[2]現在のご自身の役割について教えてください
私の今の主な役割は2つです。1つは事業をきちんと成立させ,安定した経営と再成長の道を切り開くためのしかけを作り込むこと。経営危機に陥ったからには、必ず理由があるはず。今このリスタートの時期を無駄にせず、過去のしがらみや普通の会社が踏み込めない領域にもメスを入れ、きちんと土台を組み直すチャンスです。
もう1つは「勝つことを意識する組織づくり」。日本インターは長期的に安定成長を続けて来た会社ですが、その間、市場も同じように伸びてきました。会社は伸びたが、勝っているのか負けているのか分からない、では困ります。安定成長してきた会社ほど経営不振に弱いし、戦略も曖昧な傾向が強い。市況や為替など、コントロールできない要因に業績説明が偏りがちになり、同じ環境下でシェアを伸ばしている競合の情報が集まりません。市況が良かろうが悪かろうが、競争原理は何も変わっていないので、だれかはどこかで勝っている。
ですから私の役割は、日本インターの社員全員に「戦っている」意識を持ってもらうこと。そもそも誰と戦っているのか、製品群ごとに具体的な企業名が浮かばなければなりません。その上で初めて「その相手にどうやって勝つか」という戦略や戦術が議論される。誰が敵なのかも定まらない上での事業計画が成功するはずもありません。
まずは幹部からの意識改革。その後、現場のみんなに「戦う意識」を根付かせていきたい。いきなり連勝チームになれなくてもいい。負ける度に「次は勝つ」と闘志を持ち、「どうすれば勝てるのか」みんなが真剣に考えて悩んでくれれば、Aクラスチームになれると信じています。
[3]小中学生時代はどんなお子さんだったのでしょう?
私は6歳まで韓国で生まれ育ち、その後、中学までを日本ですごしました。小中学校で通っていたのは「教育は英語で」という親の方針に基づき、インターナショナルスクール。ところが言葉の問題もあって、小学校低学年の頃は成績も良くなく、親が学校に呼び出されたり(苦笑)。見かねた父親が「クラスで一番になったら好きな物を買ってやる」と。それから俄然がんばり、クラスのトップに。どうやら、この頃からインセンティブに弱い人間だったようです(笑)。[4]高校、大学時代はいかがですか?
リーダーシップの芽生えのようなものはあったのでしょうか?
高校と大学はアメリカでした。それまでインターナショナルスクールに通っていたおかげで、様々な異文化の中でも自然と人と交流していました。ところが、アメリカに渡り「自分はガイコクジンなのだ」と初めて感じましたし、大学に行くようになると、ある種のアイデンティティ・クライシスに陥りました。
韓国で生まれ、日本で育ち、東洋と異なる価値観が多いアメリカにいる。「いったい自分は何人なのだ?」と。けれども、「別に何人でもいいじゃないか。『いい人』はどこの国でも『いい人』なのだから。係わった文化から良いものをたくさん身に付ければ人と違う価値観も身に着けられる」そう思えてやっと克服できましたし、その後の人生で大きな意味を持ちました。
リーダーシップの芽生えについては、今思えば、なかったように感じます。アメリカの大学入試は「プロフィールにリーダーシップ経験をどれだけ書き込めるか」を意識する傾向があるので、学校でクラブのリーダーを務めたりはしましたが、それはある種、肩書き欲しさの行為でしたし、学生時代の私が本当の意味でリーダーシップをふるった経験があったとは言えないですね。[5]ご家族やご親戚に経営者はいらっしゃいますか?
