#顧客志向の優れた経営は、「破壊的イノベーション」を取り込めずに衰退する
日本企業が漸進的なイノベーションの生み出し方に磨きをかけていたころ、HBSのクレイトン・クリステンセン(1952~)は『イノベーションのジレンマ』(1997)で驚くべき主張をします。
イノベーションの父、シュンペーターも述べているように、イノベーションにおいては「担当者の変更」がしばしば起きます。それまで主担当者(リーダー)だったプレイヤーが、必ずと言っていいほど、次のイノベーションに後れを取るのです。それまでその原因は、そのイノベーション自体の性質にあると思われてきました。
「イノベーションが革命的で、それまでコンピタンスが使えないから、失敗する」というわけです。それに対して、クリステンセンはコンピュータ部品(HDDなど)での研究をもとにこう結論します。
・イノベーション自体が革命的(radical)か漸進的(incremental)かは失敗に関係ない
・失敗するのはリーダー企業が顧客志向でありすぎるためだ
リーダー企業は必ず大事な顧客を持っています。その顧客のニーズに応えることは絶対で、懸命に「既存の技術や仕組み」を磨き、それをどんどん高めていくことに専念します。関係なさそうなものは切り捨てられます。
しかし、新しい技術や仕組みは、そこから遠く離れたところに生まれ、急速に(もしくはゆっくり)進化していきます。そしてある日顧客は気がつくのです。それが自分たちにもわかっていなかったニーズを満たすものだと。リーダー企業も同時に気がつきますが、後の祭りというわけです。ハーレーにとって、ホンダのスーパーカブがまさにそうでした。
こういったイノベーションをクリステンセンは「破壊的(disruptive)イノベーション」と名付けました。リーダー企業からすれば、非常に悩ましいジレンマです。顧客密着の優れた経営ほど企業を滅ぼすというのですから。
#小さな別働隊で、別顧客相手にやってみよう
クリステンセンは、その解決方法をまず組織に求めました。
今のビジネスで今の顧客、取引先相手にやったら、絶対、それをすべて打ち破る「破壊的イノベーション」など生まれない。だから、小さな別働隊をつくって、別の指標で管理して(つまり早急な成果を求めずに)、既存顧客には売り込まず、それを求める新しい顧客を開拓しよう! と。
そしていったん新しい顧客をつかんだら、そこからは漸進的イノベーションの出番です。
こういった議論を『イノベーションへの解』(2003)でした後、8年間の研究を経て2011年、クリステンセンはガンに冒された病身を押して『イノベーションのDNA』を上梓します。
#やっぱり「イノベイティブなリーダー」が必要だ!
クリステンセンらはここで、組織でなくリーダーシップに答えを求めました。破壊的イノベーションを自ら起こすためのリーダーシップのあり方は何かを探ったのです。著名なイノベーター100名をインタビュー・調査し、そこで見つかった共通の思考・行動パターンをもとに、世界75ヶ国以上、500名を超えるイノベーターの調査を行いました。
その結果は、それまでの学会での常識(*1)を打ち破るものでした。イノベーターにはちゃんと、明確な特長があったのです。
・5つの基本的な発見力(1.関連づける力、2.質問力、3.観察力、4.ネットワーク力、5.実験力)に優れ、人より時間を費やしている
・1の関連づける力、は認知的スキルだが、1~5は行動である。行動を変えることで創造性は上がりうる
クリステンセンはこういった破壊的イノベーションに向けた「創造性」こそが、リーダーシップとしてもっとも大事な資質だと言います。IBMの企業CEO 1500人アンケート(2010)でもそうでした。
クリステンセンは日本語版の中で、共著者であるブリガム・ヤング大学のジェフリー・ダイアー、INSEADのハル・グレガーセンと共に、日本企業・国民向けに語りかけます。
「日本企業は現状に異議を唱え、実験を行い、リスクをとるよう社員に奨励するにあたって、特有の問題に悩まされる」。だが、「幸いイノベーション能力は筋肉のようなもので、鍛え、矯正することが可能だ」。しかも「破壊的イノベーションは、チームプレーにほかならない」「リーダーが率先して、発見力を自由に発揮できる環境を(社員に)整えれば、よい方向に向かうだろう」
大震災後の日本に向けた、彼らの心からの応援メッセージでした。
(*1)それまで「起業家も非起業家も思考や行動に差は無い」という調査成果が多く発表されていた。しかしそれは、お店を開けば起業家、となってしまう調査だった。
#BOP40億人と新中間層17億人の衝撃
