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プロ経営者インタビュー シック・ジャパン株式会社 代表取締役社長 村野 一 氏

プロ経営者インタビュー

村野 一 氏

シック・ジャパンは、エッジウェルパーソナルケアグローバルネットワークの一員。エッジウェルパーソナルケアは、北米、日本を始めとして中南米、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、中東、アフリカなど全世界50ヶ国以上の市場でグローバルにビジネスを展開している。その日本法人であるシック・ジャパンはウェットシェービングのトップブランドとして、男性向けだけでなく女性向け製品においても、国内シェアNo.1の実績を上げ続けている。
そして2018年、このシック・ジャパンに代表取締役社長として招かれたのが村野一氏。
ソニーやリコーで伝説的ともいえる功績を残し、なおかつ畑違いの出版界でも成功を手にしてきた村野氏は、早くもシック・ジャパンで変革をもたらし始めている。
そこで、独特のキャリアヒストリーの持ち主である村野氏にいつもの20の質問をぶつけ、経営者としての発想や姿勢について答えてもらった。

村野 一 氏

シック・ジャパン株式会社 代表取締役社長

https://www.schick-jp.com

1962年、東京都生まれ。横浜国立大学を卒業後、ソニーに入社。1994年には当時史上最年少で海外拠点(ハンガリー)の社長に就任。2003年にはソニーメキシコの社長も務めた。2012年、リコーへ転じると2014年よりリコーイメージングというカメラ製品分野の常務に就任。2015年にはデアゴスティーニ・ジャパン入社し、社長に就任。同社アジア統括も兼任した。そして2018年、シック・ジャパンに社長として入社。現在に至っている。

[1]自己紹介をお願いします

私は大学1年生だったあたりから、「いずれ海外で活躍するビジネスマンになり、ゆくゆくは会社経営をする」という明確な志を持っていました。ですから就職活動の時にも商社と強力な製品を持つメーカーばかりに応募していったんです。そうして、当時グローバル市場でも圧倒的強みを発揮していたソニーに入社することになりました。

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とにかく海外で活躍したかった私は、入社早々からその希望を主張し続けましたし、当時のソニーは本人がやる気さえ示せばチャンスをくれるだけの勢いを持ってもいましたので、すぐにインドネシアやタイで働く機会を得ることができ、貴重な成長体験を手にすることができました。

その後、当時史上最年少(31歳)で海外拠点(ソニーハンガリー)の社長に就任することができましたし、サウジアラビアやメキシコの拠点でも社長を任せてもらいましたから、大学時代の私の夢は早くも叶えられたわけです。ハンガリーで工場を造ったり、本社で全世界の営業・マーケティングの改革を指揮したり、と重要な仕事に就くこともできましたから、達成感に充ち満ちていたんです。

しかし反面「自分はソニーという会社にたまたまフィットしたから、ここまで満足のいく仕事をやらせてもらうことができたけれども、ソニー以外の環境にいたらどうなんだ? 自分に本当に実力があるのなら、ソニー以外の場でその力を試してみるべきなんじゃないか?」という気持ちもどんどん膨らんでいったんです。そして40代後半、リコーからお声をかけてもらいました。

2兆円企業のリコーを盤石に支えているのはBtoB事業ですが、同時に長年カメラの市場でBtoC事業を続けてもいました。リコーとしては次代の成長エンジンとしての期待をこの事業にかけていくために、BtoC事業の経験者を招き、ブレークスルーを達成したいというわけです。ソニー時代の私は、もっぱらマーケティングのフィールドを主戦場としてきましたし、その分野が自分の強みだという自負も持っていたのですが、同時に自ら商品企画を担い、その製品をヒットさせていく醍醐味を堪能したいという希望を抱え続けてもいましたから、「商品企画もやらせてもらえるのなら」という条件付きでリコーに入社し、後にリコーイメージングの常務に就任しました。

このリコーでも、非常に素晴らしい体験を得ることができました。キヤノンやニコン、さらには古巣のソニーが圧倒的シェアを握るデジカメ市場で、リコーやペンタックス製品でヒットを出せましたし、ビジネス誌のアフターサービス部門で2年連続1位を獲得するなど、充実した成果を得ていったのです。しかしその後、私は「もっと次々に新しい製品やサービスを生み出していく仕事に就いてみたい」という気持ちにかられるようになり、そんなタイミングで声をかけてくれたのが、外資系出版社のデアゴスティーニだったのです。

イタリアの出版社であり世界33ヵ国に進出していたこの会社が日本での経営を任せてくれる。しかも、こだわりのテーマでシリーズ企画にした出版物に模型パーツやCDなどを付録していく独自のビジネスモデル。「ここでなら、毎月新しいチャレンジができる」と考えた私は、オファーを快諾し、デアゴスティーニ・ジャパンの社長に就任。アジア市場がまだ成長できていない、との声もいただき、アジア統括の任務もさせてもらえることになったのです。高橋智隆さんデザインのロボット「ロビ2」の開発、販売を担い、大ヒットを獲得することができました。

以上のように、私はビジネスマンとしても経営者としても、かなり恵まれたヒストリーを歩むことができていたのですが、数年後、シック・ジャパンから声をかけていただき、今ここにいます。何が決め手だったのかといえば、この会社が持つ国内、海外での圧倒的なブランド力。しかも、外資でありながら日本での製品作り、サービス構築、コミュニケーション施策のすべてを任せてくれるというお話に、大いにやる気を搔き立てられたのです。「たしかに国内外で圧倒的な実績を築いてきたけれども、その成長が踊り場に差し掛かっている。どうかブレークスルーを実現してほしい」という熱い問いかけに、心が動いたのです。

[2]現在のご自身の役割について教えてください

製品、サービス、コミュニケーションのあり方を日本独自で推進していける、というお墨付きをもらった上で、「成長の踊り場を突破せよ」というミッションを課せられたわけですから、就任早々から思い切った打ち手に出ています。まず全社に向け、「我々が売っているのはモノ単体でもサービスだけでもない。ソリューションなんだ」という発信をしました。

髭剃りの領域で何がソリューションなのかはわかりにくいかもしれませんが、要するにウェットシェービングの髭剃りというのは刃物を肌に当てる行為です。それによって電気シェーバーよりも深剃りができるばかりでなく、「水分が少なめで油分が多め」という性質を持つ日本人男性にとっては、余分な油分を取り除くこともできます。死んだ肌の角質の除去もできます。一方で肌には負荷がかかるし、水分も失われるわけですが、逆に言えば髭剃り直後に保湿する習慣を持てば、スキンケアに役立てていくこともできる。

このように、日々のシェービングをきちんと分解して捉えれば、お客様にとって有益なソリューションを製品とサービスの組み合わせによって提供できる。さらに言えば有効な情報発信も掛け合わせていくことで、今まで提供しきれていなかった価値の提供もできるわけです。以上の一連の発想から各事業の見直しや、スキンケア事業への本格参入などをすでに開始して、好結果を出しています。

他方で事業そのもののあり方についてもメスを入れ始めています。これまでシック・ジャパンのビジネスはBtoBtoCでした。真ん中のBは卸しや小売事業のビジネスパートナーです。これら多くのパートナーさんのおかげでシック・ジャパンはこれまで№1の座を保持することができました。しかし今後、私たちがソリューション提供という姿勢で戦う以上、より密接にコンシューマーの皆さんと接していき、ニーズやシーズを事業に生かしていかなければいけません。

かといって、卸しや小売のプロフェッショナルが備える絶大な力とは今後も手を携えていきたい。そこで目指しているのがBtoCwithBという独自の図式。パートナー企業の皆さんと共創関係を築きながら、コンシューマーの声を身近で聞いて、より良いビジネスを一緒に構築していこう。そういう呼び掛けを実施しながら、新たな挑戦を始めているところです。

[3]小中学生時代はどんなお子さんだったのでしょう?

