三谷宏治の学びの源泉

[第89回]「英語」を世界語にしたもの1:文法の崩壊とシェイクスピア

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 #英語に潜む「支配」「被支配」の歴史

 「椅子」に対してstool(スツール)とchair(チェア)、「質問」に対してask(アスク)とquestion(クェッション)。日本語にも、和語(もともとの日本語)と漢語(中国から漢字と共に伝わった言葉)があるように、英語にもこういった大きな二重構造があります。なぜ、ひとつのものを示すのに、2種類の言葉があるのでしょうか。
 英語(イングリッシュ)とはつまり、イングランド人が話す言葉です。その元は5世紀頃のゲルマン族の侵攻に端を発します。イギリス本島であるブリテン島は最初、ケルト人が支配していました。そこにドイツ方面からアングロ族、サクソン族、ジュート族の3部族が攻め込み、制圧しました。これら部族が支配した地域が後にアングロランド(Anglo Land)=England(イングランド)と呼ばれることになりました。
 ゆえにこの時期の英語(古英語(こえいご))は、文法も複雑精緻で今のドイツ語に近いもの。英語はドイツの一方言から始まったのです。ここまで英語は、単一構造でした。
 これが二重構造をもつことになったのは、140年にわたるフランス人支配のためでした。
 1066年、フランスのノルマンディー公ウイリアムはイングランドを征服し、王となります。以降、イギリスの公式な場ではすべてフランス語が使われるようになり、支配階級・上流階級はフランス語、労働者階級は古英語という構造ができあがります。
 飼われているヒツジはsheep(古英語)、食卓に上ったヒツジ(の肉)はmutton(フランス語)、といった区分もこうして生まれました。
 被支配階級は古英語を話しヒツジsheepを飼い、支配階級はフランス語を話しヒツジmuttonを食べていたわけです。

 現在の英語をフランス人たちが学ぶのは簡単です。なにせ半分はフランス語そのままなのですから。
 語尾に-tionが付く単語は基本的に全て、フランス語由来です。経済用語、ビジネス用語、学術用語、政治用語がそうだ、といってもいいでしょう。

 #140年の被支配後、フランス語を取り込むために「簡素化」され大発展した

 今、英語が世界で幅広く使われている理由には、もちろん列強時代の大英帝国植民地、もしくは現代アメリカの経済支配などの要因が大きいでしょう。強者の使う言語だから、普及したわけです。
 しかし、移民の国であったアメリカ合衆国そのもので、なぜ英語が主言語になったのでしょうか。そこには、英語の言語としての特性が、大きく関わっています。
 その第一が「柔軟さ」です。メチャクチャさ、といってもいいでしょう。
 他のヨーロッパ言語に比べると、現代英語の文法は極端に簡素化されています。ドイツ語には定冠詞が16種類ありますが、英語には1つ(the)しかありません。フランス語にはbe動詞(etre)の活用が45種類ありますが、英語にはたった7つ(be am are is been was were)しかありません。
 これらの「単純化」は1204年にフランス人がイギリスから撤退した後、古英語がフランス語を吸収していく過程で起こったことなのです。
 複雑なままでは異言語(フランス語)を取り込めません。それなら厳密さは忘れて単純化してしまえ。多少曖昧でも通じればいいじゃないか!
 140年もの間、支配・被支配に分かれていたイギリス人たちの、言語的融合でもあったのでしょう。英語は語彙も増え、大いに発展しました。

 #発展の裏腹に、言語としてはバラバラになってしまった

 そうした柔軟さと発展は、同時に大きな「揺らぎ」をもたらしました。
 この時代、英語(中英語)は地域の方言によって、表記も文法も異なるということになってしまいました。発展すればするほど、人が使えば使うほど、モノは局所的な最適を求め個別的に、つまりはバラバラになっていきます。
 ヒトやモノがそれほどは全国を流通しないとは言え、これではしかし、まったくもって効率的では、ありません。

 「太古の昔、ヒトは一つの言葉を話し、全能に近かった。増長したヒトは、天に挑戦するための高い高い塔をつくり始めた」
 それが、バベルの塔、です。神はそんなことを許すほど肝要ではありません。激怒し塔を破壊しました。
 その塔を壊したのはしかし、雷(いかずち)でもなんでもありません。神はただ、ヒトの言葉を乱したのです。ヒトの言葉を今のように、したのです。出身国によって地方によって言葉が違うように・・・。
 それだけで建設作業は滞り、ズレが出、歪み、塔は自壊した、と聖書は語ります。
 人々が話す「言葉」が揃わなくては、皆で力を合わせて何かを成し遂げることはできないのです。そうでなければ、塔はただ、自壊するを待つのみとなってしまいます。

 #シェイクスピアの「物語本」の力が、英語を統一した

 ここで現れた救世主がグーテンベルグの印刷術による「本」であり、シェイクスピアの「物語」でした。
 1447年、グーテンベルグが非常に効率的な印刷システムをつくりあげます。これによって初めて「本」が大衆のものとなりました。
 その印刷術を学んだ英人カクストンは、母国で本を印刷し売ることを考えましたが、なにせ英語には方言がいっぱいあります。マイナーな方言で出版しても、売れる部数はしれています。さてどうしましょう。
 彼は結局、当時もっともメジャーそうな方言を選びました。それがロンドン周辺の英語だったのです。彼のビジネスの成功とともに、それがイギリスにおける英語の標準語となっていきます。

 その当時の最強コンテンツは「聖書」でした。
 牧師が行けないような田舎にでも、神の伝記たる聖書は広まり、キリスト教の普及に一役買いました。
 そしてもう一つが「物語」です。
 標準英語で書かれたシェイクスピアの作品群は当時(「ロミオとジュリエット」が1595年 初演)、圧倒的な支持を集め、その作品(戯曲や詩)は英語圏で広く読まれることになりました。これでようやく、英語が一つのものになったのです。
 面白い物語(ストーリー)によって、ひとつの概念(コンセプト)が拡がり、ひとつの言葉が定着するのです。

 ヒトが言葉を生み、その言葉がまたヒトを支配します。
 言葉を生きたものにするには変化という「柔軟さ」が必要です。でも広く伝え協力するには「統一性」が必須です。
 組織にひとつの共通言語や意思を広めたいとき、いったいどうすればいいのでしょうか?
 そのためにこそ物語を書きましょう。みなが自然と口にし、他人に語り出すストーリーを書く(*1)のです。それによってはじめて、ひとつの概念が、あなたの意思が伝わっていくのです。

(*1)戦略事例をストーリーとして分析・理解するのではなく、自分の伝えたい戦略をストーリーにする、ということ

 参考:『感じるマネジメント』リクルート(英治出版)

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プロフィール

三谷 宏治 氏

KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
http://www.mitani3.com

1964年生まれ、三女の父。 87年、東京大学理学部物理学科卒、92年、INSEAD MBA修了。87年から96年までBCG、96年から06年までアクセンチュア戦略グループ。03年から06年は同 統括エグゼクティブ・パートナー を務める。 06年8月からは教育(特に子ども・親・教員向け)に注力し全国で講演・研修・授業を行う。 著書多数。『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『一瞬で大切なものを決める技術』はビジネス書賞を獲得。近著に『戦略子育て』『新しい経営学』『戦略読書〔増補版〕』など。早稲田大学ビジネススクールおよび女子栄養大学 客員教授。永平寺ふるさと大使。

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