[6]ご自身の性格について教えてください。
イージー・ゴーイング。あれこれ悩まない性格だと自分では思っています。そういう性分ですから、例えば持って回った言い方を多用する政治家的なトークやコミュニケーションが苦手です。昔から、単刀直入にストレートで具体的な物言いができるコミュニケーションを好んできました。「Facebookの岩下」としてインタビューを受ける機会が増えてきましたが、「Facebookとは?」と訊かれたら本来は「オープンに世界とつながるプラットフォームで......」と返せばいいのかもしれません。でも、そんなセリフって何かを言っているようで実は何も言っていませんよね(笑)。そういう返答はしたくない人間なんです。
もしかしたらBCGで根付いたのかもしれませんが、「Yesです。なぜなら□□だからです」というように、まず明確な結論を先に言って、その後、理由を具体的に並べていくようなコミュニケーションが好きです。こういう傾向はプライベートにも表れていて、飲みに行くのは好きなのですが、酒場にありがちな「さしてゴールもなく、目的もないような話」を長々とするのは好きではありませんね。
[7]いつ「経営者になろう」と思われましたか?
電通時代、留学の直前です。冒頭でもお話した通り、クライアントのかたとのちょっとしたトークがきっかけで、自分が経営について何もわかっていないことを思い知り、勉強をしなければと痛感したわけです。そして、すでに30代にさしかかっていることも自覚して、どうせ勉強をするからにはいずれ経営の仕事を任されるプロになりたい、と考えるようになりました。[8]経営者に必要なメンタリティ、スキル、経験とは何でしょう?
BCG時代に身についたものの1つとして「鳥の目、虫の目」というのがあります。鳥のように全体を俯瞰して捉える目と、虫のように現場のディテールに宿る問題点を見つけ出す目。この2つを状況に応じたグッド・バランスで使っていかなければ経営というものを動かしていくことはできないと思います。
また、私のような「落下傘型の経営者」、つまり創業者でもなく、その会社に長くいたわけでもなく、あるとき落下傘でおりてきて、いきなり経営者になるような者は「自分でやる」ことと「デリゲーション(委任)する」ことのバランス配分も考慮していくべきだと思います。落下傘型経営者は、その会社にまつわるすべてのことを「自分でやれる」わけではありません。だからこそ、右腕となってくれる人たちを的確に把握し、良い関係を築き、ともに経営をしていく環境を作り上げることが必須になるんです。
「経営者になるために必要な経験」についてお答えするのなら、「あまり考えなくていいですよ」になります。ただし、「経験なんて要らない」と言いたいのではありません。むしろ「これだけたくさん経験したんだから、自分はたいていのことがわかっている」などと自信過剰になったり、「○○の経験と□□の経験をすれば大丈夫」などと決めつけるべきではない。簡単に自分に満足しないこと。そういうメンタリティが大切だと私は考えています。[9]他に経営者に必要な資質や能力などありますか?
数字を見て、経営の全体像をつかめる力は最低限必要でしょう。有力なコネクションやネットワークを持っていることも武器になります。もう1つ付け加えるならばコミュニケーション能力。特に「わかりやすいコミュニケーションができる能力」です。
「大人数に何かをしっかり伝えたい時には、その人数のルート分だけ繰り返し話さなければいけない」という理論があるそうです。要するに相手が16人だったら、最低4回は同じ事を話せ、という理屈ですね。この理論の真偽はさておき、経営者にとって複数の人たち、様々な立場・考え方の人たちに真意を伝えていくのは重要な仕事です。ビジネスがうまくいき、組織が大きくなれば、人数も増える。1対1で丁寧に話そうにも、そうはいかない状況もくる。そうなれば、なるべく少ない時間、少ない回数のコミュニケーションで多くの人に真意をわかってもらえるような能力が問われるようになります。[10]これらのスキルなどをどこで手に入れたのでしょうか?
今お話したコミュニケーション能力について言えば、私の場合、なるべく人と直接会ってトークするようにしていたことが幸いしました。もともと私は意味のないおしゃべりを長々することは好まない人間ですが、仕事に関わる部分では進んで人と会うようにしていました。コミュニケーション能力を高めよう、という目的ではなく、物事を本質的に深く知るうえで、フェイス・トゥ・フェイスで会話することが有効だと信じていたからです。
今の若い人たちは何をするにしても、ネットを活用して情報を得ようとします。それを否定する気はありませんけれども、知りたいと思っているテーマに相応しい人物と会い、直接話をすることは、インターネットに長時間かじりついても知ることのできないような気づきをもたらしてくれます。自分なりの仮説を作り、それを固めていく助けになります。
さらに言うなら、経営者には「思い込んで、それを実行に移していく力」が必要になります。経営というものに100点満点の正解なんてないわけで、しかも結果は皆の目にさらされる。どんな意思決定をしようが、どの選択肢を選ぼうが、不安はつきまとうし、周囲からは必ず批判の声もあがる。それでも決めなければいけない。決めたことをやりぬくことが求められます。仮説思考という言葉は、仮説をまず立てて、それをもとにアクションを起こし、間違っている部分が見つかれば仮説も変えて......という行動様式を指すのだと思いますが、経営者の仕事をする場合、時には仮説を変えることなくやり切ってしまう冷酷さが求められる。それも知っておいた方がいいと思いますね。[11]業界のプロとしての知見はいかがでしょう? やはり必要だとお考えですか?
先ほども話した「鳥の目、虫の目」でいうと、「業界の現場のことを知っている」は虫の目でしかありません。やはり鳥の目も必要になる。しかも業界を俯瞰して見る目だけでなく、例えばHRとか財務といった機能についての鳥の目も必要になる。
ですからこの質問への回答をするならば「もちろん必要ですよ」になりますし、「それだけでは足りませんよ」になります。鳥の目も虫の目も、中途半端な経験や学びでは役に立ちませんから、私自身、いろいろ会社やポジションを変えてきましたけれど、「1つのところに最低3年はいないと」と考えて実行してきました。
マクドナルドでいえば、例えば「なぜバリューセットをあそこまで値引きしても利益が出るのか」というような数字につながる理解、経営に関係するような理解ができて初めて「業界を知っています」と言えるのだと思います。それを新入社員がすぐに理解できるはずはありませんから、現場で無駄かもしれない知識も含めてインプットしていきながら、ある程度の経験を積んでいく中で鳥の目も養っていく。こういうプロセスが意味を持つのだと考えています。[12]過去に体験した最大の試練やストレッチされたご経験について教えてください。
ここまでの回答を読んだら、私のことをただひょうひょうと楽しそうに生きてきたように思う人もいるかもしれませんが(笑)、まあ転職などの転機は常に試練でしたし、ストレッチの機会になっていました。
おそらく最初の試練・ストレッチは電通時代にコロンビア大学へ留学した時。学生時代に1年間アメリカにいたとはいえ、英語がペラペラというわけでもなかったし、一緒に学んだ人たちから刺激を受ける部分も非常に大きかったですね。2つめの大きな試練はBCGへの転職。ここでビジネスマンとしてのストレッチができたと思っています。3つめはマクドナルドでCMOに就任した時。経営者としてのストレッチがありました。
またBCG時代はなんだかんだ言っても、ほとんど日本語で仕事をしていたのですが、マクドナルドではグローバルなリレーションシップの真ん中に立ってマーケティングの仕事などをしましたから、グローバルな仕事におけるストレッチもありました。4つめのストレッチがインターブランド時代。今度は日本法人のトップというポジションでしたから、グローバルな部分も経営者としての面もストレッチすることができました。そしてFacebookに来た今が5度目の試練であり、ストレッチの機会になっています。
最初にも話した通り、日本のFacebookは今、事業として成長拡大する段階に来ています。もともと「Have Fun」の企業文化があるここで、「稼ぐ」という行為を実現しなければいけない。これはそんなに簡単な課題ではないと思っています。現代の若い人が好む「Have Fun」のカルチャーは素晴らしいと思うし、これは存続させたいとも思うのですが、少し変容させないといけない。「Have Funもいいけど、まず稼ごうよ」と。「それぞれが持っている強みを活かし、伸ばしていく風土は素晴らしいけれど、会社にはあまり人が好んでやりたがらない辛い仕事もある。それをやってくれる人も重要だよね」と、Facebookにもともと根付いているカルチャーを存続しつつも、稼げる組織作りをしなければいけない。これが今の私の試練だと考えています。