(2014年 3月12日)
「20人のプロ経営者インタビューを終えて」小杉俊哉 荒井裕之
【荒井】「プロ経営者になる」というコンテンツを始めた理由は、今後のキャリア形成を考える時、こんなにも魅力的な選択肢があり、それが日本でも徐々に定着しつつあることを、多くのビジネスパーソンに知ってもらおう、というものでした。
実際にプロ経営者となった皆さんもこの企画を非常にポジティブに捉えてくださり、多大な協力をしてくださったおかげで、わずか6ヵ月ほどで20人もの方にお話を聞くことができました。そこで、今回はこの20人の皆さんから得た事実を基に、小杉さんとお話をしていけたらと思っています。
【小杉】私にとっても、このコンテンツは魅力的に映っています。1つの会社の中で時間をかけて内部昇格を繰り返して経営者になる方もいれば、自ら会社を起ち上げてゼロからビジネスを築き上げる経営者もいます。
両者は同じ「経営者」といっても、就任までのプロセスも違えば、求められる資質も異なるわけですが、このコンテンツに登場するプロ経営者もまたそのどちらとも異なるものを示していましたから。
【荒井】まだまだインタビュー数20名という段階ですから、一概に言い切れないとは思いますが、やはり「歴史ある日本の巨大企業」というのは1社もなく、外資やファンド関連の事例が多くなっていますね。
【小杉】伝統的な日本の大企業の中にも、ようやく変化の兆しらしきものは見えてきています。例えば、かつてGEの米国本社で上席副社長となり、日本法人も率いていた藤森義明さんがLIXILグループのCEOに就任しました。日本コカ・コーラから資生堂社長に就任する魚谷雅彦さんも、日本コカ・コーラを退任したあと、資生堂マーケティングの統括顧問で力量を示しました。
日本も欧米のように「優れた経営者を外部から招く」という動きは広がりつつあるといえます。しかし、藤森さんや魚谷さんがたどった軌跡を見れば、「まずは著名な外資系企業で実績を上げ、名を上げ、その手腕に対して日本社会から信頼を勝ち得た結果だった」ことがわかります。
相当にハイレベルな実績を築くことができたお二人だから、日本の常識を打ち破れたのだと思いますが、他の誰かが今後この二人に追随しようとするなら、それなりの時間が必要になってくるように思います。その点では、最右翼として、先頃日本マクドナルド会長退任を発表した原田泳幸さんに注目しています。
米国のように30代、40代で伝統的企業のトップに就任するような状況は、まだまだ日本には整っていません。ですから、今回の20人のプロ経営者の皆さんの多くが外資系企業やファンド絡みの企業で経営職に就いていることには納得がいきます。
それでも、こうして数多くのプロ経営者が日本に生まれ、皆さん成果を上げている。その事実が、日本の変化のスピードをさらに加速してくれるのではないか、と期待することができますね。
【荒井】若い優秀なビジネスパーソンのロールモデルになっていただけるよう40〜50代前半の方々を対象としましたが、40代でバリバリの経営者になれるということがはっきりしました。
【小杉】若い世代が会社経営に関わることができる。これこそ内部昇格型経営者との決定的な違いですよね。先ほども言いましたように、この年齢で伝統的日系大企業のトップになるような事例はまだ生まれていませんが、それでもプロ経営者の皆さんが確実に日本の状況を変えつつあることが伝わってきます。
【荒井】プロ経営者のキャリアのスタート地点はどこにあったのか。それが気になって、チェックをした結果がこれなのですが、皆さん共通していたのは、いずれも名の通った大きな企業に在籍していたということ。これは何か意味があるんでしょうか?
【小杉】なるほど、興味深いですね。ベンチャー企業を経験した方は何人かいらっしゃいますが、キャリア形成の最初の時点ではありませんでした。学校を出て最初に就職した企業は全員、大きな組織だったということですよね。「当然なのかもしれないな」と思いました。
20代の何もわからない時期、どういう環境に身を置いたのか。これは重要です。その人の後の成長軌道やキャリア形成に大きく影響してくると私は考えています。その点、きちんと継続的に実績を上げてきた大企業には、ビジネス・プロトコルをはじめ、様々な知見の蓄積があります。
実際に経営者になるためには、長い時間を必要とするのが日本の大企業の特徴になってしまっているものの、経営の仕組みやビジネスのイロハを若いうちから学べる環境は整っています。本人に情熱さえあれば、20代の頃からでもどんどん知識や知恵を吸収していける。それが大企業という環境の長所。
【荒井】では「最初に入る会社は、それなりの規模と、成功の歴史を備えた大企業がいい」ということになりますか?
