会計系ファームに起こったストラテジー強化の動き。
KPMGが目指すのは「3+1」を完成させて企業の期待に応えること
ディール・アドバイザリーで圧倒的な実績を誇るKPMG FASは、メンバーファーム各社の連携によって、早くからあらゆるフェイズにおける顧客企業の期待に応える動きを果たしてきた。そうした中で、ストラテジー分野強化の必要性をいち早く察知し、プレディールにおける市場参入戦略の立案や、コマーシャル・デューデリジェンス、事業計画策定といった上流工程に特にフォーカスした組織の構築を急速に進めてきた。
一方で、時を同じくしてKPMGインターナショナル本部でも、ストラテジー領域を強化するべくKPMGグローバル・ストラテジー・グループ(以下、GSG)が立ち上がった。こうして、ジャパンとインターナショナルの双方の動きを同期させる形で2014年に正式に誕生したのがKPMG FAS内に設けられたストラテジーグループだ。そしてGSGの日本拠点としてKPMGジャパン内を横断して構成されているこの組織を牽引しているのが井口耕一氏である。では、ストラテジーにフォーカスした部隊を編成し、強化している背景には何があるのか?
「KPMGがグローバルに展開するアドバイザリー・サービスは3つあります。ディール・アドバイザリー(以下、DA)、リスク・コンサルティング(以下、RC)、そしてマネジメント・コンサルティング(以下、MC)です。今回GSGの立ち上げに踏み切った背景には、『ストラテジー関連のサービスをKPMGにとっての4本目の柱にすることでより付加価値の高いサービス体制を構築できる』という目的意識があったからです」
DAは、いわゆるM&Aや企業再生を担うサービスライン。KPMGのみならずBig4(世界4大会計事務所)はいずれもこのDAを大きな収益源にしている。RCでは主に内部統制や様々なリスクコンサルティング領域を担うサービスが主力、MCは多様なコンサルティング案件を担う中、IT絡みの経営変革の上流工程などを収益源にしているという。KPMGのアドバイザリー部門は以上の3本柱によってサービス体制を固めてきたわけだが、ここへ来て、日本だけでなく世界中の企業がストラテジー分野でのサポートを熱望し始め、近い将来この動きがさらに加速することを見込んで、4本目の柱とするべくGSG立ち上げに至ったというわけだ。
井口氏はこうした流れを一言で「3+1」と表現。日本以外のローカルではすでにこの「3+1=4本柱」を達成しているところもあるというが、現状の日本では「+1」であるストラテジー分野は「あえて独立させていない」とのこと。他ラインとの融合が肝となるからだ。それゆえに、サービスラインやエンティティをまたいで組織を作り、最適な形を模索しているという。
「KPMG FASがDA領域において圧倒的な実績を上げていることはご存じの通りです。しかし、インディールでこれほど成果を上げているのであれば、その前後、つまりプレディールやポストディールでも、多くのお客様に貢献できるはず。そうした確信のもとにストラテジーグループはスタートしたのです」
「過去からのなりゆき」だけでも「仮説からの逆算」だけでもない
理想的なストラテジーを構築する
「現状はインキュベーション中」と謙遜しつつも、すでに日本のGSGは次々と成果を上げている。「間違いなく4本目の柱として確立できた」と明言できる日は決して遠くないようだが、実際のディールを進めていく上で、井口氏は根本的な課題があったと語る。
「KPMGにはインターナショナルにもジャパンにも、突出した専門性の持ち主が多様に集まっていますから、彼らが案件の都度連携する形でも答えを出していくことは可能です。しかしGSGとして確固たるものを築き上げるためには、組織の機能をより高度にしていかなければいけません。そこで向き合った課題の1つが、永遠のテーマとも言えるもの。根本的に異なる発想の仕方です」
井口氏は、ストラテジー領域、特にプレディールの局面で戦略コンサルタント的な機能と、会計士的な財務面の機能の両方が不可欠になることを示した上で、両者の間にある発想面の大きな違いを指摘する。
