[10]これらのスキルなどをどこで手に入れたのでしょうか?
8番目の質問の答えで私が挙げた3点について言えば、「リードしよう」という強い気持ちと、ストーリーテラーとしての力を手に入れたのは、デルの公共営業部門を任されていた時期です。問題解決能力については、ブーズでのコンサルティング経験とハーバードでの学びの時期にかなりの部分を手に入れられたと思っています。経験から得たことが大きいのですが、的確な助言を与えてくれた上司にも恵まれました。
[11]業界のプロとしての知見はいかがでしょう? やはり必要だとお考えですか?
何より優先すべきは「会社経営のプロであれ」ということではないでしょうか。経営のプロフェッショナルと呼ぶに相応しいだけの力量さえ備えていれば、仮に業界知見のない領域を任された場合にも、それなりの成功につなげていくことは可能だと私は考えます。
もちろん業界知見は重要です。ないよりはあった方がいいし、仮に未知の業界で経営を任されたなら、猛然と学んで吸収していく責任はあると思います。それでもやはり、経営者にとって何が一番重要なのか、というところはブレずに捉えておくべきでしょうね。[12]過去に体験した最大の試練やストレッチされたご経験について教えてください
私は「ストレッチ」という単語について、こう解釈しています。「できない」と思っていたものが「できる」ようになること、だと。
もしも私のこの定義で言うならば、私は今までストレッチしたことはありません。変な言い方かもしれませんが、私は常に「こうなりたい」「これができるようにならなければ」とイメージして、それを達成するために努力を重ねる手法で成長してきました。
もしも私が事前にイメージする「こうなりたい」を、大きく超えるほどの成長を一度でもしたことがあったら、それがストレッチ経験だと言えるのでしょうが、残念ながら(笑)、私は自分のイメージを超えた経験がありません。言い換えれば「これはできない」という発想を私は元来持たないので、結果的にいつもハードルを自分から高く設定してきましたし、相当に頑張らないと「イメージ通り」にはならなかったのです。
ですから「試練」という言葉にも多少違和感を覚えていて、「こうなりたい」を実現しようとすれば、「そりゃあ歯を食いしばるような苦しみも味わうだろう」と事前にイメージしてしまうので(笑)、あらためて厳しい現実と向き合ったとしても「試練」とは感じずに生きてきました。おそらく、それもこれも、今まで私は「やりたい」と思うことをやらせてもらえる恵まれた環境に身を置いてきたからだと思っています。[13]経営者を志す者には、どのような努力や学びが必要でしょうか?
ストレッチの話と通じるかもしれませんが、私は学ぶことを楽しめるかどうかが、とても大切だと思っています。
これまで私は一度たりとも「会社に行きたくない」と思ったことはありません。会社に行けば困難な課題が山積みになっていたりするのに、それでも会社に行くことが楽しくてしょうがない。「そんなに仕事が好きなのか?」と聞かれたら、普通に「いやゴルフのほうが楽しいよ」と答えます(笑)。
それでも、やっぱり朝が来て、出社するとなると、楽しみになる。実はこういう心境というのを同じように味わっている人が多いのではないかと思います。経営者だろうと、そうではなかろうと、自分が今置かれている役割を楽しんでいる限り、実に多くのことを学べる。逆に今の自分の役割を楽しめないようでは、何も学び取ることができない。
ですから、経営者を目指す皆さんは、まず今の自分の役割を楽しみ、「こうあるべき」というイメージを実現していく中で学んでいき、小さな成功体験を積み重ねていくのが一番ではないかと思います。[14]今までに影響を受けた先輩や師匠といえるかたはいらっしゃいますか?
GE在籍時に上司だった伊藤伸彦さんです。仕事を通じていくつもの示唆をいただいただけでなく、私が仕事を離れてハーバードに留学したい、と相談した時にも「おまえがいなくなっては困る」というようなことは一切おっしゃらず、我が身のように考えてくれました。ハーバードへの推薦状も書いていただきました。今でも時々お会いして親しくさせていただいているのが嬉しくてなりません。[15]キャリアの成功とは「計画的に努力して成し遂げるもの」でしょうか?