BRICSが国単位での見方であったのに対して、世界全体を輪切りにした見方が「BOP(*2)」や「新中間層(*3)」です。世界はフラットではなく凸凹だが、共通性はある、ということでしょう。国際金融公社と世界資源研究所が2007年に出した報告書「The next 4 billion」(次なる40億人)では、年間世帯所得の大きさにより、高所得者層(2万ドル超)、中所得者層(3000~2万ドル)、BOP層(3000ドル以下)と分けました。
そのBOP層を、支援の対象ではなく市場としてみるのがBOPビジネスです。ユニリーバは現地400のNPOと連携して衛生習慣(手洗い・洗濯など)の普及に努めるとともに、(高価な)洗剤やシャンプーを1回分ずつの小分けにすることで、見事にBOPビジネスを成立させました。
2030年に向けては、そのBOP層から35億人が中所得層に移行し、中所得層は05年の16億人から55億人に拡大するという流れが予測されています(野村総研調査)。
その増加の中心は中国とインド・インドネシアであり、イスラム教徒が6割を占めるマレーシアです。英語人材が豊富なこの国は、イスラム圏16~18億人市場への登竜門ともいわれています。
世界はやはり凸凹なまま、大きくその姿を変えようとしているのです。
イオンは2012年11月のマレーシア事業の買収(*4)でようやくその成長を「買う」段階に踏み出しました。すでに新興国各国で陣取り合戦が進む中で、さあ、日本企業のグローバル化は、間に合うでしょうか。
(*2)当初はBottom Of Pyramidの略だったが、今はBase Of Pyramidとされている。
(*3)本来は修正資本主義におけるホワイトカラーのこと。資本家でも労働者でもない旧中間層が自作農や自営業者であるのに対し、新中間層はただの被雇用者である。
(*4)仏カルフールのマレーシア事業を260億円かけて買収した。
#新興国・途上国でのイノベーションが世界に拡がる「リバース・イノベーション」
新興国や中間層の拡大に見られる「グローバル化」と、「イノベーション」とを意外な形で組み合わせたのが、ダートマス大学タックのビジャイ・ゴビンダラジャン(Vijay Govindarajan 通称VG)でした。彼は08年、教授職を休んでGEの幹部として働き、GEグループ内外における「破壊的イノベーション」の発生過程をつぶさに調べました。その研究成果が『リバース・イノベーション』(2012(*5))です。
・イノベーションは先進国で発生し、新興国や途上国へその低級版が流されてきた
・しかし今や途上国対象に生まれたイノベーションが、先進国も含めた世界に拡がるようになってきている
・資源などの制限に満ちた途上国の方が、イノベーションは(必要であり)生まれやすい
2002年頃、GEは中国市場向けに低価格版の超音波診断装置を開発しました。パソコンベースのそれは価格が3分の1の3万ドル、07年にはその半額の超低価格版も出しました。性能も15%程度でしたが、農村部の診療所を中心に普及しました。それだけでなく、小型で持ち運びが簡単な点が評価されて、アメリカの救急医療センターでも導入が始まりました。新興国から先進国への逆流です。
昔、BCGのジョージ・ストークにヤンマーの生産性調査を依頼した米農機具メーカー ディーア(Deere)は、インド向けにつくった低価格低機能トラクター「クリシュ」が、アメリカの趣味層にも受けることに気がつき、アメリカのラインナップに加え、大成功しました。
(*5)リバース・イノベーションの概念そのものは2009年頃から発表している。
#リバース・イノベーションのための小さな起業組織と権限委譲
こういったリバース・イノベーションを盛んにするためには、ローカル(新興国・途上国側)に経営資源を投入し、権限を与えなくてはいけません。またそのローカル・イノベーションが先進国に逆流してきたときに発生するであろう、自社高級品との共食いも、甘受しなくてはなりません。
そのためにゴビンダラジャンは「現地に小さな機能横断型の起業組織(ローカル・グロース・チーム)をつくろう」と言います。そこに機能と権限と責任を与えようと。
これは、クリステンセンの説いた「小さな別働隊」と同じです。リバース・イノベーションは、破壊的イノベーションの地域版なのです。
ゆえに、最後に求められるものも同じなのかもしれません。それは「リーダーを含めたイノベーション人材の育成」です。
あなたは、1.関連づける力、2.質問力、3.観察力、4.ネットワーク力、5.実験力、を上げるためにどういう行動を日々、していますか?
参考図書:『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン、『イノベーションのDNA』クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、 ハル・グレガーセン、『リバース・イノベーション』ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル