「プロ経営者」になる。〜経営者インタビュー〜

画像:柴野 智政 氏

柴野 智政 氏

「CAFE=Community Access For Everyone」の思想のもと、
WIRED CAFEやOCEANS、COOKCOOP、伊右衛門サロン、浮島ガーデンなどなど単なる飲食店では終わらない
独創的なコミュニティ空間を提供し、業績面でも着実な成長を実現しているクリエイティブ集団がカフェ・カンパニー。
この個性豊かな企業に2013年から専務として経営に参画したのが柴野智政氏。
合計10年以上に渡りボストン コンサルティング グループで多様な事業に関わってきた柴野氏が、
どのような気持ちでカフェ・カンパニーにやってきたのか?経営者としてどのような発想や想いを持っているのか?
ご本人に答えてもらった。

柴野 智政 氏
カフェ・カンパニー株式会社 専務取締役 P.M.C本部長
http://www.cafecompany.co.jp/

1971年、埼玉県生まれ。一橋大学卒業後、ボストン コンサルティング グループ入社。ヘルスケア、ハイテク、消費財など多様なクライアントの案件を担当した後、外食企業の支援・育成に特化したHBI社へ設立時から参画。5年後、サザビーリーグに入社、KIHACHI等レストランブランドのマーケティングを担った。その後、再びボストン コンサルティング グループの一員となり、食品および流通分野を中心にコンサルティングを展開。2013年、取締役として招かれカフェ・カンパニーへ。専務取締役に就任し、管理分野全般の統括と事業開発に携わっている。

[1]自己紹介をお願いします。

私は大学を卒業してすぐにボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)へ入社して、そのまま約10年間に渡りコンサルティングの仕事をしてきました。BCGは、入社後数年間は担当する業種や領域を固定せず、多様なプロジェクトを担っていくスタイルでしたから、私も様々な案件に関わらせてもらいました。在籍期間の後半ぐらいになると、サービス業など消費者との接点が近い事業に興味が湧くようになり、徐々に消費財メーカーや流通に関するプロジェクトにアサインされることも増えていきました。

そんな中、2000年ごろ、少しずつ自分の「この先」を考えるようになり、ヘッドハンターのかたに「面白い社長さんがいたら会わせて」なんて話を軽い感じでしていました。BCGでの仕事に不満はありませんでしたし、どこかの企業に転職したい、という明確な気持ちがあったわけではないんです。社会人になってずっとBCGにいましたから、「そろそろ外を見てもいい時期かもしれないな」と漠然と考えていたわけです。

すると、縁あって吉本社長とお会いする機会を頂いたんです。これが最初の転職のきっかけです。吉本社長は、サントリーグループで、外食企業向けの支援事業を行っていたミュープランニングアンドオペレーターズを当時率いていたかた。彼が「食事でもしながら話をしましょう」とおっしゃってくれて、そうしてお会いして30分もしないうちに「で、いつ来る?」と(笑)。まあ、驚きもしましたが、何となく波長が合うんだろうなと感じました。

当時、サントリーグループは外食企業に対する新たな支援事業を計画中でした。具体的には、このHBIという新会社の立ち上げに関わらないか、という誘いをいただき、腕試しのつもりでOKの返事をしました。

そうして約5年間をHBIで過ごし、外食企業向けの支援サービスをB2Bビジネスとして立ち上げることができました。充実した日々ではありましたが、5年を経過すると、せっかくこの業界にいるならもう少しBtoCのビジネスに関わってみたいという願望が強くなっていました。

ちょうどそんなタイミングでサザビーリーグが人材を探している、という情報を耳にしたんです。昔から憧れを抱いていた企業でしたし、角田雄二さんや熊谷喜八さんといった時代を作ってこられた方々とお会いするうちに決心が固まり、サザビーリーグへお世話になることにしました。