それとも、「偶然や人との出会いなど、運が影響するもの」だとお思いですか?
私の場合、何年も先を見越したような緻密なキャリアプランに従って行動してきた人間ではありません。すべての転機においては、運というよりも、先にお話ししたタイミングというものが作用して、私のステップを決定づけてきたのだと自覚しています。
かといって、行き当たりばったりにふらふらしてきたとは考えていません。社会人になったばかりの頃、GEでオーナーシップの意義や意味についてきちんと学ばせていただいたことが、とてもプラスに働いていると思っています。「キャリアのオーナーは誰か? それは自分なのだ」という発想を素晴らしく思いますし、それに気づかせてくれたGEには感謝をしています。
その時、その時、自分の価値観に沿ったベストな選択をしていく。それがキャリア形成では重要だと思います。自分は何が幸せだと思うのか。それを自覚して、幸せな自分になるために計画をし、努力をしていくことは必要だと考えますし、そこにタイミングというものが絡んで、その人のキャリアを決めていくものだと思います。[16]なぜ起業ではなかったのでしょうか?
起業をするのに相応しいアイデアと巡り逢わなかったからだと思います。「現存する会社ではどこにもできないことをやる。そのために会社を起こす」というのが起業の成功法則だと思うのですが、そこまで自信を抱けるほどのアイデアを私はこれまで持ったことがないのです。マイケル・デルがこの会社を起ち上げる時に掲げた「世界を変えていく」というビジョンに深く共感していますので、当面はデルを通して世界を変えていく所存です。[17]特別な信条やモットー、哲学などをお持ちですか?
「 What doesn't kill you makes you stronger」です。ニーチェが遺した名言として世界的に知られているのですが、これの日本語訳の多くが「生ある限り困難は続く」なのだと知った時はちょっと驚きました。私が自分の胸に刻んでいるこの言葉はもっとずっと直訳で「死なない程度に苦労をすると飛躍するものだ」というものです。
私は怠け者なので、「相当に辛い思いをしないと成長しないよ」ぐらいに考えていないとサボってしまいます(笑)。だから、この言葉をいつも心に置いているのです。[18]経営者となった今、何を成し遂げたいとお考えでしょうか?
「デルの社員になってよかった」と1800人全員に心から思ってもらう。それが私の望みです。もちろん、会社としての成功を実現しなければいけないわけですが、成功だけでは「社員になってよかった」にはならないはず。私が成し遂げるべきなのは、数字的な成功ではなく、その先にある社員の皆の幸せだと考えています。[19]現在のポジションを去る時、どういう経営者として記憶されたいですか?
「ベターになった」と思ってもらえれば、それだけで幸せです。[20]20代、30代のビジネスパーソンにメッセージをお願いします
伝えたいことは2つあります。1つは、何事にも自分の意見を持って欲しいということ。今会社で担っている役割や仕事をしっかりと捉え、「今のこの状態で本当にベストなのか」と考え、そうではないなら「あるべき姿はどういうものか」をイメージして、自分なりに行動を起こしてイメージに近づけていく。
そういう営みは、今すぐに誰にでもできることだと思います。経営者になった途端に、こうしたイメージが湧いてくるわけではありません。常に「ベストかどうか」をチェックし、「あるべき姿」をイメージし、自分なりのビジョンを実現へと持っていく繰り返しが、最良の学びになると私は考えます。
もう1つのメッセージは、ジャック・ウェルチの有名な言葉で伝えたいと思います。「Change before you have to. Control Your Own Destiny or Someone Else Will.」です。日本人は小さな改善の積み重ねは得意ですが、誰よりも先んじて大きな変革を起こすことを不得意にしてきました。しかし、もはやそうした得手・不得手の話では済まない状況がビジネスの現場に広がっています。
これまでの成果に決して満足することなく、私たちデルも大きな変革を成し遂げようと努力をしているところです。これから経営者になろうという皆さんは、必ず変革を導く役目を担います。違う結果が欲しいのならば、今までと違うことをしなければいけない。それが形になったとき、1つひとつの企業だけでなく、日本そのものも力強く変わっていけると思っています。どうか「余儀なくされる前に改革する」旗手になってほしい、と切に願っています。