父が韓国で次々に会社を起こし、事業を営んでいました。貿易会社、肥料会社、農場、不動産業などなどです。健在ならば聞いてみたい話はいくらでもあったのですが、私の大学在学中に亡くなりました。それでも記憶に残っているのは、父が口を開けば「人の上に立つものは・・」という話を繰り返していたこと。子どもである私にはとても厳しい親でしたが、自分自身のことも厳しく律している人だった印象が残っています。
例えば、とても寒い韓国の冬場に父の会社を訪ねた時のこと。当時その会社の会長職に就いていた父は、会長室の中で暖房もつけずにコートを着たまま働いていました。なぜ暖房を点けないのか聞くと、「コスト削減のために会社中の暖房を切っているのに会長だからといって自分だけ暖かくしているわけにはいかない」、「こういう苦しい時の行動がリーダーの資質を現す」と。金銭的な財産は何も残してくれませんでしたが(笑)、最高の教育と心に残る学びを残してくれたと、感謝しています。[6]ご自身の性格について教えてください。
とにかく新しいもの好きだと思います。新しい課題に取り組む時は、いつもワクワクします。それ以外の特徴は、自分で言うのもなんですが、まっすぐなヤツだと思います。何事に対しても、「正直に、一生懸命」あたることが母親の教育の原点でしたので「いいかげんに済ませる」ことができない性格だと自覚しています。ただ、近年はいかに手を抜いて楽をするかばかり考えているのでバレたら母に叱られそうです(笑)。[7]いつ「経営者になろう」と思われましたか?
冒頭でもお話をしましたが、最初に「経営を学びたい」と考えたのはアメリカン・エキスプレスに在籍していた頃でした。自慢話のようになりますが、当時の私はけっこう順風満帆で過ごしていましたが、ある時、上司から「優秀だけど、本当の苦労をしていない」と指摘されました。「苦労をしなければ経営者になんかなれる訳がない」と考えたのがきっかけになったと思います。
その後、複数の会社で「取締役」とか「関連会社社長」といった肩書きをいただき、仕事で経営に係わるようになりましたが、「社長になりたい」とはっきり望むようになったタイミングは、ディーアンドエム ホールディングスにいた時です。経営幹部の一人として意思決定に参加していく中、漠然と違和感を覚えるのではなく、「自分だったらこうするのに」と具体的な策を考えることが増えていました。そんな自分を見て、「そろそろトップを務める時期なのだろう」と考えました。[8]経営者に必要なメンタリティ、スキル、経験とは何でしょう?
誰しもトップになりたいはずですし、必要な資質は平等に持っているはずです。実際に経営者になった人が持っているメンタリティはいくつかあると思いますが、最も大事なのは「自分の行動を振り返る心構え」だと考えます。自分が何をしたか、しなかったのか。まだ権限もあまりない時期に取り組んだ仕事の結果が良くなければ、ほとんどの人は他人(他部署)のせいにしてしまう。そんな時に「動いてくれなかった」ではなく、「なぜ動かせなかったのか」と、自分の責任だと捉えられるかどうかです。そこで考えて終わりではなく、行動に移すことができれば、経営者としての資質が開花するはずです。
スキルについてですが、世の中に重要なビジネススキルはたくさんある。その内の何が経営者に必要なのかは、自分の置かれている状況によるのではないでしょうか。スタートアップの会社とすでに業界リーダーとなっている企業とでは、おのずと求められるスキルが異なるでしょうし、他にも条件次第でいかようにも違ってくる。だから「経営者に必要なスキル」というのを特定するのは難しい。それに、今の時代はスキルをお金で買う(アウトソース)ことも可能です。ただし、目的に応じた組織を作れる技や数字を読み解く力など、どんな状況下でも必要な基礎的なスキルは最低限、身に付けておいた方がいいでしょう。
経験については、とにかく幅広く持っている方が勝ちです。複数の業種・業態や、営業や経理などいくつもの機能を経験したほうが、後々、重要な意思決定を迫られた時に「何を知らなければならないか」分かります。また、失敗経験や辛かった経験が多い方が絶対有利です。私の場合、幅広い経験をさせていただいたおかげで「少々のことでは動じない心」や難しい局面でも「なんとかなる」と考えられる姿勢を得ることができました。