#伝わる仕組み、ってなんだろう
モノやサービスを売ることをセールスと言い、売れる仕組みのことをマーケティング(*1)と言う。無理やり売り込むのではなく、自然と売れるために、定めたターゲット顧客が好む商品を作り(Product)、価格にし(Price)、販路を選択する(Place)。そして、買いたくなるように店頭やメディアで認知や意欲を喚起する(Promotion)。それが売れる仕組み=マーケティング、だと。
では、伝える、に対して、伝わる仕組みってなんだろう。伝えることをコミュニケーションと呼ぶならば、伝わる仕組みのことをなんと呼ぶのだろう。
メッセージが自然と伝わっていくために、定めたターゲットが好むメッセージ形態を作り、難易度や負荷を設定し、コミュニケーション・ルートを選択する。そして、コミュニケーションしたくなるように、ネットや態度で認知や意欲を喚起する。それが伝わる仕組み、だろうか。
仮にこれを、コミュニケーション+マーケティングで『コミュケティング commuketing』と呼ぼう(*2) 。
#伝わるためのメッセージ形態とは
まずは、コミュニケーションにおけるProduct、メッセージ形態について考えてみよう。
なにかモノゴトを伝えようとするとき、3つのメッセージ形態がある。ひとつは要因(ファクター)というヤツで「成功要因はこの3つです!」と叫ぶもの。この文章がまさにそれである。
とてもわかりやすくて、インパクトもある。戦略コンサルタントは「3つある」と言いたがり、多くても「5つ」で押さえる。でも本だと売れるのは「7つの・・・」だったり、「56の・・・」だったりする(*3)。
でもこれには、ファクター間の繋がりが見えづらい、という致命的な弱点がある。なのでメッセージの全体像や要因間の因果関係が(あるとしてだが)伝わらないことになる。
一方、その対極にいるのがお話(ストーリー)である。その名の通り散文の連なりで、状況があり主人公がいて、紆余曲折の苦難の道を歩んだりする。
現実の複雑な状況の中で、どうコトが進むのかがリアルに伝わるし、読んでいて楽しくもある。
ビジネス書ではなんといっても三枝匡さんの『戦略プロフェッショナル』が秀逸だった。そして最近も『もし』とか『ゾウ』とかで、おおはやり(*4)だったりする。
でもストーリーには、いろんな情報や繋がりが多すぎて、メッセージの本質がよくわからなくなったり、逆にセリフばかりで本質部分が余りに薄くなってしまったりする弱点がある。
(*1)マーケティングは4Pでも表される。Product、Price、Place、Promotion
(*2)略称コミュケ。コミケ(コミックマーケット)では、ない
(*3)『7つの習慣』は全世界2000万部の超ベストセラー。『心を整える。勝利をたぐり寄せるための56の習慣』(長谷部 誠)も3ヶ月で39万部を達成。
(*4)『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建)は12万部、『もしドラ』は電子版合わせて268万部、『夢をかなえるゾウ』は170万部を突破。
#伝わるために、メッセージを「メカニズム」に落とす
全体像や構造、繋がりを示すのに一番よいのは、「要因」でも「お話」でもなく「機構(メカニズム)」だ。
「市場規模 x 自社シェア = 自社売上」のように、だいたい四則演算か、簡潔な平面図に表せるものが、メカニズムとも言える。いわゆる、ロジック、だけでなく、より幅広い表現を含んでいる。
・計算式
・面積図
・マトリクス(2×2や3×3)
・論理式・ロジック
・チェーンやサイクル
・生体
などだ。
「生体」というのは、モノゴトを人体の仕組みなどに照らし合わせて考えることである。人体そのものが精緻巧妙なメカニズムの塊なので、いろんなことに使える。
例えば「意思決定」のために必要な要素を、視覚などの情報収集系から、神経などの情報伝達系、そして大脳などの情報処理系に分けて論ずることで、何がどう問題なのか、相手にわかりやすく伝わるだろう。
でもメカニズムにも問題はある。単純さではファクターに負け、楽しさではストーリーに勝てないからだ。
#伝える&伝わるための大前提:塊と繋がり
伝える&伝わるメッセージ自体が、こんなものだったとしよう。
・AならばB!
極めてロジカルに見えるかもしれないが、そうでもないのだ。
論理的であるための大前提が2つある。それはAやBの塊が曖昧でなくはっきりしていることと、AとBの間の繋がりが明確でその矢印の向きと太さがわかることだ。例えば、
・A=「地震」、B=「避難」
だとしよう。つまり、「地震ならば避難する」となる。明確だろうか?