絵に描いたようなガキ大将でした(笑)。人に言われたことを、言われた通りのやり方でするのが嫌いな性分は、子どもの頃から発揮され、勉強も遊びも自分流で楽しんでいました。授業の進捗などお構いなしに、勝手にどんどん教科書を読み進めていくので、たいてい夏休みが終わる頃にはその年の教科書を理解しているという、先生にとってはどうにも扱いづらい子どもでした。

小学校時代は野球、中学に入るとバスケットボールやサッカーに没頭していました。生徒会長をやれ、と言われたこともありましたが、興味がなかったので友だちを身代わりにして、生徒会長に当選させました(笑)。

[4]高校、大学時代はいかがですか? リーダーシップの芽生えのようなものはあったのでしょうか?

世代感が出てしまいますがマンガの『エースをねらえ』に感化され、テニスに打ち込みました。とはいえ、私の入った高校にテニス部はなかったので、自分で作りましたし、テニスコートも部員たちと一緒にグラウンドを耕して作りました(笑)。それでも都大会個人戦でベスト16に入る成績を上げたりしましたから、自分なりに頑張れたと思います。

一方、父の事業が頓挫する事態に見舞われたことから、大学進学をしたいのなら「国公立1択、浪人不可」という条件を自分に託し、必死で受験勉強をして横浜国大になんとか入学。その後もアルバイトで自分の学費を稼いでいきました。それでもテニスは続けたかったので、学内にテニスサークルを作り、その会長をしていました。ちなみにB'zの稲葉浩志はサークルの2年下の後輩です(笑)。彼がバンドをしていることなど知らなかった私は、たまたま行ったカラオケで歌を聞かされ、その上手さにビックリしたのですが、テニスの腕は私のほうが上でした(笑)。ささやかな自慢です。

また、このサークルは当初、がちがちに硬派な練習重視のテニスサークルとして始めたのですが、時代の流れには逆らえず、「どうやら皆は楽しく遊びたくてサークルにいるらしい」ことを気づかされると、躊躇なく今どきのテニスサークルへと方針転換。サークル名も「ブルーベリー」という、軟派なものに変更したんです(笑)。笑い話のようですが、私としてはこういう柔軟さもあるんだということは主張しておきたいと思います。バリバリと自分のやりたいことを自分で始め、自分で創る性分ではありましたが、唯我独尊の頑固者というわけではなく、環境や周囲の意見に順応していく面も持ち合わせているつもりです。

[5]ご家族やご親戚に経営者はいらっしゃいますか?

もともとサラリーマンだった父が業務用の冷凍冷蔵庫を発明して、これの製造販売を行う会社を起ち上げ、一時は高い実績を上げていました。しかし、その後のオイルショックの影響を受けて撤退を余儀なくされる様子も、目の前で見ていました。ですから、自ら事業を起ち上げて経営をしていくことの醍醐味や、その反面にあるリスクというものを身近に感じていたのは確かです。私が経営者を志すようになったことにも、関係なくはないと思っていますが、私が経営を目指した理由の大半は、そもそもの自分の性分からだったと思っています。

[6]ご自身の性格について教えてください

再三お話をしている通り、人に与えられたやり方に従うのではなく、自分なりの手法や発想で物事に取り組みたい性質の人間なのだと思っています。ソニー入社時も「海外へ行きたい」としつこく言い張っていましたが、英語も得意ではなかったものの独学で身につけました。

また、将来経営者になりたいと考えていましたから、早いうちから「営業以外のあらゆる仕事を経験させてほしい」という主張もしていました。ソニーがタイに拠点を設立する際、後にタイ拠点の社長となる上司に直訴して、現地でのありとあらゆる仕事をやらせてもらいました。つまり、人に言われた通りにはしたくないけれども、何かに取り組むとなったら、「必要なことは何だってやってやる」と考えるような性格なのだと思います。

[7]いつ「経営者になろう」と思われましたか?

大学1年の時です。高校でテニス部を作ったり、大学でサークルを作った私ですから、何かをゼロから作っていく仕事がしたいと思っていましたし、それならば経営者になるべきだと考えたわけです。

[8]経営者に必要なメンタリティ、スキル、経験とは何でしょう?

