[10]これらのスキルなどをどこで手に入れたのでしょうか?
「話を聞くスキル」の重要性を痛感したのはマースに来てからでしたが、もとをただせばBCGの頃にもその大切さを意識していました。どんなビジネスの案件だろうと、成功するかどうかを決定づけるのは人です。BtoCビジネスならば、消費者という人が鍵を握ることはすぐ理解できるでしょうけれど、BtoBビジネスだったとしても意思決定をするのは人です。
BCGで学んだのは、この様々な「人」という存在が「必ずしもロジックだけでは動かないんだな」という真実。ロジックと感情、その双方を常に見つめて行動しなければいけないんだ、という学びをBCGで得ました。
前向きなメンタリティについてはBCGとラグビー部の両方で手に入れたと思っています。ラグビーというスポーツをよく知らない人は「力持ちの大男たちがやる競技」だと思い込んでいるかもしれませんが、実はそうではありません。勝利するため、ポジションによって明快に役割分担をして、それぞれのポジションの選手が自らの役割を全うしながら連携をしていく。その重要性の高い競技がラグビーなんです。
ですから、ちょっとやそっと押してもびくともしない大男もいれば、同じチームに小柄だけど足の速さはピカイチという選手もいる。派手な役回りのポジションもあれば、地味な縁の下の力持ちもいる。結局、強いチームの条件は何かと言えば、役割の違う選手たちが勝利という目標に向かって1つになること。
そして1つになるために何が必要かといえば、共通の目的に向けての自己犠牲の精神。どんなにしんどくても前向きな気持ちでチームのために犠牲を払っていくスピリットというのを、私はラグビーを通じて学ぶことができたと思っています。
[11]業界のプロとしての知見はいかがでしょう?
やはり必要だとお考えですか?
必ずしもなくても構わないと思います。その時のチームの状況にもよりますが、外からやって来た者がわからないなりに臆さず自分の意見を口にすることには、ちゃんと意味があると思います。ずっとその業界の中にいた人では思いつかなかった発想というものを提供できる機会は必ずあります。
ですから、業界知見を持たずに参画したとしても、自分の意見は口にする。意見が衝突することを恐れず、間違った意見を言ってしまうことも恐れずに、自らの意見を主張し、相手の意見もしっかり聞いていくことができれば、物事は建設的に進むと思います。
ただし「自分にはわかっていないことがたくさんある」という自覚を忘れてはいけません。だからこそ、意見を言うばかりでなく、「聞くスキルと姿勢」というものが問われるわけです。[12]過去に体験した最大の試練やストレッチされたご経験について教えてください。
試練はたくさんありましたが、すぐに思い浮かぶ経験は2つですね。1つはBCGで最初に参画したプロジェクトでの話。建設機械企業をクライアントにしたものでしたが、この案件のリーダーは「日本語がペラペラの英国人」でした。
なんの支障もなく漢字も含めた日本語でコミュニケーションをできていたリーダーなのに、当時の私は「せっかく上司が英国人なんだから、いずれグローバルな仕事をする時の練習もかねて」などと考え、言ってしまったんです。「私との仕事の話はすべて英語でお願いします」と。どうなったかといえば、めちゃくちゃ苦労しましたし、大いに後悔しました(笑)。
リーダーもリーダーで、その気になれば日本語で話せるはずなのに、頑として英語でしか話しかけてくれませんでした。けれども、必死になってなんとか乗り切ると、努力を認めてくれたらしく、その後は私が望んでいたグローバルなプロジェクトに呼んでもらえる機会が増えていきました。
もう1つの試練は、つい最近のことです。2011年に起きた東日本大震災のおり、覚えているかたも多いでしょうけれど、福島原発の状況が不透明な中で、東京本社で事業をどこまで継続できるか、難しい判断を迫られました。当時、フランス大使館は東京からの避難勧告を出し、海外のブランド企業は本社機能を大阪に移転したりしていました。
震災直後の1~2週間は、未曽有の大災害に見舞われた被災地の皆さんに向けて「マースには、我々には今何ができるのか」を経営陣みんなで素早く考え、決断すべき時でした。当時、被災地では人間も、ペットたちも本当に困っていました。今日必要な食べ物を買いに行っても店頭は欠品だらけ。私たちには「やらなければいけないこと」があったのです。
チームでの真剣な議論の結果、在宅勤務なども併用して、「やるべきこと」「やれること」を絞り込んでアクションプランを練ったことで東北の皆さんに素早く物資を届け、被災地の皆さんに喜んでいただくことができました。
この経験を通じて得られたのは「社長というのはギリギリの状況で最終判断を下し、その結果に対してきっちり責任を取るのが役割だ」という覚悟。先輩経営者のみなさんにとっては当たり前のことかもしれませんが、とても貴重な経験をさせていただきました。[13]経営者を志す者には、どのような努力や学びが必要でしょうか?
