ビジネスのグローバル化や少子高齢化、収束する兆しが見えない新型コロナウイルスの蔓延など、企業を取り巻く経営環境が劇的に変化するなか、未上場企業への投資を通じて企業価値の向上を請け負うPEファンドの存在感が急速に増しています。今回は、国内で展開中のPEファンドと太いパイプを持つ現役キャリアコンサルタントが、外部からはうかがい知れないPEファンド業界のビジネス事情、採用動向を解説します。
新型コロナの影響は? PEファンドの投資動向
2020年春以降、コロナ禍により経済の低迷が続いています。PE市場の概況を教えてください。
【佐竹】PE市場は2つの側面からご説明をした方が良いと思います。まず1つ目、PE市場への資金流入、ファンドレイズになりますが現在も活況を呈しております。マイナス金利政策の影響などもあり、機関投資家の資金がPEファンドに流入し、プレイヤーの増加、PEファンドの大型化が進んでいるとみています。もう一つの側面は投資案件の成立件数、成立金額で、こちらも共に増加傾向となっています。M&AやPEファンドに対する見方の変化に加え、事業承継ニーズの高まり等が複合的に絡みあった結果と考えております。
元々日本のPE市場は欧米のPE市場に比べ小さく、まだまだ成長余地の大きい市場と言われているのですが、このポテンシャルがある市場に資金が流入し、案件が成立、更に資金が流入するという良い循環があるとみております。
【星野】リーマンショック時と今回のコロナ禍で一番違うのは金融環境ですよね。少し振り返ると2000年代初頭にはじまった国内PEファンドのファンドレイズは2006年から08年にかけて年間5000億円前後まで急拡大し、その後リーマンショックに起因する金融シュリンクによって一気に年間1000億円以下にまで落ち込みました。しかし2016年以降は再び拡大に転じ、2019年はリーマンショック以前に並ぶ年間5000億円規模にまで回復拡大してきています。さて、直近のコロナ禍の影響はどうでしょうか。実は2020年1月から4月だけでも弊社が承知しているだけで過去最大規模のファンドレイズが行われています。コロナ禍の影響で一旦、調整局面に入る可能性もあるものの、業界全体の拡大基調に大きな変化はないのではというご意見を多く伺います。むしろ2016年から拡大し蓄積されたPEファンド各社のドライパウダーがどこに注ぎこまれるか、環境激変もあって大変注目しています。
直近では、どのような投資案件がトレンドになっていますか?
【佐竹】先ほども少し触れましたが、とくに事業承継案件の増加は顕著です。10年ほど前までPEファンドがかかわる事業承継案件は年間で10件程度に過ぎませんでしたが、現在は年間60件から80件程度にまで増えています。かつてメディアを通じて「ハゲタカ」「冷酷なコストカッター」といったネガティブなイメージを喧伝されることが多かったPEファンドですが、時とともに実態が理解され、健全なビジネスパートナーとして認められはじめたことも市場拡大に貢献しているといえそうです。一方で、PE勃興期に大きなトレンドとなっていた企業再生案件は、その時々の金融政策の影響を受けることも大きいのですが、目に見えて減っているのも特徴といえるかもしれません。
【山口】一案件ごとの取引金額で申し上げると、2桁億円のスモールキャップと呼ばれるディールが全体の約半分、ミッドキャップと呼ばれる3桁億円のディールが1-2割を占めており、日本のPE市場は現状ミッド・スモールキャップ案件が主導していると言えるのでしょうね。ラージキャップのディールも増えてはいますが件数にして年間0-1件だったものが直近は年間2-3件です。日本におけるラージキャップディールはまだまだ勃興期で拡大余地が大きいと言えるのかもしれませんね。これから楽しみなところです。
コロナ禍で採用活動は一時停滞。しかし現在は回復基調に
今回のコロナ禍は世界的な経済の停滞を招いているものの、国内PE市場を一変させるほどの悪影響はないというお話でした。採用活動についてはいかがでしょうか?
