【後編】大型IPOを成功させた資本政策の背景と社会貢献への思い
<大型IPOを成し遂げられた理由>
【中川】タイミーの株主構成の変遷について教えてください。
【八木】私が入社した約4年前には、VCやCVC、エンジェル投資家など、50人以上の投資家がいました。
飲食店など顧客になる事業会社を株主にしてファンを集めるなどの狙いやコロナ禍で資金をかき集める必要も出てきたりで、結果的に株主が多くなり、一部で関係性が「広く浅く」になっていました。
株主が多すぎるとコミュニケーションコストがどうしても高くなるので、入社後、上場後の株主構成に向けて調整していきました。2022年に一度セカンダリー取引を行い海外の機関投資家に一部を売却、2024年初めにも二回目のセカンダリー取引で物流企業4社への一部売却を行いました。IPO時には、主にVCやCVCの持分を売却し、オファリングレシオを40%ほど作り、その中で海外の機関投資家が75%程度の株を持つような構成にしました。
【中川】約4年間かけて徐々に構成を変えていかれたのですね。またデットファイナンスでは、2年連続で非常に大きな金額を調達されており、無担保・無保証かつ金利も年1%未満というスタートアップとしては異例の好条件と拝見しました。
【八木】エクイティとデットのバランスですね。当社は運転資金のニーズが大きく、エクイティで基本賄っていましたが、経済合理性の観点からデットとエクイティの割合をしっかりマネージし、ファイナンスを行う必要がありました。通期で赤字だった時期に、将来の黒字化を見据えて銀行との会話を始め、デットを増やす方向でのファイナンス戦略を練り実現に至りました。
【中川】事業を伸ばすことにコミットしているからこそ、希望している形での資金調達ができたということでしょうか。
【八木】そうですね。コーポレートファイナンスについての教科書的な話はいろいろありますが、銀行には、将来予測も含めて信用してもらえるようファイナンスだけでなく事業がどれだけ成長するかもセットで伝える必要があります。
自身が事業にも関わっていたので、調達した資金をどこに使いどのような成果が出るのか、ワンストップで全部説明できたのがとても良かったと思います。企業の成長とファイナンスは切り離せないということを、この経験を通じて強く感じました。
【中川】直近のIPOでは、海外販売比率が75%ととても高かったこと、公募がなかったことが注目されました。その意図や資本政策で重視したことを教えてもらえますか。
【八木】IPOの資本政策では、海外の販売比率を高めたいという狙いがあり、最終的には75%まで増やしました。これは、上場後の投資家コミュニケーションや、中長期的な株価の安定を考え、ロングオンリー(買いポジションのみの投資手法。中長期的な株式価値向上でリターンを得る)のファンドやファンダメンタルで評価してもらえる投資家に多くの株を渡したいという意図がありました。そのため、構造としても海外販売に重きを置いています。
公募を行わなかったのは、デットファイナンスである程度資金調達ができ、黒字化もしていたので、「今この資金を何に使うのか?」という疑問が出てしまうためです。必要なタイミングで資金使途と結びつけて調達するほうが、投資家とのコミュニケーションが円滑になると考えました。一部議論がありましたが、結局は公募ゼロという形になりました。
【中川】ではVisionalについてもお伺いさせてください。IPO時の海外販売比率は89%と高かったことが話題になりました。また、もともとは旧臨報方式を考えていたところをグローバルオファリングに変更したと拝見しました。どのような狙いがあったのでしょうか?
【末藤】我々も、上場でステージが変わるため、株主構成を未来に向けてリセットしたいという考えがあり、VCやCVCの皆様には今までのご支援に感謝し、基本的にエグジットしていただき、上場企業としての投資家層を構築することを目指しました。
その際、中長期での企業価値向上にコミットする我々を支援してくださる投資家の方々にできるだけ多くの株式を持っていただきたいと考えていました。どうしても旧臨報方式だと限界があります。お金も手間もかかりますが、より多くの投資家に直接マーケティングする貴重な機会を得るためにも、グローバルオファリングという選択をしました。
【中川】IPOから3年以上経ちましたが、当時の資本政策を振り返ってもっとこうすれば良かったなと思うことはありますか?
