三谷宏治の学びの源泉

[第76回] ハードではなくソフトが人を救う ~東日本大震災からの最大の学び

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 #復興ビジョンでの混乱

 東日本大震災からの復興計画が議論され、住居の再建、職場の再建に向けた活動が、本格化してきた。
 でも案の定、混乱している。
 政府は地元の意見を尊重しながら、と言い、自治体は政府のリーダーシップがない、と嘆く。

 仮設住宅ひとつをとっても、5000億円もの予算をあてて、10万戸以上を整備しようとしているが、なんだかよくわからない状況である。
 仮設住宅は原則2年で出なくてはいけない。建設コスト(やリース代)は240万円程度なので、行政としては月10万円(光熱費は自己負担)の負担となる。
 もちろん賃貸の空き部屋や公営住宅を活用すればはるかに安く済む。いちはやく自ら民間賃貸へ移った人たちの声に押されて、行政もようやく民間賃貸借り上げ(月6万円以内)の制度を整えた。
 ところがその余波で、仮設住宅のキャンセルが、相次いでいるという。遠くで不便な仮設住宅より近くの賃貸の方が良いと。
 最初から「民間賃貸活用」の方針が出ていなかったから招いた混乱であり、ムダであろう。

 仮設住宅で、なにより問題なのは用地の確保である。元の住居に近くて、高台で、水道などのインフラがある場所、が最高だけれど・・・。もともと、大津波では危険とわかっていたところ(沿岸の平地)に住居が多くあったが故の、根本的な問題だ。

 #財産を守る話とヒトの命を守る話をわける

 今回の大震災から、われわれが学ぶべきことは山ほどあろう。前回書いた「自粛」という名の精神主義が日本を滅ぼす、という話もそう。
 しかし、それより何よりまずダイジなのは、命をどう救うのかということだ。財産(家や工場や船)は、次。
 そしてもうひとつは、どうやってそれらを救おうとするのかというスタンスだ。防ぐのか、減らすのか。
 ヒトの命も財産も「全部を」、災害から「完全に」守り防ぐための家や工場は、作り得ないし、作ったとしても同じ轍を踏むだろう。

 ではまず、命の話から。
 東日本大震災での死者・行方不明者は約2.6万人。そのうち、9割以上が地震や火災でなく、津波によるもの。
 津波から今回、ヒトの命を救うのに役立ったのは、何百億円をかけた防潮堤でも、なんでもなく、迅速・的確な避難行動だった。

 #岩手県釜石市の「奇跡」

 3月16日、震災の5日後にこんなニュースが飛び込んできた。
 『釜石市内の小中学生の避難率100%近くほぼ全員が無事』(産経ニュース)
 釜石市の人口は3万9千人。しかし今回の震災での犠牲者は、1300人を超えた。30人に1人以上の割合だ。
 ところがその釜石市で学校を病欠等した5名を除いて、3000人の小中学生が全員無事だった(*1)というではないか。
 小学校が20校、中学校が5校、その多くは海沿いであっても少し高台に建てられていた。また多くの学校で、授業中の時間でもあった。でもそういったハードや偶然だけが、小中学生たちの命を救ったのではない。
 例えば、大槌(おおつち)湾に面する、鵜住居(うのすまい)小と釜石東中(*2)では、地震後即座に停電し、避難を呼びかける校内放送すらかけられなかった。
 しかし、中学生たちはすぐさま自主的に校庭に避難し、それを見た小学生たちもそれにならい、すぐさま避難場所へと駆け上がった。
 しかしその避難場所の裏山が崩れいているのを生徒たちが発見し、教員に進言する。「ここも危険だから、もっと高いところに!」
 さらに数百メートル奥へ避難することを決めて、全員が走り出す。途中、幼稚園児たちが避難しているのを見て、保育士さんたちとともに園児を抱え、台車を押しての避難だった。
 その数十秒後、最初の避難場所を津波が呑み込んだ。

 こういった集団行動をとれなかった子どもたちも、いた。釜石小学校は学期末の短縮授業で子どもたちの多くは家にいた。
 それでもみなが自分で判断し、ひとりで高台に避難したり、家の3階に上がったりして全員が助かった。

(*1)群馬大学片田教授ら調査

(*2)敷地は標高わずか3~5メートル。そこを、大槌町役場を町長・職員ごと押し流したのと同じ巨大津波が襲った


 #ハードではなくソフトが人を救う

 これは奇跡ではない、と群馬大学の片田(かただ)敏孝教授は言う。徹底した防災教育・訓練の賜(たまもの)だと。

 ほんの数年前、そういった迅速かつ柔軟な避難行動は、全く取れていなかった。
 津波注意報や警報が出ても老若男女にかかわらず9割は避難せず、テレビをつけてただ情報を待っていた。子どもたちにアンケートをとっても「お母さんに電話する」「親が帰ってくるまで家で待つ」というものがほとんどだった。
 釜石市教育委員会は、片田教授の指導を受け、小中学校における極めて実践的な防災訓練を行った。
 ・児童・生徒自身に生活時間帯に合わせた避難計画を立てさせる
 ・同じく、津波想定高に対するハザードマップを描かせる
 などはその好例だ。教員たちも、各科目の中に津波関連のテーマを入れるなど、工夫を凝らした。

