「プロ経営者」になる。〜経営者インタビュー〜

画像:西谷 浩司 氏

西谷 浩司 氏

かつて「日本にHONMAあり」とまで世界のゴルファーに愛された本間ゴルフだが、2000年代に入って、様々な問題から経営の危機を迎え、民事再生法適用とまでなった。
海外資本との提携等を通じて復活の道を歩み始める中、社長となったのが西谷浩司氏。ごく短期間で経営を建て直し、再び「世界のHONMA」となるべく躍進をリードしている。
では、この西谷氏とはどんな人なのだろうか?マッキンゼー〜GE〜ミスミ〜RHJIという経歴の「次」に、なぜ本間ゴルフを選択したのか?プロ経営者として何に重きを置く人なのか?

西谷 浩司 氏
株式会社本間ゴルフ 代表取締役社長
http://www.honmagolf.co.jp

1964年、神奈川県生まれ。東京工業大学大学院システム科学専攻を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。在籍中の最後の年にロンドン・ビジネス・スクール(LBS)への留学〜マスターズ・イン・ファイナンス課程(MiF)修了を果たし、GEキャピタル、GEエクイティーへ。その後、ミスミグループ本社での取締役就任を経て、RHJインターナショナル入社。3年後の2009年、本間ゴルフへ。翌2010年、代表取締役社長に就任した。


(※現在は退任されています)

[1]自己紹介をお願いします。

私は大学院を修了後に新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)に入社しました。今だから言えますが、最初の動機は「あの会社に就職活動で行くと、昼ご飯が食べられるらしい」と聞いたからです(笑)。会社の内情を知るには学生として話を聞けるこの機会にいろいろなところに行ってみようと考え、他にも各種メーカーや、当時流行っていた商社や銀行、シンクタンク、外資系ではP&G、変わったところでは日銀などへも就職活動をしていたのですが、とにかくマッキンゼーにはこういう軽い気持ちで行きました。

そこで出会ったのは入社3年くらいの先輩社員。その人が一人でとにかくしっかりと自分の会社のことや仕事のことを説明してくれて驚いたんです。他の企業でこれほど若い人がこれほどしっかりと発信できるところはなかった。しかも、よくわからないなりにマッキンゼーのコンサルタントがやっている仕事というものがどんどん魅力的に思えてきて、それで入社を決めました。

マッキンゼーには約9年間在籍し、膨大な学びを手に入れ、成長できたと思っています。あるとき「企業のことをもっと理解したいのならば、おまえはファイナンスについて学んだ方がいい」と言ってくれるかたがいて、ビジネススクールへの留学を意識し始めました。

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当時は北米西海岸を中心にIT技術を核とした画期的なベンチャー企業が出てきていました。その背後にはベンチャーキャピタルの存在があることを知って、マッキンゼー入社後間もなく、何となく憧れのようなものを抱いていたんです。その後、マッキンゼーで私が取り組んできたのは、主にバランスシートの左側である資産の管理手法だったんですが、ベンチャーキャピタリストになるには右側の負債・資本の管理手法の知識・経験が必要だと感じ、それを身につけるにはまずビジネススクールで集中して学ぶ必要があると考えるようになりました。

ただ当時は既に30歳を超えていたので、今更遅いかなと感じつつもファイナンスに特化した1年のコースがあることを知ってLBSへの留学を決意したんです。留学期間中からPE(プライベート・エクイティー)業界を研究しはじめたところ様々な形態のPEファームがあることがわかりました。その中でも私は、投資先の事業になるべく深く入り込んで事業価値を向上していくスタイルの方が自分の経験を活かせるのではないかと考えました。

そこで、事業会社の中でプリンシパルインベストメントを行い、なおかつ、社員教育に力を入れているGEキャピタル・GEエクイティーへの転職を決めたというわけです。ここでもさらに成長できたと思っていたのですが、GEグループのトップがジャック・ウェルチからジェフリー・イメルトへ移った時期とも重なり、組織がいろいろと動く中で、次のステップを考えるようになりました。

そうして入社したのがミスミ(現在のミスミグループ本社)です。まだPEの仕事に気持ちがあったので、そのままストレートに「もしかしたら、いずれPEの仕事に戻るかもしれない」とトップの三枝匡さんに話したところ「それでもいいよ」と言ってもらい、執行役員として入ることになりました。その後間もなく取締役となり任されたミッションの内でも特に大きかったのが中国の市場で事業を確立する、というもの。ここでの経験がまた自分を大きくしてくれたと今も思っています。そして、子会社ながらも1つの組織のトップを任されるという得難い経験を積むこともできました。