ビジネス書やビジネス誌の記事に書かれているようなメンタリティやスキルや経験は、もちろん大切だと考えていますが、もしも経営者になろうという人がいるのなら「そんなことよりもずっと大切なことがある」と言いたいですね。じゃあそれは何なのかといえば、私は「インスパイア=人の心に火をつけること」だと確信しています。

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例えば1対1で会話をしている時、その相手に「この人は魅力的だな」とか「この人のためなら力を貸してもいい」とか、そういう反応を手に入れられるのがインスパイアできる人間ということ。もしも1対1の時でさえ相手をインスパイアできないのだとしたら、そんな人間が100人なり1000人を相手にして、同じ目標に向かってリードしていくことなんて絶対にできやしません。経営をする、というのはそういうことだと思うんです。

人の心を動かすこともできないまま、言われた指示通りのことだけをやっていた人間が、ある日経営者になった途端、社員の皆をインスパイアできるようになるのかといったら、そうはいかない。ですから、今現場で駆け回っているのだとしても、どんな仕事を任されているとしても、常に自分の周りにいる人たちにポジティブな影響力を及ぼしていくような働きかけを心がけるべきだと思います。

[9]他に経営者に必要な資質や能力などありますか?

私としては「インスパイアできる力」が何より大切だと思うので、特に他に掲げておきたいものはありませんが、インスパイアできる人間に求められる要素として、「相手の話をきちんと聞き、要望に応えていく姿勢」という部分もある、ということはお伝えしておきたいですね。人の心に火をつけて動かすたけには、自分の話ばかりを押しつけていては駄目。むしろ常に周囲の人々に「俺に欠けていること、不足しているものがあったら教えてくれ」と問いかけるくらいの姿勢が必要です。

相手の声に耳を傾ける、という努力ならば、高い地位を得ていなくても新人ビジネスマンにだって今すぐ始められるはず。事実、新入社員なのに先輩たちに「あいつのためなら一肌脱ぐよ」と言わせてしまう人間だっています。これもインスパイアの1つの現れですし、そうした成果を積み重ねていくことが、経営者になるためには不可欠だと思います。

[10]これらのスキルなどをどこで手に入れたのでしょうか?

学生時代から無意識のうちにインスパイアする術を学びとっていたと思いますが、印象として強く残っているのはソニー時代、ヨーロッパへ赴任した時のことです。それまでアジアで働いてきた私は、同じ姿勢でヨーロッパでもやっていこうとしたのですが、当時のソニーヨーロッパ副社長に「村野君、きみのやり方はヨーロッパじゃ通用しないよ」とはっきり否定されてしまいました。

アジアでの私は「何を、いつ、どこで、どのようにやるべきか」と、明確な指示を出すことで成果を出していました。それこそが文化や価値観の違う土地の人と、良い仕事を進めていくための正解だと信じ切っていたんです。ところがヨーロッパの人たちが相手の場合はそうじゃない。彼らが求めているのはオーダーじゃなくリスペクト。指示ではなく信頼と尊重だというわけです。

「結果責任はこっちが請け負うから、言われた通りにやってくれれば良い」というオーダーは、ビジネスのいろはがまだ根づいていなかった当時のアジアの人にとっては「動きやすい」指示だったと言えますが、経験もプライドもあるヨーロッパ人には「命令の押しつけ」としか感じられない。自分の気持ちに寄り添ってくれて、意見も確認しながら、より良い行動の選択を一緒にしてくれるような、リスペクトのある姿勢こそが相手をインスパイアする。ちゃんと心を動かしてくれたなら、事細かに命令なんてされなくても、きちんと使命を果たす。それが万国で通用する人の動かし方であり、人とともに何かを成し遂げる姿勢なのだということを、この時学ばせてもらったんです。

事実、そうした姿勢で接し始めた途端、ヨーロッパの仲間たちは皆、私の期待を超えるような仕事をして結果を出してくれました。心から納得をして動いてくれる人間がどれだけ尊いものなのかを実感したんです。

[11]業界のプロとしての知見はいかがでしょう? やはり必要だとお考えですか?