【末藤】正直、あまりないです。実際にはできなかったがゆえに表に出ていないことを含めて、いろいろとトライしました。トライしてみて、難しかったので最終的には別の方法をとった。やれることはトライしたので、もっとこうすれば良かったというようなやり残したことはないかなと思いますね。
<後続のスタートアップにいかに貢献するか>
【八木】ビジョナルさんがやってくださったことが、まさに今、いろいろな後続の企業のIPOにつながっています。当社のIPOでは国内・海外どちらもブラックロック(世界最大手の資産運用会社)からのIOI(※1)を取得していますが、これはビジョナルさんのIPO時の国内親引けやIPO直前のセカンダリー取引、新規の海外機関投資家からのIOIからトレンドが作られていると思います。コーナーストーン投資(※2)もビジョナルさん上場後に増えました。前例を作る・風穴を開けてくれる様々なトライをしていただいたのは本当に素晴らしいし、そのおかげて我々はやりやすかったです。
※1:投資家からの株式取得意向表明。目論見書に記載される。
※2:機関投資家が上場承認時または直後に一定の株式を取得することを約束すること。上場時の条件(株価など)への市場の納得感の向上につながる。
【末藤】そう言っていただけると、本当に嬉しいです。私たち自身、過去に上場した先輩方が道を切り開いてくださったおかげで選択肢が広がっていきました。私たちも次の世代のスタートアップに何か貢献できないかと考え、前例だけにとらわれることなくさまざまな新しい挑戦を試みて実施しました。少しでも後に続く企業様のお役に立っているのであれば、とても嬉しいです。
【八木】めちゃくちゃ活きていると思います。
【中川】自分たちが上場するだけでも大変なのに、後に続く会社のための行動ができるのは、自社だけでなく、世の中のためにという意識があるからですか?
【末藤】はい、それは本当に大きな要素だと思います。弊社全体としても何かに取り組むなら誰にでも胸を張って伝えられる仕事をしようという「価値あることを、正しくやろう」というバリューや、本質的な課題を引き出し、抜本的に解決しようという「お客様の本質的課題解決」というバリューが根づいています。言い換えれば、本質的な課題解決を目指しているということです。
IPOは数多くの企業が通ってきた道として一定のセオリーがあり、ある程度決まったプロセスがありますが、それに囚われずに最善の方法を模索し続けていました。我々が描く未来に向けて、もしこうありたいという意志があるのであれば、その意志を実現するための道を模索するべきだと思いました。ちなみに、上場プロセスをはじめた当初は、こういう形になるとは一切想像しておらず、プロセスを進める中で、挑戦をし続けた結果、今の形になりました。
【八木】我々の新しい試みとしては、ロックアップ期間を最長6年に設定することができました。通常、グローバルIPOでは180日が一般的ですが、タイミーも、上場後に中長期的にサポートしてくれる投資家に株を持ってもらいたいという意図がありました。ですから、180日で売り抜けるような短期的な保有を防ぐために、3年や6年のロックアップ期間を設定しました。
【中川】後続のスタートアップに良い影響を与えているのは本当に素晴らしいことだと思います。八木さんはIPO時の資本政策について何か「もっとこうすれば良かった」と思うことはありますか?
【八木】私がもう少しやりたかったのは、toC向けのサービスを提供しているので、ユーザーさんにも株を持ってもらうというアイデアの実現です。海外では、ユーザーさんに株を提供するプログラムを実施している事例があります。ユーザーさんがタイミーを利用することでタイミーが成長し、その結果、株価も上がり、ユーザーさんがその恩恵を受けるという仕組みを作りたかったんです。
結局、ベストな形で実現することはできませんでしたが、アプリ上にバナーを設置してユーザーさんが株の購入にアクセスしやすくするようにしたり、目論見書リーフレットにQRコードを付けてサービス紹介動画に誘導する導線を設けるなどしました。
これらはリーガルチェックが非常に厳しく、今まで実現が難しかったのですが、今回は弁護士や証券会社とも協力してなんとか実現できました。このような事例はあまりないので、今後、他の事業会社もこのような取り組みをしやすくなるのではないかと思います。
<今後の成長戦略や市場評価>
【中川】タイミーの今後の事業戦略についても伺いたいのですが、メルカリやリクルートが同事業に進出しているなかで、どのような戦略を考えられていますか?
【八木】ウルトラCはなくて、地道にしっかりやることだと考えています。ツーサイドのマッチングプラットフォームなので、一番アクティブなワーカーと一番アクティブな企業がいるところが勝つんですよね。タイミーのサービスは、その規模感でトップを走っていて、募集をすればしっかり人が集まることが大きな強みです。また企業からすると、同じ人に継続して来てもらった方が説明の手間も省けるし安心感もある。他を使って違う人が来ると負担になってしまう。タイミーを使うと割と一回来てくれた人がリピートで来てくれる。先行者優位がかなり働くんです。また6年かけてデータを蓄積しているので、全国各地の募集やワーカーの集まり具合の予測が可能であることから稼働率を高めやすい。加えて日本全国に500人以上の営業人員を抱えていて、サポート体制が充実しているので双方の満足度が高まりやすい。データ+人員の力を使って地道な改善を続けていることが大きな強みだと思っています。
【中川】スタートアップは、IPO後どこかのタイミングでモメンタムが下がると言われることがあると思います。具体的には、メディア露出が減り、何となく勢いを感じられなくなり、採用が難しくなるなどです。Visionalさんはそうなっていない印象がありますが、そのために工夫していることはありますか?