【佐竹】当社が把握している数字を申し上げると、3月末までに40ポジションほどあった採用枠のうち、4月7日の緊急事態宣言発令以降、3割強が採用ストップ、もしくはペンディングになりました。こうした決定は、PEファンド各社が自社ビジネスに与える打撃を懸念し採用を取りやめたということに加え、事態が収束して候補者と対面で会えるようになるまで待とうという判断が働いたからだと考えています。
緊急事態宣言解除から半年近く経過しました。現在の状況はいかがですか?
【佐竹】当面アフターコロナと呼べるような状況はこないということがわかるに従って、オンラインインタビューの準備、体制を整えられるPEファンドが増え、緊急事態宣言が解除された6月までには大方のPEファンドが採用活動を正常化されています。また、PEビジネスへの影響という点でも限定的という見方が広がっております。緊急事態宣言解除から5カ月経過した現在(2020年11月現在)もこの状態は変わりません。
【山口】その一方で、候補者サイドにはこうした状況に警戒感、不安感を持たれている方も増えている印象です。「本当に採用しているのですか?」と聞かれることも多いですし「いま転職して大丈夫か」と、リスクを感じている方も一定数いらっしゃいます。
【佐竹】そうですね。でも実際は良い人がいればひとりでも多く採用したいというのが、PEファンドの本音でしょう。先ほどPEビジネスへ与える影響は限定的と申し上げましたが、やはり投資先企業でコロナ禍の影響が出ている先もあります。既存の投資先では、投資時の計画と実態との乖離を埋めるため現場は大変忙しい状況ですし、新規案件の観点では、これまでPEファンドと縁のなかった企業から、M&Aや買収に関する相談依頼も舞い込むようになったという話もよく耳にします。採用ニーズは衰えるどころか、むしろ高まっているといっても過言ではありません。
【星野】確かに経営のテコ入れなど、投資先のメンテナンスに時間を取られるなか、新規買収案件の仕込みもしなければならないわけですから、手を動かせる若手がほしいというニーズは、より一層切実になってきているといえるでしょうね。
アソシエイト採用が8割。PEファンドが求める人材像とは?
「手を動かせる若手」が求められているということですが、具体的にはどのような人材が必要とされているのでしょうか?
【佐竹】まず、年齢層で申し上げると、20代後半から30代前半までを対象としたアソシエイト採用が募集全体の80%ほどを占めています。必要とされる経験で申し上げると、同業出身者以外では、投資銀行、FAS(ファイナンシャル・アドバイザリー・サービス)などで、M&Aの実務を経験されていた方を対象としている求人が多い傾向です。近年は、各PEファンドが投資後の企業価値向上に力を入れており、戦略系コンサルティングファームのコンサルタントや、商社で投資業務、投資先管理を経験された方を採用する事も増えています。
【山口】スキルセットに関して補足を申し上げると、近年は求めるスキルセットをより詳細に提示するファンドが増えている印象があります。例えば、投資銀行やFASのバックグラウンドがあるだけでなく内部で着実にプロモーションしている方が望ましいですとか、財務モデルの作成経験だけでなくFAの経験がある方といった、より詳細に候補者の能力を見るようになっているように思います。
【星野】いま山口が申し上げた通り、財務三表モデルがつくれるか、スクラッチからLBOモデルがつくれるかといった、より専門的なスキルが求められることも珍しくなくなりました。先ほど「現場は人手が足らず苦労している」「手を動かせる若手が求められている」「戦略コンサルタントや商社経験者の採用も増えている」いった話が出ましたが、採用のハードルが下がったわけではないのです。
【佐竹】そうですね。選考対象の幅が広がりましたが、決して採用のバーが下がったわけではなく、スキルや能力、経験をピンポイントで評価する傾向が強くなっているのだと思います。日本にPE業界ができて20年の間に、入社後の立ち上がりが早くパフォーマンスを発揮しやすい人の傾向や、コンピテンシーが明確になったことに加え、PEファンド自体のイメージや知名度が向上し、応募者にとって魅力的なキャリアパスになりつつあること、つまり応募者の増加も、採用基準の具体化が進んだ要因といえそうです。
採用基準を満たしていても落ちてしまう人に足りないこと
スキルや経験、経歴が申し分ない候補者であっても、採用される人、されない人がいるはずです。その違いはどこからくると思われますか?