私の場合、エレクトロニクス、精密機器、出版というように、転職のたびに畑違いの場に飛び込んできましたし、今回も生活雑貨やヘルスケアに関わるシック・ジャパンに来て、異業種の仕事に携わっています。しかし、いつも100%違うことをしてきたのかというと、そうではないし、今も7割がたは過去の知見と重なっているという認識でいます。

モノがあって、お客様がいて、支えてくれるパートナーがいる。これは、過去のどの仕事でも同じです。周りにいる人たちをインスパイアできるように努力して、そうして仲間になってもらうことで成果を最大化していくことが可能になる、という点でも同じ。ですから、この7割の部分での知見は今も十分活用できていると自負しています。

もちろん残る3割は、学んで身につけていかなければいけませんし、現に今も勉強をしています。ただ、異業種の経営者になるというケースで「業界知見がないから通用しない」という考え方は間違っていると思います。どんな業種にも共通した大切な部分があるわけですから、そこで真価を発揮しながら、不足している部分をキャッチアップしていけば通用する。私はそう捉えています。

[12]過去に体験した最大の試練やストレッチされたご経験について教えてください

ソニー時代、20代でインドネシアに行った時のことです。今でも尊敬してやまない先輩がそこにはいて、とにかくこの人から様々なことを学びたくてしょうがなかった私がその気持ちを伝えると、先輩は毎朝宿題を出してくれました。しかも10個の課題。これが実に難易度の高いもので、例えば「新製品の広告プランを考えろ」、あるいは「ショールームの改善を提案しろ」といった内容。ルーティンワークをこなしながらですから、せいぜい毎日3つ4つしかこなせません。

それでも翌朝には新しい10個の宿題が用意されていて(苦笑)、日に日に宿題は雪だるま式に増えていったんです。すべてをこなし切れない私を、先輩は特に叱責してはきませんでしたが、なんともいえないプレッシャーと自己嫌悪とに苛まれました。しばらくして私も「そうか、すべてを独力でやれ、とは言われていない。現地の代理店メンバーとか、相談に乗ってくれる人の力も借りて、やっていけばいいじゃないか」などと、対策を講じながら対応していく毎日でした。それでもとにかく、失敗に次ぐ失敗を積み重ねていく試練を味わいました。

これには後日談があるんです。その後、私はハンガリーに行って、向こうの社長を任せてもらい、業績を上げることにも成功したのですが、私が退任した後、ハンガリーの業績は下り坂になってしまったんです。私としては現任中に多くの仲間の成長にも貢献してきたつもりだったのですが、なぜ業績が停滞し始めたのか考えていくうちに気づいたんです。ハンガリーにいた頃の私は、仲間たちに失敗を経験させてあげなかったんだという事実です。

インドネシア時代、先輩が私にくれた数々の失敗体験がどれほど成長につながったのかを痛感しました。ハンガリーでの私は、例えばファイナル・デシジョンはさせず、最後は私自身が責任を背負う形で意思決定していました。おかげで皆と和気あいあいと仕事ができましたけれども、うまくいかなかった時の痛みだとか、リスクを背負って最終決断する時の重みだとか、そういうものを渡すことを怠っていた。だから、業績が低迷し始めた時に彼らは対処できなくなってしまったのではないか......そう考え、反省をしました。

人は痛みや重みを試練で味わって初めて成長する部分がある。だからリーダーは、時にはメンバーに失敗を体感させることも仕事なんだということを一連の経験で学習しました。

[13]経営者を志す者には、どのような努力や学びが必要でしょうか?

