三谷宏治の学びの源泉

[第70回] ポジティブ思考とは何ものなのか(試論)

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 #「ポジティブ思考」への礼賛と批判

 「ポジティブ思考」関連の出版が止まらない。その名がついた本はこの1年だけでも、20冊を超える。
 元祖はノーマン・V・ピール Norman Vincent Peale らしい。牧師でもあった彼は1952年に出した『The Power of Positive Thinking』(*1)で、
 ・あなたの仕事がやさしいか難しいかは,その仕事をどう考えるかによって決まる
と説いた。

 同時に、この数年、ポジティブ思考への批判書も花盛りだ。最近で言えば、礼賛書と批判書の比率は、3:1程度だろうか。
 昨年末、バーバラ・エーレンライク Barbara Ehrenreich が書いた『ポジティブ病の国、アメリカ』(*2)は、どこまでも前向きなアメリカ人の考え方を、米国型資本主義に根ざした「病気」「強迫観念」と看破して、ベストセラーとなった。
 他にも『ネガティブな自分をゆるす本―ポジティブ・シンキングのとらわれをはずそう!』とか『ポジティブ思考では、なぜ成功できないのか?』とか『ポジティブ思考なんて捨ててしまいなさい!』とか『ネガティブを愛する生き方 光と闇の法則』とか『ネガティブのすすめ―プラス思考にうんざりしているあなたへ』とか『プラス思考をやめれば人生はうまくいく マイナス思考法講座』とか・・・この1~2年だけでもいっぱいある。
 これらの本で共通しているのは(題名がもれなく長いことと)、ポジティブ思考の大きな落とし穴について批判していることである。
 それは、無反省、もしくは、リスク無視、だ。

 リスク無視、とは例えば、当人が危機的状況にあるとして、その打開策が成功する確率について、「ポジティブ思考」ではあまりに高く見積もりすぎる、というものだ。
 本当は成功確率が半分程度なのに、絶対大丈夫と自分を鼓舞し、鼓舞するあまりに失敗した時どうするか(*3)を「後ろ向きだ」と考えもしない。
 無反省、とは例えば、それで失敗して、しかも対策を講じていなかったから破滅的状況に陥ったにも拘わらず、次も同じように考え行動することだ。失敗から何も学んでいない、学習の欠如とも言える。

 かといって、ネガティブ思考やマイナス思考中心ではいかにもうまく行かなさそうではある。
 では、どうすればいいのか?

(*1)現在の邦題は『積極的考え方の力 ―ポジティブ思考が人生を変える』である

(*2)原題は『Bright-Sided: How the Relentless Promotion of Positive Thinking Is Undermining America』。著者本人が乳がんになり、接した乳がん患者コミュニティのあまりの前向きさに違和感を感じたところから、書かれている。

(*3) Contingency Plan と呼ばれるもの

 #ポジ:ネガ=3:1が答え?

 普通に考えれば、バランスだと言うことはすぐ分かる。
 ポジティブPositiveとネガティブNegativeの間にあるのが、たぶん、現実的Realistic、もしくは客観的Objectiveなのだ。儒教にならって、中庸(*4)と言っても良いかもしれない。

 コーティングの平野圭子さんは、ポジティブ思考、ネガティブ思考のどちらに偏っているかを自覚して、それを行ったり来たりせよ、ポジ・ネガ思考(*5)をせよ、と説く。
 心理学者のバーバラ・フレドリクソン Barbara L. Fredrickson は昨年初に出した『Positivity(邦題は、ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則)』で、その黄金比がずばり3:1だと述べている。ポジティブ3にネガティブ1の配分が、人生を一番うまく進めてくれる、ということだ。
 どうやってそんな比率を出すのか難しい気もするが、彼女はそれを知るための自己診断テストも開発し、その実践を促している。
 非常に面白い試みだ。