その後、RHJインターナショナルでGE時代に経験できなかったフェイズのPE業務に携わった後、2009年に今の本間ゴルフに来ました。もともとは、GE時代にお世話になったかたから「投資先に本間ゴルフがあって、更なる飛躍を必要としている」と聞かされ、誰か相応しい人間が中に入って動かす必要があることを知りました。そのうち、私自身の中に「自分にやらせてもらえないだろうか」という気持ちが芽生え大きくなっていきました。

幾つかの海外生活経験や年齢的なこともあるかもしれませんが「自分のために頑張ろう」から「少しでも日本の素晴らしさを世界に広めたい」という気持ちが膨らんでいました。ゴルフというのは楽しい世界だし、人に夢を与え人生を豊かにするものでもある。そこで大きな成果を積み上げてきたHONMAブランドを世界に発信できるなら、そして、そこで自分が少しでも役に立てるなら、「やってみたい」と思うようになったのです。

それで、「私でどうでしょう?」と自分から手を挙げ、この会社に来ました。入社した翌年には社長となりましたが、社長になるために来たわけではありません。今の立場も、様々な状況が重なった結果、「私で役に立てるなら」の気持ちで就任した形なんです。

[2]現在のご自身の役割について教えてください

私が本間ゴルフに来た2009年から2010年あたりの頃は、リーマンショックに見舞われたり、中国資本との提携話があったりと、いろいろな面で試練を迎えていたので、経費削減などによる経営の建て直しをしつつ、将来に向けた布石を打つことが私の役割でした。

しかし今では「HONMA」ブランドの再興や、国内のみならず世界市場に打って出る戦略の実行など、本格的な攻めの動きに役割が変わってきています。実際、今年2月に発売したTour Worldシリーズのクラブは、特にプロや熱意系ゴルファーからの評判が高く、実績としても対前年比で3~4割アップという感じになっています。ゴルフをされる方には、是非一度手に取って試して頂きたいですね(笑)。

[3]小中学生時代はどんなお子さんだったのでしょう?

小学校時代は普通の子でしたよ。まあまあ勉強はできましたが、特に塾通いをしていたわけではありませんし、のびのび子どもらしくやっていました。進学塾などに通っていなかったくせに、近所にある寺子屋的なところには顔を出して、そこのお母さんが出してくれる食事だけ食べて帰ったりして(笑)。

中学に入るとテニスに夢中になりました。生徒会長もやりましたね。ただし「生徒会長になってリーダーをやるぞ」というような意識が強かったわけではないんです。「成績がまあまあ良くて、テニスもそこそこ頑張っていて、話すと結構面白い......」となると、学校ではそれなりに人気がでるものらしく、それで先生や周りに薦められて立候補したら番長的存在だった友人が票を集めてくれて(笑)、それで当選してしまった、という感じです。生徒会長になれば、大勢の生徒の前で話をしたりする機会があります。なりたかったわけではないけれども、なってみたらイヤではなかった。皆の前でしゃべったり、リードしたりする役割が苦にならない自分に気づいたのは事実です。

[4]高校、大学時代はいかがですか?
リーダーシップの芽生えのようなものはあったのでしょうか?

高校時代も普通でしたよ。独特なのかな、というエピソードがあるとすれば、当時の私には浪人願望のようなものがあって、それで望み通りに(笑)浪人を1年しました。なぜ浪人したかったかというと、「青春って感じがするから」(笑)。1980年代はそうだったんです。青春ドラマの主人公は決まって浪人生だったりしたものです。どこか浪人生特有の自由で怠惰なムードに憧れて、パチンコ屋さんに通ったりする夢の生活を満喫しました。

一応、「夢の生活」は1年で十分だと思っていましたから(笑)、勉強もしました。そうして入学したのが東工大です。本当は理論物理学が好きだったのに入ったのは化学工学系の第3類。「ちょっと違うかな」と感じたため、経営工学を学べる第4類に転類し、そのまま大学院のシステム科学専攻に進学しました。ここでの学びが、その後の私にとって大きなものになっていきました。システム科学というのは、事物事象を概念化して、システムとしてメタで見ていく学問。ビジネスで物事を考える時に大いに役立っていったんです。

[5]ご家族やご親戚に経営者はいらっしゃいますか?

身近に会社経営をしている大人はいませんでした。私の家系は、もともと教師一家のようなところがあり、父母も祖父母も叔父も教師でした。若い頃は特に何も感じませんでしたが、今になって「教師とはつまり人を育てる専門職。究極の仕事だな」と感じ始めています。毎年、大勢の教え子を受け持ち、そういう立場を何年も続けていく。これはすごいことです。何も感じていなかったとはいえ、卒業した教え子の皆さんから年賀状が毎年どっさり届く父を見て、単純に尊敬の念を抱いていました。「年を取ったらどこかで若い人達に自分の経験を伝えてみたいかな」なんていう気持ちが、ちょっとだけ私の中にもあります。

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