#「なぜ感動したかはわからなかった」読書感想文
小学4年の8月。楽しかった夏休みも、あと数日で終了です。
いつも宿題は早めにやる方だったのに、なぜかその年は読書感想文が手つかずで、慌てて読む本を家の書棚の中から選びました。書題は確か『ワシリィのむすこ』(*1)。もちろん、すぐに読み切れそうな薄~い本です。イラストも多くて、まるで絵本のようでした。ロシアの少年と日本の少女の物語でした。
20分で読み終えた10歳の日本人少年(私)は、すぐさま鉛筆を握りしめて、感想文を書き始めました。心には、ロシアの蒼い空と、少年の澄んだ心、そしてその父親の大きさが浮かんでいました。たった100頁の物語から感じたことを、忘れないうちに書き留めたくて、一生懸命、文字を綴つづり続けました。
2週間後、提出した夏休みの宿題が戻ってきました。読書感想文にも、担任の先生の丸とコメントが書いてありました。丸はぐるぐる四重丸。そしてコメントにはこうありました。
「とっても感動したんだね。良い本を読んだね」
「でも先生には、三谷くんがどうして感動したのかは、よくわかりませんでした」
衝撃でした。感動を伝えたくてあんなにいっぱい書いたのに、その中身は、相手に伝わっていなかったのです。
相手は、いつもお話ししていて自分のこともよくわかっている、尊敬する先生。文章としても変な部分は、ありません。言葉自体もおそらく適切。だから四重丸。それでも、相手には自分の気持ちが、まったく伝わらなかった......。
そのときには、「伝わらなかった理由」まではわかりませんでした。ただ、泣きたくなるほどショックでした。でも、今なら理由がわかります。きっとその読書感想文は、とっても独善的だったのです。
読み手のことをまったく考えず、ただただ自分の感動だけを、その文章は訴えていたのです。それでは、相手に気持ちが伝わるわけがありません。読み手を自分と同じように感動させられるわけなどありません。
読み手に「感動」や「気持ち」を伝える文章を書くのはとても難しい、と少年は学びました。
(*1)那須田稔著、生沢朗絵、大日本図書
#BCGで「下から2番目」だったプレゼンテーションスキル
「伝わらなかった」感想文から10数年後、ひょんなことから外資系の経営コンサルティング会社に就職することになりました。お客さんと話すのや、数字の分析、ロジックづくりなどは得意でしたが、「プレゼンテーションがダメ」とすぐにわかりました。クライアントへの報告会で前に立って話すことが、極端に下手くそだったのです。
とちる、詰まる、あがってしまってしどろもどろになる、しまいには真っ白になって固まる......。ついには親しい上司に言われました。「お前のプレゼンテーションは、社内(*2)で下から2番目だ!」
そういえば中学3年生のとき、生徒会長に立候補させられ全校生徒の前で選挙演説をしたときも悲惨な出来でした。そこから一歩も前進していませんでした。
上司は言いました。「お前は下手なんだから、上手にしゃべろう、なんて思うな」「手をまっすぐにして、スクリーンを差して、そのまま書いてあることを、ただ読み上げろ」「理系の誠実さ(だけ)で勝負だ」「指も揃えろよ」
それから私の「わかりやすいカキカタ」への挑戦が始まりました。だって「読んでわかるスライド」でなくては、私もクライアントも困ります。「読んで一瞬でわかる」文章と表現を必死で追究していきました。短く短くシンプルに。
でもそれでもすぐに限界が来ました。入社3年目のあるプロジェクトのとき、30社数十人のクライアントの前で、分析の主担当者としてプレゼンテーションしなくてはならなくなったのです。その分析内容がクライアントたちに満足してもらえなければプロジェクトは終わりです。もう、ただ読むだけではすみません。
困りましたが、とにもかくにも準備し練習していました。そうしたら件の上司に「週末、俺の家に来い」と声を掛けられました。2日後、上司宅にお邪魔すると和室に通されました。そこには14型の小さなテレビとビデオカメラが。彼は私の正面にビデオカメラを置いて言いました。「本番だと思って、プレゼンテーションしてみろ」
30分後、もちろんその姿はテレビで再生され、それを黙って鑑賞です。見終わって、彼は私に尋ねました。「これ、聞いてて面白いか?」