主にKIHACHIブランドの経営全般に携わせて頂きました。仕事は充実していましたが、任される範囲が広がるにつれてまだまだ自分に足りないものがあることを実感する日々が続いていました。その後、事業環境の劇的な変化もあり、そんなモヤモヤした想いをBCG時代の先輩に相談していたら、「じゃあ、帰ってこいよ。」と(笑)。思いがけずBCGに復職するチャンスを頂き、もう一度修行しなおすつもりで転職を決断しました。

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7年ぶりのコンサルティングファームだったので、最初は悪戦苦闘しましたが、多くのクライアントや仲間と出会い、以前とは違う新しい経験を重ねることができました。それから3年後、やはり人との出会いによる転機が訪れます。HBI時代に親交のあったカフェ・カンパニーの楠本社長から「食事でもしよう」と誘われたんです。「最近どう?」というような会話をしていたのですが、そのうち「そろそろ来る?」なんて話しになりまして(笑)。プロフェッショナルファームでのこれからのキャリアを考え始めていたこともあり、これがきっかけで現在の仕事に携わるようになったんです。

最初の転機と似たような展開でしたが、この時はすぐにイエスとは言えませんでした。もちろんカフェ・カンパニーという会社には好い印象を持っていました。創業からぶれずにビジョンを掲げ、変化の激しい外食業界にもかかわらず、持続的な成長を重ねていることに尊敬の念も抱いていましたし。しかもその時に、会社は第二次創業期を迎え、新たな経営体制を作りたいという考えも伺いました。

好感を持っていた企業に経営陣の1人として参画できるのですから、昔なら簡単にOKしたでしょうね。しかし同時に、「また外食業界で自分はやっていけるのかなぁ」という気持ちもあり、そのときは珍しく「ちゃんと腹落ちするまで考えたいので、少し時間をください」とお答えしました。

そんな折も折、HBIでお世話になった吉本さんがお亡くなりになるという出来事がありました。葬儀の席で彼が紡いだ時間に想いを馳せるうちに、「これも何かの縁なのかもなぁ」という気持ちがわいてきて、最終的にカフェ・カンパニーにお世話になることを決意し、今に至っています。

[2]現在のご自身の役割について教えてください。

経営企画、人事、財務、調達といった管理分野の業務全般を担当し、同時に楠本ら経営陣とともに事業開発を進めている。それが現在の私の役割です。

[3]小中学生時代はどんなお子さんだったのでしょう?

埼玉県の春日部市に生まれて、草加市で育ったごくごく普通の子どもでしたよ(笑)。成績もまあまあ、というところでしょう。ただ住んでいた地域では校内暴力なんかも盛んで(笑)、親に無理言って私立の中高一貫校へ進学させてもらいました。この経験で、子どもながらに「努力さえすれば未来は変えられるんだ」ということは学んだのかもしれません。

中高では6年間を通じて陸上部に所属し、高校では400mハードルの選手でした。学校は千葉県にあったので陸上激戦区。華々しい大会での優勝などは達成できませんでしたが、その中では結構頑張っていたほうではないかと自分では思っています。

[4]高校、大学時代はいかがですか?
リーダーシップの芽生えのようなものはあったのでしょうか?

陸上部で部長になりましたが、顧問の先生との連絡係くらいしかやっていなかったので、リーダーシップ云々を語れるほどの部長ではなかったと思います。大学は一橋でした。中高と私立に通わせてもらい、親にお金を使わせてしまったので、頑張って入学しました。ただ、大学の時も、ごく普通の学生でした。

就職にあたっては、世の中の流れに影響を受けましたね。大学1年生の頃はバブルで景気が良かったのに、2年生になる頃にはだいぶ雲行きが怪しくなっていることが当時の私にもわかりました。「早いところ手に職をつけないと、生きていけないぞ」というような危機感もあって、「修行できるところ」という方向性で就職活動をしていったんです。

その流れでコンサルティング・ビジネスというものの存在も知り、BCGのインターンシップに参加をしてみたら「これはいい」と感じました。厳しそうではあるけれども、確実に鍛えてもらえる予感が働いたんです。そうなると、途端に他の就職活動先が色あせていき、入社を決めました。実際、とことん鍛えてもらった満足感を今も持っています。

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