 でも・・・何かが引っかかる。それは「ポジティブ思考 Positive Thinking」というもともとの言葉と、このPositivityという言葉のズレにある。

 #世の「ポジティブ思考」はThinkingでなくAttitude、思考法でなく心理学である

 このズレ、つまり「ポジティブ思考」と言う言葉が何を意味するのかということは、その名前を冠した訳本の、原題を見れば明らかだ。
 ロングセラーである『ジグ・ジグラーのポジティブ思考』の原題は『See You at the Top』だ。どこにもPositive Thinkingの文字はない。これはセルフイメージ作りの本であり、人間関係構築の本だ。
 『全米トップ営業マンに学ぶポジティブ思考』は 『Little Gold Book of Yes! Attitude』。つまり、相手の言うことをまずは肯定する態度 Yes! Attitudeが、ここでのポジティブ思考だ。
 マ-ティン・セリグマンの書く『世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生』では、もっとはっきりしている。ポジティブ「思考」ではなく、ポジティブ「心理学」だと。原題も『Authentic Happiness: Using the New Positive Psychology to Realize Your Potential for Lasting Fulfillment』だ。

 要は、これら諸本で表されている「ポジティブ思考」とは全て、いわゆる思考法などではなく「態度」や「心のあり方」「感情」なのだ。
 『Positivity』もまさにそうだ。Positivityを直訳すれば「陽性」、訳本でも本文中では「ポジティブ感情」としている。
 唱えられているのは、ポジティブ(前向き・積極的)であれ、そして考え込まずに行動Actionを起こせ、ということだ。

 これまで(日本の)世の本が訴えてきた「ポジティブ思考」とは、Thinkingでなく、FeelingやAttitude、Actionがテーマの心理学ものだったのだ。
 それはそれとして大きな存在価値がある。行動せず思索という名の悩みに沈む日本人を、行動に駆り立てるという意味で、価値は大変大きい。
 でもここでは「Thinking」に拘ってみよう。「思考論としてのポジティブ思考」は、果たして存在するのだろうか。

(*4)儒教においての中庸は、真ん中を取るという意味ではない。常に偏らず、物事の判断をすると言うこと

(*5)こちらを参照

 #Thinkingとしての「ポジティブ思考」とは何か?

 思考Thinkとは人間が獲得した、高度な脳の働きである。特に特徴的なのは、
 ・過去の経験から学びを抽出し普遍化できる
 ・推論により遠い未来を考察することが出来る
 の2点と言われている。いずれも唯一人間の脳だけがなしうる能力だ。これらによって、ヒトは加速度的な社会的進化を成し遂げた。
 そしてその過去と未来を考えうる能力により、多くの悩みも抱えることになった。過去を後悔し、未来に不安を抱く。もしくは過去に憧れ、未来に過剰な期待を抱く。そしてそれらの感情が、正しく効率的な思考をジャマする。

 論理思考Logical Thinkingとは、そのグチャグチャになりがちなヒトの思考を破綻なく構造的に組み立てようというものであり、クリティカル・シンキングCritical Thinkingはその中でも重要なものを見分けて集中しようという思考法だ。

 では「ポジティブ思考」は?

 これまでの成功した経営者たちは、もれなく強烈な悲観主義者に見える。7-11を創り上げイトーヨーカ堂を再構築した鈴木敏文氏然り、ファーストリテーリングの柳井正氏然り、スズキを32年間率いる鈴木修氏然り。彼らは、その強烈な危機感で組織を引っ張り、その変革を成し遂げてきた。
 「今良くても、消費者の変化に追いつけなくては、明日滅びるかもしれない」と。
 彼らはいったい何に悲観し焦っていたのだろうか?
 それはその独自の高い目標(ビジョン、到達すべき場所)と、現実とのギャップにだった。

 いわゆる一般の「ポジティブ思考」は、外部環境的には「脅威」より「機会」を、内部環境的には「弱み」より「強み」に着目する。問題は、なんでも機会(チャンス!)だと捉えたり、強みを勝手に拡大解釈してなんでも勝てると考えたりすることだが、これら経営者が取ってきたスタンスは、それと真逆と言えよう。
 危機を強く捉え、それに対しての弱みを減らし、強みを伸ばそうと必死で努力する。いわば究極のネガティブ思考だ。

