#もし喫茶店で注文したのと違うケーキが出てきたら。怒る?我慢する?それとも...
品川女子学院校長の漆 紫穂子(うるし しほこ)さんの最新刊『伸びる子の育て方』にこんな一節がありました。
自己主張の3つのパターン:道徳の授業にて
「喫茶店でケーキを注文したところ、頼んだものと違うケーキが出てきました。違うと指摘したところ、お店の人が『あら、こちらを注文されましたよ』と答えてきました。あなたなら、どうしますか?」
生徒たちに、次の3つの選択肢から選んで、挙手してもらいました。(1)怒る、(2)我慢する、(3)どちらでもない、の3つです。
答えはだいたい1/3ずつに分かれたとか。(1)(2)はある意味、典型的な自己主張の在り方でしょう。でも漆さんは「どちらでもない」と答えた生徒たちに、具体的にはどう対応するのかを尋ねました。
「変えていただけませんか、と控え目に言う」「これもおいしそうなんですけれど、と落ち着いて言う」「かわいく笑顔でお願いする」とさまざまな答えが挙がったそうです。
これらは、「(1)怒る=相手が不快になる」でも、「(2)我慢する=自分が不快になる」でもない、「両方が不快にならない」コミュニケーション・スタイルです。自己主張の在り方として、優れた工夫と言えるでしょう。
#第4の道。達観・エンジョイ!
そういった優れた自己主張の前提は、「感情のコントロール」でした。怒るのでも諦めるのでもなく、落ち着いた心があって成り立ちます。
そして心の柔軟さ次第では、まったく別の道も存在するのです。品川女子学院の生徒たちからは、こんな面白い答えもありました。
「人生に関わるようなことではないので、そのまま食べてもまったく気にならない」「自分では頼まないものを食べるのも、新しい発見があるかもしれないから、そのまま食べる」
もともとは、どう自己主張(クレーム)するのか、という設定・問いだったわけですが、
A 気にならない(クレーム不要:達観)
B 状況を楽しむ(クレームの逆:エンジョイ)
といった別次元の答えがあり得たのです。
ここまで読んだとき、高校1年生のときの記憶が蘇りました。それは昼食を巡っての、親友との30秒足らずの会話でした。
#心の持ち方。すべてのことを対応別に「分ける」
ある日、学校が4限で終わり、揃って帰宅部だった2人は自転車で福井駅前に。行きつけの書店(*1)の中を一巡りした後、彼が「昼飯を食おう」と言ったのです。
「なに食べようか」と私。でも彼は「なんでもいい」と受け流します。
「おいっ、なんでもいいは無いだろう。なんか意見を言うべきだ」とちょっと憤る私。でも彼は涼しい顔で言うのです。
「いや、本当になんでもいいんだ」
「オレはこだわることと、そうでないことを決めている」
「食事は、こだわらない」「だから三谷くんの好きにしていい」
衝撃でした。世界が変わって見えました。
それまで「こだわることと、こだわらないことを分ける」なんて、考えたこともありませんでした。こだわりとは自然な感情で、その感情の赴くままにヒトは生きていくものだと、信じていたのでしょう。
でも、違いました。その感情はコントロール可能なものでした。
かつ、ここで大事なのは「対応スタンス」別に分けることでした。なんとなくの分類では意味がありません。「この事柄に対しては、基本的にこうする」「こっちは、こうする」を事前に決めてしまえば、「悩む」ことは劇的に減り、ムダな時間が無くなることでしょう。
実際、それ以降、彼に見習って「こだわり別の対応スタンス」を決めた私は、変な「悩み」に引きずられることが格段に減りました。
対応スタンスなので、具体的対応内容まで決める必要はありません。各テーマに対して、自分自身の、
・こだわりレベル
・決め方
・コミュニケーションタイプ
などを定めればいいのです。
#置かれた状況を、常に楽しむ・面白がる。ポジティブ思考
この「分ける」技は、前述の答えでいえば、Aの達観にあたるでしょう。ではもう1つのB エンジョイ(楽しむ・面白がる)はどうでしょう?
