1/4にして、大成功(*1)を収めた。「スプーン1杯で驚きの白さに」というやつだ。
 しかし、消費者はそれで満足していたわけではなかった。スーパーで買って手で持って帰るものとして、まだそれは(液体でも粉末でも)大きく重いモノだった。洗剤を買うと、他のモノが買えない。
 家に持ち帰られてからも、洗濯機の周りで定位置を持たない、厄介者だった。
 それを、さらに半分以下(40%)にしたのが、09年のウルトラ濃縮液体洗剤「アタックNeo」だった。すすぎ一回という節水志向にも対応し、国内2000億円市場でのベストセラーとなった。

 新しい「強いニーズ」も次々に生まれてくる。
 インターネット上に情報があふれるようになって、初めて「高い情報検索精度」が「強いニーズ」となった。
 それをダントツのIT技術(と投資)でしっかり提供したグーグルは、空前の成功を収めた。

 不変の強いニーズは何か? 次に来る、みんなの強いニーズは何か?
 アンケートをとり、売れ筋を調べ、直接ヒアリングまでして、企業は「次の強いニーズ」を探ってきた。まだ見ぬ金鉱脈を探して、人生をかける山師たちのように。

 でも、次の「大きな成功」は、本当にそっちの方向にあるのだろうか。

 #小さく強いニーズの時代

 大きな強いニーズがないならと、企業は次の方向を見いだした。それが「セグメント化」というものだ。

 お客さんをうまく小さく切り分けていけば、強いはっきりしたニーズがある小集団(セグメント)(*2)が、見いだせるだろう。
 年齢・タイプ別に細かく別れた女性誌たち。珍しく、若い男性にフォーカスした『R25』。
 もしくは、年齢や行き先別、という旧来のセグメント化を否定して、旅行の興味(*3)別編集で大成功した『じゃらん』。
 車メーカーは車種をどんどん増やし、化粧品メーカーは新ブランドを次々と投入した。
 これらはすべて、「小さく強いニーズ」の追求だ。

 これはこれで売上げには貢献したが、利益に繋がらなかった例が多い。少量多品種生産や小口物流、顧客個別対応といった面で、大きな非効率を生み出したからだ。
 生産・流通部門の努力でその膨大なロスを克服した企業が生き残り、そうでない会社は消えていった。

 これまでの企業の成功は、基本的にこれら「強いニーズ」の上に築かれてきた、といっても過言ではあるまい。

(*1)花王は1975年に容量1/2の「新ザブ」等を投入したが大失敗していた。しかし当時の丸田芳郎社長は「アタック」の商品力を信じ、大規模な設備投資を決断した。商品発表時「われわれでさえ技術革新がないとあきらめかけていた分野で、努力したらまだ技術革新があった。大変な興奮を覚える」と述べた。一方ライオンは、その割高さや吸湿性・溶解性の問題から「アタックの成功は限定的」と判断し、追随が大幅に遅れた。

(*2)文芸社の血液型本『B型自分の説明書』等は合計で540万部を売り上げた。セグメント化と言っても、日本人なら4分類で十分、と言うことか・・・。

(*3)「ペットと一緒に泊まれる宿」「鍵付き露天風呂」「子連れの旅」等

 #弱いニーズの時代:黎明

 21世紀に入って、しかし、もっと弱くて曖昧なニーズに立脚したビジネスが登場してきた。
 1997年創業の「価格.com(*4)」の最大のウリは「ネットショップでの最低価格情報の提供」である。
 同時に、サイト設立直後からもうけた「商品別クチコミ掲示板」が、そのビジネスの成功に大きく貢献したことは間違いない。
 コネコネット、比較.com、ECナビ、ベストゲート、ベストプライス、OCNお買い得ナビ・・・。「価格情報提供」だけなら、競合サイトはいくらでもある。
 実際、ネットショップの価格情報を集めて列べるだけなら、多少のIT技術(と営業力)を駆使すればさして難しいことではない。なにせ個人ベンチャーの価格.comにだって出来たのだ。
 だからあっという間に競合が参入し、同様のサービスが乱立することになる。これはまさにネットビジネスの典型だ。

 しかし、価格.comはそのクチコミ価値のゆえにトップの座を守り続けた。
 価格.com利用者が、ネットショップに対して求めるものはもちろん「価格が安い」だ。76%がそう答える。しかし第2のニーズは「運営会社・お店の知名度・評判・信頼性」(65%)であり、商品購入の際に重要視する情報源のダントツトップは「クチコミ・友人・知人」(93.5%)だ。2位の「店頭での実物チェック」は60%に過ぎず、店員のアドバイスは7位、11.5%に沈んでいる。

 価格.comにおける競争力の源泉は、コメントの存在であり、その圧倒的な量と質(競合に比べての)である。しかし、それはどうやって維持されてきたのだろうか。
 ユニークユーザー数が月間3000万人に迫るなか、毎日数万件のクチコミが投稿されている。さまざまなタイプの質問や情報提供があり、それに対してまたさまざまなタイプの解答や反応がある。白熱するスレッドだと、あっという間に数十のコメント(*5)がつく。
 前社長の穐田誉輝(あきた よしてる)さんは04年頃おっしゃっていた。「価格.comはたった1000人の超ヘビーユーザーに支えられている」と。全ユーザーの1%どころか0.001%にも満たない数だ。

 確かに価格.com上には、パソコン、家電、カメラ・・・、各々の領域に「プロ級」の知識と経験を持った「クチコミスト」が存在する。基本的に、衆生の雑多な質問に答えてくれているのは、この稀少なる人たちだ。
 直近1年間で見ると、書き込み数トップはおそらく「じじかめ」さん。彼?はカメラのスペシャリストでカメラカテゴリーのみで9,857件の書き込みを行っている。一日平均27件、である。
 1~3行程度の冷静な突っ込み(とボケ)中心だが、非常に専門的で的確なアドバイスも多い。

(*4)現在、カカクコムグループ。傘下に「食べログ」等を擁する。立ち上げ時のサービス名は「¥パソコン価格情報¥」、2000年3月から「価格.com」に。

(*5)2010/10/06に立てられた「疑問があります(ソニーの一眼を使ってる人はボディは頻繁に買い替えるがレンズはたいしたレンズを揃えないという人が多いのはなぜ?)」というスレッドには、2日で119のコメントがついた。総文字数2万文字。うち12人は自分の主張の補強のために比較画像等を添付した。

 #価格.comは「クチコミスト」たちの闘技場

 価格.comは、これらクチコミストの「ランキング」を作っている。コメント投稿数だけでなく、そのコメントがスレッド主から「Goodアンサー(*6)」に選ばれたかどうか、閲覧者から「ナイス!」投票をもらえたかどうかで貢献ポイントを算出し、それでのランキングだ。総合およびカテゴリー、サブカテゴリー別に50位までが表示される。
 この1年での総合トップは「口耳の学ぶ」さん。オーディオ系を中心にパソコンもカバーして、5,855件のコメントを投稿。1,816件の「Goodアンサー」評価を受け、28万ポイントを獲得した。
 2位「名無しの甚兵衛」さんの19.4万ポイント、3位「カーディナル」さんの17.8万ポイント、4位「じじかめ」さんの15.3万ポイントを大きく引き離しての1位だった。

 で、この28万ポイント(累計では52万ポイント)は、何かに使えるのだろうか?
 「Goodアンサー10回ゲットでAmazonギフト券1000円プレゼント!(*7)」とかないのだろうか。
 おそらく、ない。
 このポイントは、彼・彼女らクチコミストに対する賞賛のためだけに存在する。(本人たちがどれくらいそれを評価しているかは別にして・・・)
 価格.comは他にも今年から、サブカテゴリー別に「金銀銅メダル」の付与を始めた。これを獲得すると投稿したコメントにそのメダルが表示される。これも貢献者たちへの精神的報酬を狙ったものだろう。
 価格.comが創り上げたのは、冷徹な価格情報の展示場であると同時に、プロ級消費者たちの活躍の場だった。クチコミの闘技場(コロッセオ)とも言えるだろうか。
 ごく少数の選ばれた闘士たち。そこに都度、身を投ずる挑戦者たち。即座に始まる熱い戦いを、じっと見守る圧倒的多数の閲覧者たち。
 闘士への報酬は、挑戦者からの賞賛と、名前の掲示のみ。でもそれで十分だった。

 商品を評価する、意見を述べる。ただそれだけの「弱いニーズ」を満たしたことで、価格.comはその絶大な競争力を得た。

 #弱いニーズの時代:爆発

 価格.comや@cosme(*8)が切り開いてきた「弱いニーズ」のビジネス化が、最近一気に爆発してきた。
 クックパッドしかり、Twitter(ツィッター)しかりである。