 そして、最後に伝えたものが「ハザードマップを信じるな」だった。
 ハザードマップには最新の科学の知見が反映されている。しかし、それは想定に過ぎない。その想定を超えた状況のとき、自分で判断して行動せねばならない、と。不安がる子に伝えた。
 「どんな津波が来ても助かる方法がある。それが逃げることだ」

 #ハードを捨ててソフトを取った町

 岩手県宮古市の宮古湾に面する角力浜(すもうはま)は、あえて防潮堤を造らなかった。湾が狭く、ムリして造れば基幹産業である漁業に支障が出るからだった。
 故に、ソフトを強化した。住民の4割が65歳以上であったが、町内会を中心(*3)に、如何に素早く避難するかを、40世帯110人全員で、常に訓練してきた。
 06年には高台に通じる避難路を整備し、誘導標識も設置した。独自のハザードマップも作ったが、何より実践的な避難訓練を重視した。全員が参加し、歩けない高齢者をリヤカーで搬送した。
 3/11、海岸から300メートルも進入した津波は、町のほとんどの住宅を破壊したが、住民は80歳代の1名を除き、無事だった。避難にかかった時間はわずか10分、という。

 ヒトの命を救うのは、ハードではなくソフト、ヒト自身の判断と行動力なのだ。テレビやラジオの情報などを頼りにするのでなく、即座に避難する。即座に避難できるように日頃から、避難路を確保し訓練を積む。それで大津波に対してすら、ほとんどの命は助かるのだ。
 決して、新たな巨大防潮堤を作ることでも、全戸を無理やり高台に移転させることでは、ない。

(*3)岩手大学教授 堺茂樹氏らがサポート


 #安全に関する「囚人のジレンマ」

 片田教授はもう一つ、重要な提起をしている。それが、「防災でなく減災を考えよ」だ。
 災害を100%防ぐ(防災)ことが前提として議論が進むから、「もし防げなかったら」に考えや予算がおよばない。災害を避け得ないものとして、それにどう対応しその被害を減らすのか(減災)を考えよ、ということだ。
 福島第一原子力発電所に限らず、全国の原子力発電所で起こってきたことは、まさのこの「防災」の罠であり、安全に関する「囚人のジレンマ」だったのだろう。

 原発絶対反対の立場のものがいる。でも電力会社(や政府)は絶対推進したい。争点は安全性。
 反対派は「100%安全じゃないとダメ」と言う。電力会社は「科学的に100%はありえない」とわかっているがそれだと反対派が折れないから「100%安全です」と言う。だから放射能災害発生時の蓄えもなければ、対処方法の知見(*4)もない。
 また、調査や科学が進んでもっと安全対策をすべきことがわかっても、できない。なぜなら「100%安全」と言ってしまったから。いまさら「やっぱり99%でした」とは言えない。
 反対派も、求めるものは安全のはずなのに、過激に行動すればするほど、安全からは遠ざかる。
 それが安全に関する「囚人のジレンマ」なのだ。
 これを、乗り越えない限り、復興へのビジョンも描けないだろう。

 大災害対応として、モノとヒトをわけること。モノ(財産)は後でどうにかなる。稀な大災害なら大きな資金プール(保険か国家予算)で賄うべし。
 ヒト(命)は各自の自主避難でどうにかする。日頃の準備や訓練こそが、それを救える。

 しかし、学ぶだけでは、意味が無い。実践に移さねば価値がない。次の大災害時に、ヒトの命が守れるように、復興が迅速に進むように。

 注:釜石市における防災教育や地震時の避難の詳細についてはこちらを。

(*4)アメリカ軍のCBRNE(シーバーン)専門部隊は生物や核災害やテロ被害に対処する4700人の部隊。放射能関連だけで450人以上いる。うち150人が来日し支援活動を行った

プロフィール

三谷 宏治 氏

KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
http://www.mitani3.com

1964年生まれ、三女の父。 87年、東京大学理学部物理学科卒、92年、INSEAD MBA修了。87年から96年までBCG、96年から06年までアクセンチュア戦略グループ。03年から06年は同 統括エグゼクティブ・パートナー を務める。 06年8月からは教育(特に子ども・親・教員向け)に注力し全国で講演・研修・授業を行う。 著書多数。『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『一瞬で大切なものを決める技術』はビジネス書賞を獲得。近著に『戦略子育て』『新しい経営学』『戦略読書〔増補版〕』など。早稲田大学ビジネススクールおよび女子栄養大学 客員教授。永平寺ふるさと大使。

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