 #創造者がとってきたネガティブ思考とポジティブ思考

 いや、そうだろうか。
 乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負の時にはしかし、彼らのいずれもが、強く大胆な行動をとってきた。
 鈴木敏文氏がコンビニエンスストアという新業態を米国で見いだし、日本に導入したとき、そこには何の強みも見えてはいなかった。
 店頭に1日に70台来ていた配送トラック(*6)を、共同配送化して7-11究極の強みに変えていったのは、第一号店を出してからだ。
 やってみなくちゃわからない。強みは後で作ればいい。

 フリース大成功後の落ち込みをカバーし切れていなかった中、ヒートテック、シルキードライ、ブラトップといったメガヒット商品を飛ばしたユニクロ。
 その極意はと尋ねられて柳井氏は言う。
 「消費者が求めるもの、価値を感じるものを常に自分たちで見つけ、開発してきた」
 「一朝一夕にできるわけではないが、リスクをとろうとしなければ、何も変わらない」
 リスクをとるとは、やってみなくては分からないコトに、大きく経営資源を張ると言うこと。それを意識して、冷静にやっているところに柳井氏の独自性がある。むりして危ない橋を渡るのではない。自分たちのとれるリスクを理解し、事案のリスクを測り、とれるものなら躊躇なくとっている。

 スズキはリーマンショックの影響をほとんど受けなかった。米国経済の変調を感じて在庫を減らしていたのと、北米売上比が7%しかなかったからだ。
 スズキはその3兆円弱の売上の3割近くをインドで挙げている。インド国内ではシェア40%強のダントツ一位だ。
 しかし1983年に現地生産を立ち上げたとき、初年度の生産台数はわずか8百数十台。競合の国内メーカーはみな「スズキのインド進出は勇み足。絶対失敗する」と笑ったという(*7)
 しかし、鈴木修氏は言う。「市場はすでにあった。大化けしなくてもそこでNo.1になれれば良かった」「だから国内メーカーの弱いインドを選んだ」

 #創造者のポジティブ思考とは、「冷静なリスクテイク思考」

 一般の「ポジティブ思考」が自らを鼓舞して(Feeling)大胆で積極的な行動(Action)をとらせるものだとすれば、ここで見たものたちはそれとは違う。
 リスクをとる(Action)ということで言えば、大胆で積極的と言えるが、その大本は感情(Feeling)ではなく、客観的な思考(Thinking)だ。
 ・とるべきリスクを見極め、必要ならそれをとる
それが創造者のポジティブ思考と言えるだろう。

 しかし普通、ヒトにはそれが出来ない。リスクに対して非常に強い根本的なバイアス(歪み)を持っているからだ。
 ・明日の110円より今の100円が好き
 ・1/10の確率で1500円もらえる(外れたら0円)より、確実な100円が好き
 ヒトはリスクを嫌う。しかも統計的直感が働かないから、低確率なものの評価が極めて下手である。
 1%と0.1%は10倍違うのに、だいたいゼロ、と感じてしまう。

 定量的な事業リスクの把握と、自分たちの許容度の把握は、全ての企業体にとって喫緊の課題だ。
 しかし、それは前提に過ぎない。それを評価し判断する(Thinking)のはヒトであり、経営者その人である。
 そこでの冷静・客観的なリスクテイク判断を生み出す思考法こそが、本当のポジティブ思考ではないだろうか。

 さて、それは具体的には何なのだろうか・・・

 それはまだ、次号。

(*6)牛乳だけで4社からトラックが毎日来た。それをまとめてくれとメーカーに頼みに行ったが猛反対にあった。結局実現まで6年(1980年より)かかった。

(*7) こちらを参照

プロフィール

三谷 宏治 氏

KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
http://www.mitani3.com

1964年生まれ、三女の父。 87年、東京大学理学部物理学科卒、92年、INSEAD MBA修了。87年から96年までBCG、96年から06年までアクセンチュア戦略グループ。03年から06年は同 統括エグゼクティブ・パートナー を務める。 06年8月からは教育(特に子ども・親・教員向け)に注力し全国で講演・研修・授業を行う。 著書多数。『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『一瞬で大切なものを決める技術』はビジネス書賞を獲得。近著に『戦略子育て』『新しい経営学』『戦略読書〔増補版〕』など。早稲田大学ビジネススクールおよび女子栄養大学 客員教授。永平寺ふるさと大使。

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