我が身を振り返り、素直に反省し、成長を続けようとする姿勢。これに尽きます。先ほど申し上げたマースに来てからの私の失敗談が典型例です。あの時、「強い社長」であることに固執して、社員の皆にカミング・アウトしていなかったら、いったいどんなことになっていたんだろうと思います。
マースというオープンな会社にいたからこそ、私は素直になれましたが、どんな企業で経営者になる場合にも、自分をあるがまま以上に大きく見せようとすることなく、素直さを持って反省する姿勢は不可欠だと考えています。この姿勢さえあれば、多くの人から学びを得ていくことができるはずです。[14]今までに影響を受けた先輩や師匠といえるかたはいらっしゃいますか?
数え切れないほどたくさんのかたから影響を受けてきました。「中でも特に」ということならば、BCG時代にお会いしてきたクライアントの皆さんです。どのクライアントもBCGと向き合うとなれば、それはすなわち経営の浮沈をかけた真剣勝負です。優れたかたがたが真剣になってぶつかってくる。甘えは許されませんし、必死で向き合うしかない。その繰り返しで私は成長させていただいたのだと思い、感謝をしています。
そして、今のマースで一緒に働く仲間、特にマースジャパンの経営陣のみんなからは、本当にいろんなことを学ばせてもらっています。毎日一緒なのに普段はあんまり感謝の言葉を伝えられていませんが、心から感謝しています。[15]キャリアの成功とは「計画的に努力して成し遂げるもの」でしょうか?
それとも、「偶然や人との出会いなど、運が影響するもの」だとお思いですか?
私自身がどうだったかと言いますと、いろいろな出会いに恵まれてここまで来たと思っています。私の場合、キャリア形成を思い描いて「○○になろう」と計画的に行動したことはありません。「この人はすごい」「この人と仕事をしてみたい」という発想で生きてきました。今の状態に導いてくれたのは、「面白い」と思える人と出会えた運や縁です。
といっても、普段から一生懸命に努力していない人には出会いも運もめぐってこないのではないかと思いますので、質問への回答としては、努力があって出会いがめぐってくる、ということだと思います。
最近、就職活動中の学生さんによく言っているのは「人生で大事な決断に迷ったら、頭を使うんじゃなく、腹を信じろ」という言葉です。自分のキャリアについて、頭で考えたらきりがないほど悩むこともあるでしょう。様々な情報や、いろいろな人の意見をインプットすればするほど判断に迷う場面というのはあります。そういう時には、下手に客観化できる事実や理屈ではなく、英語で言うならGut Feel、つまり「腹に落ちる」か、自分の気持ちに聞く。
例えば、世間でよく言われる「一流企業」だけど、どうも自分の働く場としてもう一つ燃えてこない会社と、そんなに知られてないけど「ここで働くと面白そうだ」と感じる会社、この二つで迷ったら、私は後者を選んできました。大学院を辞退してリクルートに行くときも、リクルートからBCGに移るときも、だいたい周囲からは反対されましたが、反対されてもあえて選んだ場だったからこそ、大変な局面でも頑張れたと思います。[16]なぜ起業ではなかったのでしょうか?
環境のせいかもしれません。リクルートでもBCGでも、出会うのは独立心旺盛な人ばかりでしたし、実際に独立していく人も珍しくなかった。そういう風土に長年いて、クライアントと一体になって新会社や新規事業を立ち上げる体験をたくさんしてきました。疑似体験かもしれませんが、起業に近い経験は十分してきたと思います。
そして気づいてみたら、今「マースを強くする」ための営みが楽しくてしょうがない。「ダントツ・ナンバーワンを目指そう」という昭和フレーバーの泥臭いスローガンを掲げていますが、若い社員たちもちゃんと共感してくれて、皆で連帯して大きな目標に向かっています。ですから、起業しようという興味は今のところありませんね。[17]特別な信条やモットー、哲学などをお持ちですか?