【小杉】私はそう考えます。現代の若い層の中には、起業家としての成功を最初から目指そうという人もいますが、そもそも何もないところから会社を設立してビジネスを確立していくためのノウハウと、すでにある事業に変革を施しながらより大きく成長させていくためのナレッジやスキルといったものは、質がまったく違います。
将来的に今回の20人の方々のようにプロ経営者になる道を歩もうというのであれば、既存ビジネスを大きくする方の能力がより強く求められてくるわけですから、まずは大企業に身を置いて、そこに蓄積されている知見をインプットしていくほうが有効だと思うんです。
【荒井】MBA等海外での生活経験がある方が多いですね。
【小杉】5名の該当しない人がいる、ということは少なくとも「ビジネススクールに留学をして、MBA資格を得る」ことが「不可欠な条件」ではない、と判断することはできますね。そもそも、ビジネススクールで学んだ人のすべてが経営職に就くわけではありませんし、価値ある学びの場だとは思うものの、その経験が経営者の絶対条件だったわけでもありません。
私は以前から、MBAなどの学位はむしろ、当人よりもその人を採用する側にとって意味のあるものなのではないか、と考えてきました。その企業に旧来から在籍する社員の昇格ではなく、外部から経営人材を採用する場合、外部から採用する理由付けとして、また安心材料として、MBA資格や留学経験が、評価項目の一つとして機能するのではないかと考えます。
いずれにせよ、「MBAを持っているかどうか」は「プロ経営者になれるかどうか」と直結しているほど意味のあるものではない。私はそう捉えました。
【荒井】各人がとにかく経験を積むことだと言われていました。転職=会社が変わる、文化が変わる、立場が変わる、周りの人が変わるという大きな変化の中で、実力を出し切ってきた経験は重要ですね。
【小杉】荒井さんは立場上、重々承知のこととは思いますが、「転職回数が多すぎるジョブ・ホッパーになってしまうと企業から信用されなくなりますよ」という定説は昔からありますし、ある意味でこれは真実だと私も思います。ただしそれは「同じような処遇の転職」を繰り返してきた人の場合の話。今回の20名の皆さんは、そこが違いますよね。
中間管理職に就任するような転職ばかり何度もしてきた人というのはいなくて、必ず転職をする時には以前より高いポジションや、よりフィールドを広げるようなキャリアチェンジをしている。マネージャークラスに留まり続けた人はいなくて、PL(Profit and Loss =損益)を背負って責任を果たしていくような立場に就く転職を複数回してきた人もいます。
やはり、プロ経営者のように未知の企業に足を踏み入れるような方たちの場合は、それなりの中身と質を伴った転職経験を、ある程度の回数実体験していくべきなのでしょうね。
【荒井】「生まれて初めて45歳で転職してプロ経営者になりました」では、社員の方々も不安を感じるかもしれませんよね。
【小杉】そういうことになりますね。一般社員やマネージャークラスの転職回数を語るのとは、判断基準が違うんです。
【小杉】これは実に面白い共通性ですね。「子どもの頃から成績優秀だった」などと言われてしまうと、私などは手も足も出なくなりますけれども(笑)
【荒井】謙虚な方が多かったので、インタビューの席では謙遜されていましたが、それでも「成績が低かった」とは誰もおっしゃらないので、たぶん皆さん相当に優秀だったのではないかと推察しています。
「帰国子女だったので苦労した」とか「他のことに夢中になり、成績が下がった時期がある」という話が出たこともありましたが、もともと頭の良いお子さんだったことは、はっきりわかりました。中には「俺は神童だった」と冗談めかして話す方もいましたし(笑)。
【小杉】この結果を目にしたとき、私も自分との違いを突きつけられたようで愕然としましたが(笑)、思い直して真剣に考えてみると「もともと賢い子どもだった」ことが実はとても重要な意味を持っているんじゃないか、と感じ始めたんです。「神童だったのだから、そういう人は会社の社長になるに決まっている」とか、そういう単純な話ではなく、小さい頃から成功体験を得たことが、その人の心理にプラスの働きをしていったんではないか、と。
有名なカナダ人心理学者のアルバート・バンデューラが以前から提唱している自己効力感(セルフ・エフィカシー)の理論を、私は以前から注目していて、これが人のキャリア形成にも大きな意味を持つのだということを本に書いたりもしてきました。そして、この自己効力感を今回の20人が高水準に備えているのではないか、という仮説を立ててみると、他の複数の共通点にも説明がつくことに気づいたんです。