「プロ経営者」になる。〜経営者インタビュー〜

画像:後藤 英恒 氏

後藤 英恒 氏

プロ経営者となる道筋はケース・バイ・ケース、それぞれに異なるもの。だが以前から定着している1つのプロセスがある。投資会社や経営支援企業からの派遣によって事業会社のトップ経営陣に就くというものだ。
後藤英恒氏は、こうしたプロセスを踏むスタイルも含め、過去に複数の企業で「経営の仕事」にコミットし、その都度成果を上げてきた人物。
マーケター、コンサルタントとして会得したノウハウに加え、多様な企業で経営者としての経験値を積み重ねてきた後藤氏は、20の質問にどのような答えをくれるのだろうか?

後藤 英恒 氏
株式会社シカタ 代表取締役社長兼CEO http://www.shicata.co.jp
インテグラル株式会社 ディレクター http://www.integralkk.com

1970年、東京生まれ。一橋大学法学部卒業後、P&Gファーイーストインクへ入社。一貫してマーケティング部門に従事し、ブランドマネージャーとして洗剤製品の売上倍増達成など高い実績を上げた。2001年にボストン コンサルティング グループへと移り、コンサルタントとして様々な案件を担った後、民事再生プロセスに入った東ハトの執行役員に就任。同社の再建に貢献し、取締役副社長兼COOも務めた。その後、メガネの三城での経営改革等を経て2008年、独立系投資会社インテグラルにディレクターとして参画(現任)。機械製造販売のビー・ピー・エス社で代表取締役を務めた後、2011年よりバッグの企画・製造・販売を主事業とするシカタの経営に携わっている。

[1]自己紹介をお願いします。

私は一橋大学時代、当時教授だった竹内先生(竹内弘高氏。現在はハーバード大学経営大学院教授、一橋大学名誉教授)のもとでマーケティングを学んでいたこともあり、社会に出る時にもマーケティングを仕事の技として身につけたい、と考えP&Gファーイーストインク(以下、P&G)へ入社しました。若いうちから社員に権限を任せてくれる会社だと聞いたことも大きな理由でした。

入ってみると、P&Gでの仕事は実に面白かった。とりわけ、5年目にブランドマネージャーに就任してからは、マーケティングに関わるあらゆる意思決定を任され、思う存分に働くことができました。私が任された洗剤の分野の場合、90年代当時のP&Gブランドは厳しい状況にありましたが、急速に成果を伸ばすこともできたのです。

ところが、人間というのは同じサイクルを繰り返していると、刺激を感じなくなっていくものです。問題点を探り出し、解決方法を考え、意思決定して、それを実行していく。今思うと甘いのですが、このサイクルを繰り返していた私は、いつしか違う刺激を求めるようになりました。

P&Gにはない刺激を得て、違う成長を目指したいと思うようになり、人材紹介会社に登録したところ、外資系の消費財メーカーなどマーケティングで素晴らしい成果を上げているいくつかの企業からお声をかけていただいきました。しかし、私の本音は「これではP&Gにいた時と変わらないし、それならばP&Gでいい」だったんです。

「違うことがしたい」とエージェントに相談すると、「今のあなたはマーケターとしての実績で評価される。違う転職をしようというのなら、思い切ったキャリアチェンジをして、そこで別の価値を身につける必要がある」というアドバイスが返ってきました。じゃあ、何になればキャリアチェンジできるのか? その答えが「コンサルタントになる」だったのです。

ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)に入って最初の1年間、私は非常にキツイと感じていました。物理的な忙しさもさることながら、俗に言う「立ち上がらない」感覚がついてまわったんです。目の前のプロジェクトにしっかり使命感を持ち、前向きな気持ちで取り組んでいくようなモードに入りきれないでいる自分がいて、焦燥感が募りました。

実は、この「プロ経営者になる」のコンテンツに登場している須原さん(須原清貴氏。現在はキンコーズ・ジャパン代表取締役社長)とは、同期入社の仲だったのですが、彼のほうがずっと「立ち上がっている」状況でした。