【末藤】IPO後にモメンタムが下がるかどうかは、IPOのタイミングや会社の規模にもよるかもしれません。規模が大きくなってからIPOをすれば、財務的に強く、安定的な成長が実現しやすいと思います。私たちは、IPOをゴールではなくスタートラインと捉えており、その考え方を持ち続けているので、IPO後も変わらずに進んでこられたのかもしれません。実際、採用は上場後のほうがしやすいと感じますね。
【八木】確かに上場前は、業績や給与の不安などを持った候補者から、CFOである私に直接聞きたいと言われることも多かったです。
【末藤】IPO後は全ての情報が公開されるので、採用はむしろ有利になることが多いと感じますね。
【八木】当社はIPOの際に様々な記事に取り上げられましたし、情報発信の頻度は未上場段階からかなり高かったので、モメンタム維持のために特別なことをする予定はありません。 話題作りのために広報活動を行うのではなく、事業そのものを成長させていれば、プレスリリースもたくさん出せますし、自然と話題になるような出来事が生まれてくるはずです。
【中川】Visionalさんは昨年の12月にプライム市場へ市場変更されましたが、市場が変わったことで投資家からの見られ方が変わったりするのでしょうか。
【末藤】「プライム市場でないと投資できない投資家層が一定いる」という話で、インデックス投資家などがまさにそれに該当しますが、日々の活動の中では、何か大きな変化はまだ感じられていません。もしかしたら、今後変化に気が付くのかもしれません。
【中川】とはいえ、海外の機関投資家からの評価は、プライム株に比べグロース株は低い印象があります。
【八木】要因はいくつかありますが、すべての銘柄が同じように見られているわけではなく、銘柄によって見方は大きく異なると思います。グロース株への投資は、数ある投資先の中からあえて選ぶ理由が必要になります。
多くの機関投資家は、安定したリターンが見込める企業への投資を好みます。グロース株は高いリターンが期待できる一方で、赤字企業も多く、そもそも投資規模が小さいため、十分なポジションを取ることが難しいからです。海外の機関投資家は、多額の資金を使い、綿密な分析を行って投資先を決定するため、一定規模のリターンが見込めない場合は、投資するメリットを見出しにくいのです。
金利上昇や市場環境の影響もあり、グロース株全体へのモメンタムは戻っていないので、一定の基準を満たし、成長と収益が見込める銘柄に関心が集まってしまっていますね。
【中川】銘柄次第ということですね。
【末藤】本当にその通りですね。だからこそ、事業が伸びていれば株価はついてくるはずなので、着実に事業を成長させていくことが何よりも重要だと感じています。
【中川】ここまでお話をお伺いしまして、お二人の共通点として、「事業成長なくしてIRなし」と考えて広く経営に関わられていること、長期的に支えてくれる機関投資家に株を持っていただくために様々な手を打たれていること、後続のスタートアップのことも考えて新しい事例を作ろうとしていること、が挙げられると思いました。個人的には3点目が特に印象的で、実際に良い循環が生まれていることが本当に素晴らしいなと思いました。
<読者へのメッセージ>
【中川】最後に、今後CFOを目指す方々に向けて、何かメッセージはありますか?
【末藤】これからの時代は、総合力が非常に重要だと思います。CFOとしてファイナンスの専門性や能力は当然重要ですが、経営チームの一員として、より広い視野を持ち、様々な経験を積むことが、これからのCFOに求められるスキルセットだと考えています。ぜひ、色々なことに挑戦していただきたいですね。
【八木】CFOには二つのタイプがいると思います。ファイナンスだけをやる人と、事業にもコミットする人です。投資銀行出身で知識は豊富でも、スタートアップではうまくいかない人もいます。CFOは、経営者の一人であり、ファイナンスという武器を持っているだけです。経営の意思決定はファイナンスだけでなく、会社全体のことや未来のことをゼロから考えていく必要があります。いかに他の分野を理解し、経営全体をカバーできるかが、今後求められる重要な要素だと思います。そのような視点を大切にしてほしいですね。
(聞き手:キャリアインキュベーション・中川英高)
プロフィール
末藤 梨紗子 氏
ビジョナル株式会社 執行役員CFO
慶應義塾大学卒業後、モルガン・スタンレー証券株式会社(現:モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社)に入社。2010年にゼネラル・エレクトリック(GE)でグローバル・リーダーシップ・プログラムに参加後、マーケティングや経営戦略業務に従事。2016年よりグラクソ・スミスクライン株式会社で財務、経営戦略、コンプライアンスのエグゼクティブを歴任。2019年、株式会社ビズリーチに入社。2020年2月、ビジョナル株式会社執行役員CFOに就任。2023年5月、株式会社ビズリーチの取締役を兼任。
八木 智昭 氏
株式会社タイミー 取締役CFO
三菱UFJ銀行で法人営業に従事後、三菱UFJモルガン・スタンレー証券にて投資銀行業務に従事。SaaS企業で事業推進を主導後、2020年タイミーに参画。2021年に海外投資家から総額53億円のシリーズD調達、2022年にはセカンダリー取引で海外投資家の資本参画や総額183億円のDebt調達、2023年にも総額130億円のDebt調達を主導。2024年7月には、グローバルオファリングでのIPOを主導。
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