[13]経営者を志す者には、どのような努力や学びが必要でしょうか?
人間に興味を持つことです。私はそうしてきました。もちろんビジネススクールで学んだことにも非常に高い価値はあったと思いますが、それはコンサル業界や金融業界などに行って、出世して、成功する、というようなキャリア作りにおいて有効なもの。MBAの学びがダイレクトに経営という仕事の出来につながるかといったら、私はちょっと疑問を感じます。むしろ、身近に出会う人間から学ぶことのほうが経営には役立つと思っています。
例えば運動会などに行きますと、私は人間ウォッチングをし過ぎて、ウォッチ疲れで運動会に出ていないのにヘトヘトになります(笑)。父兄の応援場所確保をめぐるつば競り合いなんて、格好の学びのチャンスですし、「このお父さんとこのお母さんがなぜ結婚したんだろう」と思いをめぐらせてみたり(笑)。とにかく、実際に人々がそこで交わしている言葉よりも、それを取り巻く背景だったり、そこでうごめく深層心理的なものだったりを想像しながら見ていると、数々の学びや気づきに出会えるんです。
[14]今までに影響を受けた先輩や師匠といえるかたはいらっしゃいますか?
リヴァンプの澤田さんには身近で影響を受けましたねえ。とにかくこの人には独特の芸風といいますか、処し方というのがある。伊藤忠時代から、交渉事でやって来るのはそうそうたる経営者の方々だったりしたんですが、遠慮なく言いたいことをズケズケと口にする。この私でさえ「若いくせにこんなに図々しい態度でいいのかな」と思ってしまうほどでした(笑)。でも、それは自分のやり方を信じて、貫いているという姿です。有り体に言えば、反面教師にさせてもらった面もありつつ(笑)、自分を信じて疑わない姿勢に強く影響もされました。[15]キャリアの成功とは「計画的に努力して成し遂げるもの」でしょうか?
それとも、「偶然や人との出会いなど、運が影響するもの」だとお思いですか?
人生は「出会い頭(がしら)」です。偶然や運命的な事の連続です。ただし、それが成功に結びつくかどうかはその人次第。運命的出会いに遭遇しても、気づかず、ものにできず、通り過ぎてしまう、なんてこともいくらでもあるでしょう。偶然や運命を確実に成功へとつなぐため、努力をしておくことが求められるんだと思います。[16]なぜ起業ではなかったのでしょうか?
そもそも雇われ社長と起業家のオーナー社長とは根本的に違います。私は確実に前者であって、後者ではない。では何が違うと思っているかというと、やっぱりオーナー社長は良かれ悪しかれ「持ちたい」「増やしたい」の願望が強烈です。ある有名なオーナー社長さんが「営業利益率10%以下なんていうのは会社じゃあない」「拡大再生産できなければ事業ではない」と言い切ったのを直接聞いたことがありますが、その時感じたのは「俺とは全然違う人だな」ということです。
私は、黒澤明監督の『用心棒』や『椿三十郎』を観て感動するような人間です。困難な仕事を請け負って成し遂げるのだけれども、だからといって長居はせずにその場を立ち去る......「これぞ、男だ!」と思うわけです。「起業するぞ」というロマンはないかわりに、皆が「やめておけ」と言うような状態の会社にわざわざ出向いて、そこを立て直していくことに喜びを感じるような価値観の持ち主。起業をしたいと思ったことはなかったですね。[17]特別な信条やモットー、哲学などをお持ちですか?
「一隅を照らす」。それが私の信条ですし、夢を叶えたいと思っている人に最も贈りたい言葉です。あれもこれも手を出して、しかも成功していたら素晴らしいかもしれないけれど、それだけが素晴らしいのではない。今立っているこの場所で、自分に出来る精一杯を一所懸命に取り組む。そうしてこの場所を照らすことができたなら、それがほんの一隅であったとしても最高の人生じゃないか、と思うのです。そして、もしも一隅を照らす人間がまわりにも集まってきて、それぞれの可能性を応援し合えるようになれたなら、こんなに幸せなことはないと思っているんです。[18]経営者となった今、何を成し遂げたいとお考えでしょうか?
特にありません。[19]現在のポジションを去る時、どういう経営者として記憶されたいですか?
自分を記憶してもらうことについて、特段望んでいることはありません。まあ、「去る時期が遅すぎた」と言われないようにはしたいと思っています。[20]20代、30代のビジネスパーソンにメッセージをお願いします。
私がやっているような仕事が今すぐできてしまう人、あるいは、私が今いるような立場にすぐにでも立てる人、というのはたくさんいると思っています。ですからメッセージとして伝えたいのは「早くやってください」です(笑)。プロの経営者を志す人たちは必ずしも「早くなる」ことを目標にしてはいないかもしれませんが、「遅きに失した」にならないよう注意をしてほしいのです。
こういうメッセージを送るからには、私のような立場の人間にも心がけなければいけないことがある。若い人が「早くやれる」ように、身を処していく必要がある。ですから、なるべく早くこの場を去ることが出来るような準備はしておきます。そうしながらメッセージを送りたいと思います。「早くなりなさい」と。