「怒る」に対して、これらは明らかにポジティブです。「我慢する」という無理やりなニュートラルでも、「達観」のような自然なニュートラルでもありません。与えられた(不条理な)条件下でも、それをポジティブに捉え直すことで、心の持ちようやその後の行動がずいぶん変わります。
ポジティブ思考やポジティビティ、と呼ばれる領域です。バーバラ・フレドリクソン(Barbara L. Fredrickson)は、ポジティブ心理学において大きな発見をしました。
・人はポジティブさ(Positivity)が、ネガティブさ(Negativity)の3倍を超えると成功する(*2)
ネガティブさはとても強い感情なので、人はそれより3倍もポジティブさ(喜びや感謝など)を感じないと、十分前向きにはなれないのでした。
でも、だからといって、無理にポジティブになろうとしても失敗します。彼女は、そのためには戦略があると言います。
・ネガティブさを減らす(反芻しない、きちんと振り返る)
・ポジティブさにつながるマインドセットを持つ(オープンさ、好奇心など)
#相手や自分を上手にほめる。ネガポ辞典を活用する
たとえば子どもたちにとって、ポジティブさを高める魔法の杖は、重要な他者からの受容や賞賛、つまり親から「ほめられる」ことなのです。これを使わない手はありません。子どもたちが今の何倍も、喜びや感謝、興味や愉快さ、誇りや希望や愛を感じられるように、上手にほめてあげましょう。
自分(や相手)を上手にほめるには「ネガポ辞典(negapositen)」を使う手もあります。たとえばこの辞典、「飽きっぽい」を引くと「気持ちの切り替えが早い」という解説が載っています。「いい加減」には「おおらか」、「頑固」には「意志が強い」、といった風。あらゆるネガティブな言葉をポジティブな言葉や表現に風に換えてくれる、魔法の辞典です。
札幌の女子高校生らがつくり上げ、今は書籍やスマートフォンのアプリ(無料)にもなっています。ネガをポジに換えてくれる辞典、だからネガポ辞典なのです。
発想の原点は、中学時代「太っていて自信がなく、いつも下を向いていた」という発案者のひとりの経験にありました。母親に「とろい」と責められ自分でもそう思っていた彼女に、ある日友人が「マイペースでいいね」と言ったのです。彼女は「短所と長所は表裏一体」と気づき、以来「何でも良い方に考えて自信がついた」のだそうです。そしてそれは、現実をも変えていきます。
高校生になって、そのアイデアが「全国高校デザイン選手権大会2010」で3位に輝き、それがスマートフォンアプリとなり、20万ダウンロードを達成して、本(*3)になって11万部を売上げました。まさにネガポ変換の威力爆発です。
#面白がる、とは心の余裕と知的好奇心
同じポジティブ感情でも、「楽しむ」と「面白がる」は、その主観の度合いが少し違うかもしれません。
「楽しむ」というのは、自分が主体となってどっぷり浸かる感じですが、「面白がる」というのは、対象に興味・関心を示す、という感じ。「楽しい」かどうかの判断基準は自分にしかありませんが、「面白い」かどうかには、さまざまな基準がありえます。社会的に面白い、組織としては面白い、家族としては面白い、など。
「面白がる」は、ちょっと引いて見ている、心に余裕のある状態なのです。そしてその根源はヒトの持つ「知的好奇心」にあります。
たとえば「注文したのと違うケーキが出てきた」場合にも、知的好奇心が強ければ、不快な状況をこんな風に面白がれるかもしれません。
・どうしてコミュニケーションギャップが生じたのだろう? 私の頼んだクロカンブッシュと、出てきたブッシュ・ド・ノエルの名前が似ているから?
・いやそれとも、私がクロカンブッシュ(*4)を頼むなんて似合わないと、お店の人が感じたのか!?
・そう言えば、ブッシュ・ド・ノエルはクリスマスによく見かけるけどなぜブッシュ(bûche 薪)なんだろう?
・このブッシュ・ド・ノエルとの邂逅には、何か意味があるんだろうか。それとも単なる偶然か!
子どもたちの知的好奇心(=妄想?)は尽きません。でもどうやったらそれを、もっと強くすることができるのでしょうか?
#「好奇心は育てられない。できるのは、邪魔しないことだけだ」村上龍
2009年1月、作家の村上龍さんと公開対談をすることになりました。KIT虎ノ門大学院のイベントなので、テーマは教育です。「第三の開国」と銘打ち、どうやったら活力溢れる人材を育てていけるかを、論じました。
開演10分前に会場に滑り込んだ村上龍さんと、挨拶し雑談し、流れ(ストーリー)を説明します。彼も、そうですね、と頷いています。これで本番は大丈夫!...とはなりませんでした。
彼が人の「学び」について話します。それを受けて「好奇心がキーワードですね」と私。 でも、「それをキーワードにしちゃあ、いけないんだよ」と龍さん。え、なんで!?
彼は続けます。「学びの源は好奇心だ」「でも、好奇心は育てられない!」
うっ、それでは教育機関はいったい何をすれば...。
「好奇心は育てられない。われわれにできるのは、それを邪魔しないことだけなんだ」
う~ん、そういうことか。
好奇心はヒトにもともと備わっている。でも大人たちはそれを「邪魔」し続ける。それはダメ、これもダメ、こっちにしなさい、あっちはいいわよ。そうして子どもたちの好奇心は消え去っていくのです。
#「この学校は失敗ともめ事をプレゼントするところです」
「間違ったケーキ」はヒトに心の落ち着きとコミュニケーション力を求めます。それらがあれば、「怒る」でも「我慢する」でもない、双方が不快にならないコミュニケーションができるでしょう。でも、心がさらに柔軟であれば、その本来不快な事象を、達観やエンジョイできるのです。
特にそれを「楽しむ」ことや「面白がる」ことができれば最高です。どんなことでも、客観性と知的好奇心があれば、ちょっと引いて見て「面白がり」、いろいろな想像の翼を拡げることができるのです。
そのために周りがやるべきことは? そう、「邪魔しない」ことです。親がしゃしゃり出たり、アドバイスしたりなどしないこと。失敗したら慰めて、成功したらちゃんとほめてあげること。いや、失敗してもそのチャレンジをほめてあげること。きっとそれだけで、いいのです。
品川女子学院の漆さんは、保護者に対し学校のことをこう説明されるそうです。
「この学校は失敗ともめ事をプレゼントするところです」
「失敗は、チャレンジの結果。もめ事は、コミュニケーションの結果ですから」
子どもたち(や自分や部下)の「失敗」や「もめ事」に耐えられますか? イヤですよね。でも、耐えなくてはならないのです。そしてそれすらを、親子一緒に面白がれたら、最高です。
参考資料
『伸びる子の育て方』漆紫穂子(ダイヤモンド社)
『親と子の「伝える技術」』三谷宏治(実務教育出版)
『特別講義 コンサルタントの整理術』三谷宏治(実業之日本社)
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