6番目の質問の時に少し触れたように、私はソニー時代に、あらゆる分野の仕事を経験させてくれるよう直訴して、体験をしていきました。これはとても有効な学び方だったと思っています。同じ会社で働く人間が、どういう仕事でどういう苦労や努力を問われているのか。それを知ることによって経営の仕事につながる教訓は得られると思います。

もう1つの学び方としては、「与えられた仕事」はきちんとこなしつつ、並行して「与えられてはいないけれども自分がやりたい仕事」にも着手していくことをお薦めしたいですね。与えられた仕事をだらだら引きずっていては、やりたい仕事をする時間がなくなりますから、誰よりも効率よく済ませる手法を見つけて体現していく訓練になりますし、何が自分にとってやりたい仕事なのかを明快にすることもできるし、普段とは違う仕事と向き合うこともできる。こうした努力も経営者になる人間には役立つと思います。

[14]今までに影響を受けた先輩や師匠といえるかたはいらっしゃいますか?

ここまでに何度かご紹介した3人の偉大なる先輩たちです。インドネシア時代、タイ時代、そしてヨーロッパにいた時代に、それぞれ違った伝え方で大切なものを教えてくれました。

[15]キャリアの成功とは「計画的に努力して成し遂げるもの」でしょうか? それとも、「偶然や人との出会いなど、運が影響するもの」だとお思いですか?

未来に成功するかどうか、自分には良い偶然や幸運があるのか、などという事は、人間にはコントロール不能なわけですから、考えていても意味なんてありません。ただ、計画をすることならば誰にだってできる。計画通りにいかないことなんて十分に予測できますが、それでも計画しないよりはした方が価値はあるし、その気になれば今すぐにでもできるのだから、「だったら、とにかくやろうよ」と言いたいですね。

[16]なぜ起業ではなかったのでしょうか?

明快な理由があります。父の事業が立ち行かなくなった時、母に言われたんです。「私の目の黒いうちは、絶対に起業なんてするな」と。ですから起業はしません。

[17]特別な信条やモットー、哲学などをお持ちですか?

特にありません。ただ、余談なのですが、私の「一(はじめ)」という名は「一番になれ」という願いを込めて付けられたのではなく、「新しいことを人よりも先にはじめる人であれ」との願いからだったそうです。今になって考えてみたら、それが私の行動哲学のようになっています。

[18]経営者となった今、何を成し遂げたいとお考えでしょうか?

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部下の飛躍と仲間の成長。それを見届けていきたいです。この2つほど見ていて楽しいものは他にありませんし、多くの部下や仲間を見つめられるというのが経営者の特権ですから。ただ、課題もあります。どんどんチャレンジをする者は、本当にただ見ているだけでも飛躍していくから良いのですが、なかなかチャレンジをしない者も中にはいます。私としては、こういう人たちの飛躍もまた見届けたいので、そのために何ができるのかをいつも考えているんです。

[19]現在のポジションを去る時、どういう経営者として記憶されたいですか?

14番目の質問で私が答えた3人の先輩たちのように、多くの社員やパートナーから「あの人がいてくれたおかげで今の自分がある」と言われるような存在になっていられたら嬉しいな、と思います。

[20]20代、30代のビジネスパーソンにメッセージをお願いします

経営者になりたいと考えているのであれば、1日1日の過ごし方というのを大事にしてほしいと思います。例えば、先ほども言いましたが、どうすれば与えられた仕事を人よりも効率よく完遂できるか考えて、それを実行する。例えば、それまで経験したことのない部署の仕事をやらせてもらえるように働きかける。例えば、やりたい仕事に携わるために、どうすれば他の仕事と共存させるのかを考える。というように、私自身は日々の営みの中でできることを模索し続け、それを実行したことで経営の仕事に近づいていくことができました。

もちろん、何か難しい勉強をすることにも意義はあると思いますが、今すぐに毎日取りかかれるアプローチというのがたくさんありますから、それを1つひとつトライしてほしいと思います。

付け加えるとすれば、それらの努力を1人で淡々とこなすのではなく、できたら周りをインスパイアして巻き込みながらやってみてほしいですね。反省することも大いに発生するでしょうし、面倒なこともあるかもしれませんが、多くの人と一緒に動いていくのが経営者の仕事なのですから、ぜひチャレンジしてみてください。

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