「戦略コンサルタントというのは、常に仮説思考で仕事を進めていきます。一方、伝統的なDA領域で活躍してきたメンバーというのは、財務分野の専門性を基礎に置き、積み上げ式でものを考えます。どちらも果たすべきミッションのために必要だからこそ、こうした発想をするわけですが、DA領域における戦略立案の局面で成果を上げていこうと思えば、両者がいかに融合できるかが問われるわけです。」
例えば企業の収益の成長を時系列なグラフに表した時、財務分野に立脚したプロフェッショナルは、過去の成長曲線から算出できる到達可能な延長線上に未来の数値を導き出そうとする。井口氏によれば、これを「なりゆき」と呼ぶのだそうだ。一方、戦略のプロが同じグラフを目にしたなら、「この会社が10年後に達成しているべき収益の数値」をまず目標として設定し、「今何をすればその数値に到達できるか」を逆算的に論じていく。「過去からのなりゆき」と「仮説からの逆算」は、そもそもの発想や思考経路が異なるがゆえに、落としどころを見つけづらい。
「この双方を誰もが納得できるようにうまく融合させることのできる人材というのは、マーケットを探しても少数しかいません。もちろんGSGとしては、そういう人材の獲得や育成を目指していますが、まず成すべきなのはGSGがチームとして『融合』を実現すること。そのための試行錯誤を行っていますし、必ず成功させようと考えています」
以上の問題意識から、日本のGSGのメンバーは3つの異なる人材層で構成しているのだという。メンバーの3分の1が戦略のプロフェッショナル、3分の1が財務のプロフェッショナル、残る3分の1がポテンシャル人材とのこと。
「どういうバランスが最適なのかは、今後自ずと見えてくるでしょう。海外のKPMGにはすでにストラテジーを4本目の柱にしたところはありますが、それをそのまま見習えば日本でもうまくいく、というわけでもありません。ですから、今後も人材の採用を進めながら、組織としての陣容を整えていこうと考えています。いずれにせよ、私たちKPMGが手がけるからには、このグループが保有している強みをいかにレバレッジできるかが問われるし、そういう視点で進めていきます」
では井口氏の考えるKPMG FASの強みとは何なのか?
「戦略、ビジネスモデル、オペレーティングモデル、フィナンシャルモデルなどなど、あらゆるフェイズを一気通貫で捉え、最終的には具体的な事業計画にまで落とし込んでいける。この事業計画に端を発してポストディールの行く末まで語れる。つまり、ワンストップであらゆる問題の解決を実行できる総合力がKPMG FASの強みです」
ならばこの強みにレバレッジをかけ、KPMGのGSGが目指す理想像に到達するには、どうすればいいのか? 井口氏の答えは明快だ。
「M&Aや事業再生は、事業計画書に落とし込んだ数字ありきでバリュエーションが決まります。モデラーと呼ばれる人たちがこうしてディールの数字を動かす中で、すべての施策が収斂していかないといけない。しかし、戦略的発想に偏ったチームの場合は、ともすれば『10年後こうあるべき』という仮説の数字から逆算するため、現実との間に断絶が生まれがちになる。これではディールは成功しません。一切の断絶を排除して、溝を作らずに計画を作り込まなければいけない。しかも同時に、これまでの『なりゆき』では描けなかったようなストーリーを厳正な数字の背景をもって描けるようにしなければいけない。GSGが目指しているのは、こうしたことを実現していくことなんです」
プロフィール
井口 耕一 氏
執行役員 パートナー
ストラテジーグループ
KPMGジャパン グローバル・ストラテジー・グループ日本代表
大学卒業後、アクセンチュアに入社。コンサルタントとして主に業務変革に携わった後、戦略グループにトランスファーし、多数の事業戦略立案プロジェクトを担った。その後、ファンドにおけるバリューアップチームの責任者、複数のベンチャー企業の立ち上げ、事業会社取締役などを経て2007年にKPMG FASに参画。オペレーショナルリストラクチャリング・サービスの立ち上げやKPMG BPAの経営等を担った後、KPMG FASの執行役員 パートナーに就任。2014年、ストラテジーにフォーカスしたグループを立ち上げ、その統括を担っている。早稲田大学大学院修了。
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