残念ながら、テレビの中には自信なさげに、ボソボソしゃべる、冴えない若手コンサルタントがいただけでした。分析内容は面白いはずなのに、聞いても読んでも、なんにも伝わってはいませんでした。さすがに泣きたくなりました。
そのときには彼が「俺ならこう話す」と模範演技をしてくれて、それをビデオに撮らせてくれました。私は帰宅後それをすぐさま再生して書き起こし、一言一句違えずに丸覚えしました。彼の話したそのまんまを、真似してプレゼンテーションしたのです。
その報告会はなんとか乗り切りました。でも、次からどうしよう......。この日こそが、「本当に伝わる話し方・カキカタ」への、私の挑戦の日々のスタートでした。
(*2)正確には、ボストン コンサルティング グループ 東京オフィス。
#突如降ってきた指令「本を書け!」
それからほぼ10年後、転職先の上司から、「CRMの本を書け」という指令が降ってきました。アクセンチュアに転職して3年目、35歳の春でした。
「本どころか雑誌記事だって書いたことないのに!」「いやそもそもCRMってなに?(*3)」 そんなところからのスタートでした。
それまでも、万巻のビジネス書を「読んで」はいました。でも、ビジネス書を読んでいて、いつも思っていました。「冗長すぎる」「こんなのスライド10枚で十分」って。なんと、不遜なヤツだったことでしょう。でも、読むと書くとは大違いでした。そして要約するのと展開することも。
今思うとフシギですが、経営コンサルタントとして働き始めてそれまでの12年間、何かを書きモノとして発信したことは一度もありませんでした。ブログなどという手段もない時代(*4)、発信場所は限られたビジネス誌だけであり、そこに一介の若手コンサルタントの入り込む余地などありませんでした。いや違います。そもそも私自身が、「世間に発信したい」などと考えていなかったのです。
上司に指名された私を含む4人の部下たちは不承不承、「CRM本」の執筆に取りかかりましたが、忙しい盛りの4人の執筆はまったく進まず、作業はあっという間に暗礁に乗り上げました。誰かが船頭となって全体のストーリーをつくり、章立てを示し、分担を決めなくてはいけないことは明らかでした。
執筆者4人の中では相対的にヒマで、かつ、その上司の直下にいた私が、自然とその役となりました。ただそこまでは普段の仕事(経営戦略コンサルティング)と、あまり変わりはありません。いろいろ調べて、本の概要をつくり上げました。
ある日、私は残り3人をオフィスから離れた都内のホテルに監禁します。「全体のストーリーと章立てを説明しますから、今日中に、各章の概要を完成させてください」「それまで、ここから出しません」。実に見事なホテルのお庭を眼下に眺めながら、4人はモクモクと作業を続け、7時間後、ようやく執筆の目途が立ちました。
でも私にとって、本当の問題はここからでした。
果たして「読んで面白い文章」など、自分に書けるのでしょうか。A4 1枚に5行100文字しか列ばないようなプレゼンテーションスライド書きは、得意です。でも、見開きに40行1200文字もあるような長い文章など、どうやったら書けるのでしょう。
悩んでいても仕方ありません。とにもかくにも、私はパソコンに向かって、書き始めました。「顧客は進化し続ける。そんな顧客を理解し満足させようと、過去多くの企業が......」
原稿締め切り日まで、あと60日。絶体絶命の日々が始まりました。
(*3)Customer Relationship Managementの略称。顧客関係管理とも訳される。
(*4)アメーバブログは2004年9月設立。
#「伝わる書き方」の答えは3つの戦略
結局、これらを克服するのに10年以上の年月がかかりました。ずいぶんかかったものです。
そして私が見つけた、わかりやすいビジネス文章を書くことの答えは「わかりやすいプレゼンテーションのように書く」でした。
【書き方3戦略】
[1]短く書く――伝えることを1行に絞り込む
[2]構造化する――全体の中で迷わせない
[3]波をつくる――読み手の心に寄り添う・揺らす
11月9日発刊の『伝わる書き方』(PHP出版)では、「"いろは歌"が本当に伝えたいことは?」「"日本国憲法"をわかりやすくすると?」「LINEの成功理由」「小林秀雄の『鐔』を切る」「ポーターの競争戦略は○○だらけ」など具体的で面白い事例を取り上げています。
演習も豊富ですので、ぜひ、じっくり取り組んでみてください。