残念ながら、AもBも極めて曖昧で役に立たない。地震とは、どんな地震のことを示すのだろう。震度が1や2でも対象となるのだろうか。
避難するとはどこへどれくらいの時間で行くことを言うのだろうか。避難場所は、どんな地震の場合でも一緒だろうか。
加えて、つなぎである「ならば」も曖昧だ。この場合、Aが起こったらBをせよ、という意味であろうが、「絶対」なのか「ほとんど」なのか「なるべく」なのか、わからない。
ゆえに、津波の危険がある場所であるならば、メッセージはこうあるべきだろう。
・A=「震度4以上の地震(*5)」、B=「高台などの避難場所へ可能な限り迅速に避難」
・つなぎ=ならば絶対に
(*5)震度3以下なら大丈夫と言うことではない。仮に大津波が来るとしても、震源が遠方で津波到来までかなりの時間があるから情報収集のヒマがあるだろう、ということ
#緊急マニュアルに必須の「塊と繋がり」の明確さ
こういう曖昧さを放置しておくと、いざ緊急なときにまったく役に立たない「緊急マニュアル」となる。
ある都心の企業は、震災に対して十全な備えをしていた、はずだった。帰宅困難者のための毛布も食糧も・・・。ところが、誰がどの会議室で寝るかを明記しなかったため、とっさに調整がつかず、ほとんどの社員が廊下で寝るハメになった。
宮城県の大川小学校では、全校児童108人中74人が死亡・行方不明となった。津波到来まで50分あったにもかかわらず、避難先の選定に手間取った(*6)からだ。同校の防災マニュアルには具体的な避難先がなく「近所の高いところや公園など」と記すのみだった。石巻市の教育委員会もそれを放置した。
当日、校庭に避難させた子どもたちの前で、教員たちは30分以上も話し合いを続けたという。
結局、すぐ裏山ではなく200メートル先の堤防道路に向かって避難を初め、その直後に襲来した津波にほとんどの児童・教員(*7)が呑み込まれた。
企業自体の緊急マニュアルとも言える「事業継続計画」(BCP=Business Contingency Plan)も、「伝わる仕組み」の前の前の段階だ。日本企業のうち策定済みは3割のみ。3割が策定中か予定で、4割はそれもない。
かつ、せっかくBCPを策定した企業でも、社内教育を全社員に実施したのは15%に達しない。4割弱は手引き書や資料の配付すら行っていない。このままでは文字通り、机上の空論である。
#伝える、から、伝わるメッセージへの転換
マスメディアにおけるマス広告は「伝える」の極致と言える。いかに短時間で、強い印象を与えるか。
商品の認知とイメージ伝達のみに絞って、そのセンスと技術と膨大なお金を投じてきた。
その投資対効果が下がり続ける中、台頭してきたネットメディアの特徴は、口コミ効果だ。メッセージがヒトからヒトへ勝手に伝わっていくために、極めて安価にメッセージを伝えうる。ヒトのココロをつかみさえすれば、そのメッセージはRetweetされ、shareされ、どんどん連鎖的に伝達(*8)()されていく。
大震災翌日の3/12に全線開業した九州新幹線。その開業を祝うCM「祝!九州縦断ウエーブ」は沿線250kmに1万人を集めて撮影された秀作だ。
「総集編」は180秒の超長尺もの。15~30秒でのインパクト命のTVには、そもそも向かない。かつ震災の影響で、TVで放映されたのはわずか数回。
しかしそのメッセージや内容の素晴らしさがあっと言う間にネットで拡がり、YouTubeではその180秒バージョンが2週間で再生回数50万回(*9)を突破した。
そのCMの中で、人々はひたすら手を振り跳びはねる。新幹線に向かって祝いの旗を振り、踊りを踊る。走りそして、みんなが笑っている。背後にずっと流れる曲は、マイア・ヒラサワの『Boom!』
最後の30秒になってようやく西田優史のナレーションが入る。
あの日、手を振ってくれて ありがとう
笑ってくれて ありがとう
ひとつになってくれて ありがとう
九州新幹線、全線開業します
ひとつになった九州に、新しい力が生まれています
ひとつになった九州から、日本は楽しくなるはずです
メッセージ内容は明確だ。「九州新幹線、全線開業」
しかし、商品そのものではなく、その商品が繋ぐ場所や人々を映す。そしてその関わる人々の喜びと、それへの感謝だけを示す。それが押しつけでないヒトの共感を呼んだ。
メッセージ形態としては、チェーン的に単純なメカニズムで表す。鹿児島から博多までの各駅間を淡々と。
このテレビにほとんど流れなかったCMは、ネットの中でこそ「伝わる」ものになっていた。そしてそれは、東日本の人々にも伝わった。
YouTubeのコメント欄には、今、多くの感謝のコメントが列ぶ。「元気が出ます」と。
がんばろう、日本!
そして、もっともっと「伝わる」メッセージを、日本に、世界に。
(*6)他にも、保護者が迎えに来た児童のチェックや、学校に避難してきた地域住民の対応にも手間取ったとのこと。
(*7)現場にいた11人の教員のうち生存は1人のみ。
(*8)Twitterではこれを「拡散」と呼ぶ
(*9)6月4日時点では208万回。