「自然(じねん)」です。人は自分以外にはなれない、今の自分は畢竟ありのままの自分でしかない、という考え方を示した言葉だと解釈しています。誤解しないで欲しいのは「オレはオレなんだから変えられない。だからそのまま受け止めてくれ」と相手に自分を押しつける発想ではありませんし、成長意欲を放棄するということでもありません。今の自分はいったい何者なのか、その本質をいつもきちんと正面から見据えて、「そんな自分」が役に立っていくにはどうすればいいか考える。
たとえばBCG時代の私は社内で仕事に厳しい人間だと思われていたはずです。実際、私自身が「こんな自分と同じプロジェクトに参加するヤツは大変だろうなあ」と思っていましたから(笑)。真夜中になって上がってきたレポートを読んで「こんなのBCGのアウトプットじゃないよね。朝までにやり直して」とレビューするなんてことは日常茶飯でした。言われたほうは大変です。
でも、仮に私が上辺だけ自分をごまかして態度を変え、アウトプットのクオリティに妥協しても、誰も得をしません。自分をごまかさずに出していって初めて生まれる連帯感というものがある。BCGには以前から「異質からの連帯」という思考が根付いていました。尖った形のピースを集めてきても、上手に組み合わせればキレイな丸になる、という考え方。
いろいろ異なる強みを持つ人間が連帯すれば、同質同形状のピースだけで作るよりも、ずっと価値ある大きな丸を作れる。そんな伝統の中にいるうち、私の中に「自然」という理念が根を下ろしたのかもしれません。
先のマースでのカミング・アウトの一件などは、むしろ私が私を見失っていた。「強い社長」つまり、今の自分以上の自分にならなきゃ、と思い込んで「自然」ではなくなっていた。その過ちを社員がただしてくれて、いつもの私を取り戻すことができました。もちろん、自己成長は絶対に必要ですし、改善すべき自分がいれば変化を起こしていく必要もあります。
ただし、人間だれしも得意なこともあれば不得手もある。自分の得意なところや強みのある部分を活かしてとことん貢献し、不得意なところはチームの助けを借りる。これが本当のチームワークにつながり、チーム全体の力も向上すると思います。
常に今よりも良い自分になる努力を続けながらも、「今」の自分については買い被りも過小評価もせず、その最適な活かし方を見つけていく。そう信じて、「自然」という言葉を胸に刻んでいます。[18]経営者となった今、何を成し遂げたいとお考えでしょうか?
先ほど申し上げた「ダントツ・ナンバーワン」を達成して、お客様も社員も皆がスマイルになることです。私がマースに来た時はシェアをライバルに奪われ続けている苦境にありました。それでもなお、社員の皆は決して下を向かずにトライを続けていて、私は本当に感銘を受けました。彼らはスマイルを勝ち取る権利を持っている。だから、何が何でも社員の皆を心からの笑顔にさせたい。そう思っています。
幸いなことに、日本市場に長くコミットしてきたマースの上層部は日本市場の価値を高く評価してくれています。「世界のタイムマシン」である日本で皆がスマイルを浮かべるということは、遠くない将来、世界中のマースの社員やお客様もスマイルになるということなんです。
グローバル企業が日本市場での成功をテコにして世界規模の成功にしていく。そういう例が増えていけば、世界中の人々の日本に対する評価も変わります。そもそも当の日本人が自分たちの良さを忘れて自信を失っているのが近年の実情ですけれど、留学した時に私は痛感しました、日本で作られ使われているありとあらゆるモノの出来の良さを。
アメリカに行けば、日本ではなかなかお目にかかれないカッコいいアパートなんかもたくさんありましたけど、部屋に入ろうとしたらドアがちゃんと開かなかったり(笑)。
今、私のところには海外からの幹部の訪問も多いのですが、ランチの時に彼らをあえて定食屋のチェーン店「大戸屋」へ連れて行くんです。すると彼らは味の良さと値段の安さを知って必ず驚きます。パリ出身の幹部が言っていました、「こんなに美味しい料理をこんなに安く食べられる店は自国にはない」と。
経営者として私が成し遂げたいことは、まず第一にマースを通じてお客様や社員をスマイルにすることですが、できればそういう成果が連鎖的に広がって日本の皆が自信を取り戻すことにつながってくれれば言うこと無しですね。