再び人材紹介会社に行ったり、先輩・知人に転職の相談をするようになり、以前から海外で働きたいと思っていたので、「海外での仕事を経験できるところに移り、そこで改めて成長を志そう」という発想になりかけていました。しかし、結局はこの考えを改めました。「どうしてもやりたい仕事があって、その実現のために必要だから海外へ行く、というのが本当だ。今の自分はそれとは違う」と気づいたのです。

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BCGに残って成長を目指すようになった私は、あえて仕事を選ぶようにしていきました。「立ち上がる」予感をどうしても得られなかった不得手な戦略系案件よりも、比較的得意だったオペレーション変革やPMI(M&A後の統合プロセス)などの経営変革系プロジェクトばかりにアサインしてもらうようにしたんです。

すると、自分のモチベーションに変化があっただけでなく、複数のマネージャーから声がかかったりもするようになりました。

どんなコンサルタントにも得手・不得手はあります。経営変革系の担当を名乗り出る人間がいなくて困っているようなプロジェクトがあると、そこのマネージャーが私の噂を聞きつけて、「やってくれないか」と指名してくれるようになったのです。仕事を選んでいくようになったのに、かえって社内評価が上がり始めた。こうして、私はようやくコンサルタントとして「立ち上がる」ことができたのです。

そうこうしているうち、大学時代の同期だった鈴木愛作さん(現在はインテグラルのパートナー)から話を持ちかけられました。当時の彼はPEファンドのユニゾン・キャピタル(以下、ユニゾン)の一員だったのですが、そこで東ハトの民事再生案件に加わろうとしており、私にも参画をしないかという話です。

大いに気持ちが動きました。P&GでもBCGでも「経営に近い立場で仕事ができる」ことを喜びに感じていましたし、この当時の私は漠然とではありますが、事業再生を任されることについての興味を深めていました。コンサルタントとなって手に入れたノウハウだけでなく、再生を目指す東ハトの中で、マーケター時代の知恵を活かしていくこともできるかもしれない。そう考え、私は心を決めました。

こうして、東ハトの執行役員経営企画部長に就任(後に 副社長兼COOに就任)し、経営再建に向かって奔走するようになりました。東ハトの再生は、元サッカー選手の中田英寿さんも加わるなどして、世の中でも話題になりました。

しかし、現場では泥臭い問題の解決作業が続きました。私は生産本部長となって工場の移転統合問題と向き合ったり、その後は営業やマーケティングにおける課題解決を担ったりして、山あり谷ありの日々を送っていました。結果的に山崎製パンへの会社売却によって、私は東ハトを離れることになったのですが、約3年間で得た多様な経験は今でも私の力となっています。

このころには、経営の仕事を任せてもらうことを、はっきりと望むようになっていた私は、次に「メガネのパリミキ」で知られる三城へ入社しました。オーナー企業として大きくなったこの会社の経営を変革する。それが私に託された使命だったのですが、ここでも過去に経験したことのない苦労を味わうことになりました。

東ハトのように、再生するしかない状況を抱えた企業とは当然異なります。何かを変えようとすれば、当然それを疑問視する声も上がる。私の意向とオーナーの意向が食い違ったり、オーナーの気持ちと温度差が生じたり、という場面もしばしばありました。

それでも「今ここで自分がやれる限りのことをしよう。先のことはそのあと考えよう」と考えて、対応を重ねた結果、三城でも得難い経験ができたと思っています。特にオーナー経営者とのリレーションの結び方についての経験値は、まさに今の私の立場において、非常に大きな財産として役立っています。

インテグラルから声をかけてもらったのは、三城での経営変革がある程度一段落した時期でした。インテグラルには東ハトの変革で一緒だった方々もいましたし、通常の投資ファンドとしてファンド資金を注入するだけでなく、自己資金(プリンシパル資金)も入れて超長期で投資先にかかわっていこうという姿勢や自らのリソースを使って積極的に投資先の経営変革を推進していこうという姿勢に共感し、入社を決意しました。ビー・ピー・エスという機械製造の会社の経営再建を担った後、2011年から現在のシカタへ移り、今に至っています。

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