[2]現在のご自身の役割について教えてください
私は何度も転職をしてきたわけではわりませんから、ビジネスマンとしての経験値はP&Gで得たものしかありません。様々な役割をこなしてきたといっても、本格的に経営の仕事を任されたこともありませんでした。ただ、2012年に正式に社長となるまでの1年弱の期間に、「社長代理」的ポジションを経験できたことが幸いしました。
「代理」ですから、周囲もさほど厳しい目では見てきません。重たいプレッシャーを感じないで済む空気の中で、私はマイペースで社長業を覚えていくことができたのです。おかげで、正式に就任した後も、スムーズに経営者としての仕事をしていくことができている、と自分では思っています。
では、私が特に優先して果たさなければいけない役割は何なのかというと、「利益とシェアの拡大」です。当たり前すぎる返答かもしれませんが、経営者というのは結果を出してなんぼだと確信しています。とりわけ日本のダイソン株式会社は、製品を「作る」機能を担っているわけではありません。「売る」ことが使命の大部分なのですから、この1点に集中しています。
おかげさまで、2011年以降の実績はそれ以前の2倍にまで増大しました。勝因はシンプルな姿勢にあったと自負しています。掃除機も扇風機も、当社の製品は他を圧倒する性能と、独自性を持っています。この特徴をきちんと伝えることに焦点をしぼり、ストレートな表現で強みを伝えていく。製品が良いのだから、ありのままを伝えればいい、という発想と行動が数字につながったのだと考えています。
もちろん、日本ならではの製品ニーズはあります。欧米の人と日本人は生活の習慣も空間も違いますから。そして、その点は本社も理解しており、アジア人の生活になじむダイソン製品の開発というものを、まずは日本市場で実現できるよう動いています。
ただし、だからといって「日本で売る」使命を持つ私たちが、過剰なほどに消費者調査をしているかというと、そうではありません。市場が求めていることを知り、それに会わせて製品を改良する、というよりは、今ある強力な性能面での強みを、技術革新により、さらに高めていくことが、最終的にはお客様の満足につながる。ダイソンはそうした思想で動く会社です。
それだけに、私たちがエネルギーを注ぐべきなのは「しっかりと伝える。店頭、広告媒体、記事、コールセンターその他、あらゆるタッチポイントで、正直に誠実にお客様へ情報を伝える」ことなのだと考えています。
[3]小中学生時代はどんなお子さんだったのでしょう?
基本的に成績はまあまあ、素行も真面目な普通の子どもだったと思います。住んでいたのが大阪の下町だったので、処世術は磨くことができたと思っています。等質な人間ばかりが集まっている日本社会にあって、大阪の下町は珍しく多様性のある環境でした。
家によって貧富の差も激しいし、異なる背景、家庭環境の者も普通にいますし、主義主張の違う人たちがごちゃ混ぜになって暮らしている街だったため、相手がどんな人であろうとうまく接していく方法を子どもながらに身につけていた気はするんです。他に特徴的なことを挙げるとすれば、小学生の頃から今に至るまで読書好きだった点でしょうか。あとは自然が好きでワンダーフォーゲルやら、いろいろな野外活動もしていました。[4]高校、大学時代はいかがですか?
リーダーシップの芽生えのようなものはあったのでしょうか?
高校は近所の公立校で、大学も地元、関西の学校にすすみました。高校大学は等質な世界でしたね。しかし、小中学生の時から何かが大きく変化したわけではありません。やはり本と自然を愛する普通の子だったと思います。後々のリーダーシップにつながるような華やかなリーダー経験というのもしていません。
それは社会に出てからも同じでした。「俺はリーダーになるぞ」と心に決めて行動したこともありません。冒頭の自己紹介を読んでいただければおわかりのように、「それどころじゃない」状態だったんです(笑)。常に目の前には自分より高度な人たちがいて、必死でそのギャップを埋めなければいけない、という状況の中にずっといました。[5]ご家族やご親戚に経営者はいらっしゃいますか?
いません。[6]ご自身の性格について教えてください
社会人になるまでの私の性格は、前にも言いましたが、「鼻持ちならない、斜に構えた人間」でした(苦笑)。何か飛び抜けた能力を持っているわけでもないのに、できるような顔をしていて、だからといって皆をリードしていくような役割を買って出ることもない......まあ、要するに「ちょっとイヤなヤツ」でした(笑)。
テレビの戦隊ものでいったら「青レンジャー」。赤レンジャーほどの力もなく、皆のために自己犠牲をいとわないわけでもなく、それでいながら緑や黄色よりはできるヤツのつもりでいる(笑)。そういう若者だったと自分でも思います。
そして、この青レンジャーが社会に出たとたん、高々だった鼻をポキリと折られたわけです。その時点から、素直になりましたし、温厚な性格になったと思います。情で動く人間ではないけれども、ガチガチの理論派でもない。そういう性格だと思っています。[7]いつ「経営者になろう」と思われましたか?
先に申し上げた通りです。「なろう」と思ったことはありませんでした。あったとすれば「次期社長候補の1人らしい」という情報をダイソンで聞いてからの約1週間だけです。つまり、ほんの2〜3年前です。[8]経営者に必要なメンタリティ、スキル、経験とは何でしょう?
メンタリティで大切なことは4つです。前向きであること。客観的であること。素直に現実を受け止められること。失敗をした時に、そこから価値あるものをラーニングしていく気構えがあることです。
スキルでは3つ大切なものがあると思っています。情報収集能力。集めた情報を体系化・単純化する能力。問題解決の方法をきちんと自分の頭の中で整理し、引き出しに入れておき、必要に応じてそれらの中から適切なもの選び、用いて、成果につないでいく能力です。
経験については、人それぞれに置かれている環境に影響されると思うので、「こういう経験は絶対に必要」と言い切るのは難しいと思っています。ただし、私の場合でいうと、望むと望まざるとにかかわらず、常にその時の自分には手が届かないような大きな差、大きなギャップを突きつけられた経験が成長をもたらしてくれました。
ですから、「今までの自分の力」だけでは太刀打ちできないような環境に身を置く経験をしていくことが、人を育てるのではないか、と考えています。