 クックパッドはユーザーから見たら、レシピを投稿する・他人のレシピを閲覧する、だけのサービスだ。
 創業は1998年。長い低迷の時期を乗り越え、06年以降爆発的に投稿レシピ数、利用者数ともに伸ばしていった。
 今や、総レシピ数86万品(さつま芋だけで16,538品!)、月間ユーザー数944万人(*9)。30代女性の半分近くが利用する、巨大なサービスとなった。
 自分独自のレシピをヒトに見てもらいたいという料理上手たちの弱いニーズ。そして、「つくれぽ(そのレシピで作ってみましたというレポート)」投稿による賛意の表明という弱いニーズ。
 それらを集計することで、トップ画面には「話題のレシピ」として『「つくれぽ」を10件集めたレシピ』が毎日順次公開されていく。これは高評価のレシピランキング(*10)とも言える。
 それがまた今日の献立に困ってきた、大多数のユーザー(ご家庭の主婦・主夫)たちの助けとなり、レシピ投稿者(貢献者)への精神的報酬となった。
 これらレシピにまつわる広く弱いニーズの結び付けこそが、クックパッドの成功を支えてきたのだ。

(*6)Goodアンサーは1スレッドにつき、最大3件まで

(*7) クチコミサイト「クチコミランキング」では、「クチコミ10回採用でAmazonギフト券1000円プレゼント!」「12ヶ月間で1位だとAmazonギフト券1万円」というインセンティブがある。

(*8) 1999年12月サイトオープン。国内外1万8000ブランド・商品数16万点のデータベースと、クチコミによる評価機能を備えた国内最大規模の化粧品情報専門サイト。コメントは累計814万件、1日平均2千件以上。

(*9)2010年7月の利用状況(クックパッド 2011年4月期第1四半期決算 補足説明資料より)

(*10) 2010/10/07一日で、10人おめでとう!が55レシピ、100人おめでとう!が3レシピ、1000人おめでとう!が1レシピ(ダナエ姫による『一番人気!チキン南蛮!』)。


 #Twitterは「セレブ」たちのアリーナホール

 Twitterは、さらに「弱いニーズ」を具現化し、ビジネスにした。
 そのニーズは「気になる人に触れていたい」であり、その仕組みが「つぶやき(ショートコメント)」でありそれへの「フォロー(常時閲覧)」であった。
 SNS(mixi等)のように、お互いに日記を公開しあう、互いにコメントしあう、という強いコミュニケーションや繋がりでなく、ただフォローしそのヒトのつぶやきを読むだけの弱い関係。
 ときどき、なかでも気に入ったつぶやきを、つぶやき返す(Retweet)だけの弱い賛意の表明。
 でも、支持(フォローやRetweet)された少数のヒトからすると、それだけでも十分うれしい。価格.comのクチコミストたちと同じだ。
 しかも、Retweetがツリー状に伝わることで、直接フォロワー以外にも容易にメッセージ(つぶやき)が伝播する仕組みに、企業やセレブ、有名人、経営者たちも飛びついた。
 これは使える、と。だからこそ、競って面白い話をし、ヒミツの話を開かす。それがまた次のフォロワー増に繋がる正のスパイラルだ。
 wefollow.comによれば、もっともフォロワー数が多いアカウントは、レディーガガで663万フォロワー。2位がブリトニー・スピアーズで、オバマ大統領は4位(*11)だ。
 ただ、その爆発的成長の原因は、Twitterが「フォロー」という弱い繋がりに立脚していたからに他ならない。相手の事前承認のいらない「フォロー」と言う関係の発明こそが、Twitterの独自性だった。
 そして、それを実現したのは、インターネットであり他のIT技術だった。
 強いニーズではないから、誰もそんなことにお金は払わない。フォロー代が一人月100円だといったら、フォロワーは極めて限られるだろう。しかしネット上だからこそ、その関係(フォロー)を極めて低コストで構築・維持できた。
 Twitterユーザーは、米国1900万人、日本1000万人(*12)。その企業価値は、推定ですでに10億ドルを超えたという。


 これまでムシしてきた、弱いニーズを再認識しよう。これまで避けてきた、曖昧なニーズに取り組んでみよう。
 こういった弱い繋がりを、ネット上で構築・提供する余地は、まだきっとある。


 注:各種の数値は特に断りのないもの以外、2010年10月8日現在確認出来たものである。

(*11)少なくともこれらを含む上位10アカウントは、本人もしくは関係者によって運営され「騙り」ではないと思われている

(*12)ネットレイティングス社による2010年4月の訪問者数調査

プロフィール

三谷 宏治 氏

KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
http://www.mitani3.com

1964年生まれ、三女の父。 87年、東京大学理学部物理学科卒、92年、INSEAD MBA修了。87年から96年までBCG、96年から06年までアクセンチュア戦略グループ。03年から06年は同 統括エグゼクティブ・パートナー を務める。 06年8月からは教育(特に子ども・親・教員向け)に注力し全国で講演・研修・授業を行う。 著書多数。『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『一瞬で大切なものを決める技術』はビジネス書賞を獲得。近著に『戦略子育て』『新しい経営学』『戦略読書〔増補版〕』など。早稲田大学ビジネススクールおよび女子栄養大学 客員教授。永平寺ふるさと大使。

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