【山口】理由はさまざまですが、結果に一番現れやすい点を挙げるなら、どの程度、事前準備に時間と手間を費やしたかだと思います。事前準備にあまり時間をかけず、かつその内容が表面的ですと書類選考が通過しても面接を通過することはできません。
【佐竹】新聞報道や世の中のうわさ程度の伝聞情報をもとに志望動機を語られる方もいらっしゃいますね。これだとPE業界、そして応募先企業の事を正確に把握し、志望動機を作ることは難しいと思います。
【星野】面接の数週間前にウェブサイトなどで情報を集めて事前準備をすれば内定獲得できる業界もありますが、PE業界は他業界に比べて志望動機の深堀があったり、人物的なフィット感を重視したり、実務的なテストがあったりと様々な観点から選考を行う業界です。現在、PE業界が採用に積極的なのは確かですが、先ほど佐竹から話も出た通り、採用枠に対して応募者数も多い人気職種です。その中で競争に勝つためには、やはりしっかりとした事前準備が必要です。
事前準備の段階では何をすべきでしょう?
【山口】情報収集という観点でいえばウェブサイトの情報だけでなく、PEファンド、バイアウト関連の書籍に目を通していること、また志望動機についても「なぜPEファンドでなければならないのか」また「過去のどのような経験、スキルがこの世界で活かせるのか」を、面接官にきちんと説明できるような状態になっていることがとても重要です。たとえば志望動機として「アドバイザーの立場ではなく、プリンシパルとして経営の意思決定に参画できる立場になりたい」とおっしゃる方は多いのですが、面接官に「そうであれば経営者という選択肢もあるのではないか」と切り替えされて、回答に窮してしまう人もいらっしゃいます。したがって、「なぜ経営者や事業会社の投資担当ではなくPEファンドなのか」といったことをご自身の中で丁寧に整理しておくことが必要だと思います。
【星野】面接では説得力ある志望動機に加えて、自分ならどんな企業、インダストリーに投資するかという質問も多いですね。実在する企業の情報をもとに各ファンドの特色を活かしたバリューアップストーリーを構築、面接官の前でプレゼンすることを要望するPEファンドも増えています。
【山口】とはいえ、たとえそれが実務経験からではなく、独学で得た知識やスキルだとしても、ユニークさや他候補者を圧倒する熱意を買われて内定に至る可能性もありますよね。PE業務はとても長いプロセスであり、そこに立ち向かってくための熱量の高さはすべてのスキル・経験の根底として重要に思います。
PEファンドへの転職を目指しているみなさんへ
【佐竹】PEファンドは、社会的な意義や影響力が大きい業界であり、これから本格的な市場拡大期に入ると考えております。PEファンドに在籍していた方のその後のご活躍を見る限り、この業界での経験はビジネスパーソンとしてのキャリアの大きな糧になるはずです。市況が変われば採用状況も変わります。「あと数年早くご相談していただければ......」ということもありますから、わからないこと、不安なことがあれば、ぜひ早めに弊社にご連絡をください。候補者のみなさんの魅力を最大限に発揮していただけるよう、壁打ち相手となってキャリアの棚卸しにお付き合いをさせていただきます。
【星野】直近のコロナ禍など社会情勢に不安があるとき、知らぬうちに保守的な心理になってしまい、新たなキャリアへの挑戦に二の足を踏まれる候補者もお見かけします。でもPE投資家を目指す方ならば、まだら模様な経済環境を冷静に見極めて、逆にこうした時期だからこそ得られるオポテュニティを見つけ出して頂きたいです。PEファンド業界はますます面白い時期に入っていくはずですので、ご興味をお持ちの方には、是非トライしてほしいです。
【山口】私が女性だから申し上げるわけではないのですが、PEファンド各社もやや遅ればせながら、女性の活躍に期待を寄せています。特に外資系PEにその傾向が顕著ですが、ダイバーシティ&インクルージョンの観点から女性の採用を意識しているPEファンドも増えてきました。PEファンド業界は性別を問わず実力が何よりも重視される世界。興味のある方には臆せずチャレンジしていただきたいと思います。