[3]小中学生時代はどんなお子さんだったのでしょう?
とりたてて何か変わったところのある子どもではなかったと思います。強いて言えば、毎年毎学期通知表に「ムラをなくせば太田君は伸びます」などと書かれていたことですか。よっぽどムラっ気があったんでしょう(笑)。今でも熱しやすく、冷めやすいところは変わらないですね。
思えば実に落ち着きのない子供で、いつもくだらないことをしてクラスの友だちを笑わせて喜んでいるような子でした。中学生になって、父の転勤についていってアメリカで2年間を過ごしたことが、その後の人生に影響を与えているかなと思います。
[4]高校、大学時代はどのような学生でしたか?
家族よりも先にアメリカから私だけ帰国して、日本の高校に入りました。「二度と受験勉強をしなくていい高校」という事で慶応高校を選びました。望む通り、受験勉強どころか普段の勉強も殆どしないで大学卒業まで毎日をただ楽しんで過ごしました(笑)。
今思えば「もっと勉強すればよかったな」と後悔しますけど、会社に入ってからは勉強もたくさんしたし、毎日仕事漬けで夜中まで働いても苦になりませんでしたね、不思議なもんです。[5]ご自身の専門性をいつごろ決めたのでしょうか? その理由についても教えてください
実を言うと、自分が人事の専門家だと思うようになったのは、ほんの数年前なんです。人事の仕事が好きなのは間違いないのですが、別にそれに限らなくても他にもできる分野があるように思っていました。最近になってやっとあきらめがついた感じです。
今でも人事しかできないと思われることには抵抗がありますね。もちろん会社の人事に責任を持つ立場としてそこでは良い仕事をしなくてはいけませんが、人事以外の領域でもアイデアを出したり時に実行に関わったりして、ひとりのビジネスパーソン、経営の一員でありたいと思っています。[6]専門的スキルは主にどこで獲得したのですか?
社会人としての基礎、つまりビジネス・アキュメンや人間性の重要性を学び、鍛えてもらったのは三和銀行でした。人事については、もちろんGEで学びましたね。ただし、「本当に大事なのは専門性ではない」ということも、GEで学んだと思っています。[7]リーダーシップやマネージメントに関する経験やスキルは、いつ、どこで獲得したのでしょう?
これまで在籍したそれぞれの企業でそれぞれの学びがあったと考えています。三和銀行では頭取秘書や経営企画の仕事を通じて経営者がどう考え、どう行動するのかを間近につぶさに見ることができました。GEではリーダーシップやマネージメントについての様々な理論や手法を学び、体験し、そしてそれを実際に体現している人たちを目にすることができました。
アイエヌジー生命では逆に、人事の手法や理論が確立されていない環境で、自分の考えで制度を構築する経験ができましたし、そのために経営陣を説得したり、組織を動かしたりする方法などを実地で学ぶことができました。[8]キャリア形成上の転機があったとすれば、それはいつのことですか?
銀行からGEに移った時が最大の転機だったでしょうか。当時すでに38歳になっていましたから、そういう年齢で初めて転職することには迷いのある人もいると思います。私としても、一大決心ではありました。大好きな仲間や本当にお世話になった先輩方が大勢いましたから。
GEに行きたかったというよりも、自分が成長するためにはまずは三和銀行から離れることが必要だ、そんな気持ちでしたね。もちろん後悔はしていませんし、今思うとよく決心したなぁ、とそう思っています。[9]強く印象に残っている試練やストレッチの経験について教えてください
三和銀行が「短期間の内に次々と異なる部門を経験させる」というスタイルで人材育成をしていたことが後の私を形成していったのだと思います。支店で貸付業務をしていた翌日にディーリング・ルームに異動になったり、MBAを取得して帰国したら支店で毎日スーパーカブに乗って営業をしたり、そんな変化の繰り返しを当たり前と思うようになっていったわけです。
おかげで、GEに転職した頃には、自分から動いて「あの仕事をやらせてください」などと主張できるようになっていました。期せずして外資系でも生きていけるようなメンタリティを獲得していたわけです。そして、試練を恐れずに成長を求められるようになったおかげで、今の私があるのだと自覚しています。[10]影響を受けた先輩や、師匠といえるかたはいらっしゃいますか?
これまでに出会ったすべての上司・先輩・同僚から影響を受けたと思っていますが、特に大きかったのは銀行の秘書室や企画部にいたときの先輩たちからの影響ですね。まだ30代半ばの先輩でも「この銀行の経営はオレたちが背負っている。ここで自分が妥協したり倒れたりするわけにはいかない」というような思いを持って働いていました。
言われた仕事、与えられた責任を果たすだけにとどまらず、「なぜこれをするのか」から考える。それを若いうちから経営者の長期的な視点で考える。そういうことの大切さ、「考える」ということの重みを教えてもらったと思います。[11]座右の銘や、独自の哲学などをお持ちですか?
1つは「難しい事はできるだけシンプルに考える」ということ。難しい事をシンプルに簡単に説明できないうちは本当に本質を理解しているとは言えない。何であれ、本当にわかっている人の説明はいつもシンプルでわかりやすい。だから難しい課題にあたったら、そのポイントや戦略を、何も知らない第三者に説明するつもりで、簡単な言葉、シンプルなロジックにまとめるようにする。そうすると自ずとやるべきことが見えてくることがあります。
もうひとつは、「当たり前に見えることは疑ってみる」こと。以前からこうやってるから、みんながこうやってるから、というような事、誰もが当たり前と思っている事こそ、「本当にそうなのか?なぜ?その前提を崩して考えたらどうなる?」と考えてみる。それが新しい発想や、差別化された戦略を生むヒントになると思います。
いずれにしても、とにかくまず「考える」こと。一般に、仕事のできる人というのはともするとまず手を動かす、という人が多いですし、それはそれで否定しませんが、敢えて私はまずよく考えてみたいし、その大切さを銀行でいろんな形で教えられました。[12]感動し、影響を受けた本や映画などがあれば教えてください
私は同じ本を2回以上読むということは殆どないのですが、唯一と言っていい例外が、デール・カーネギーの『人を動かす』です。この本に出会えて本当に良かったと思いますし、読み返すたびに新たな気づきを受け取ります。[13]CxOというキャリアの将来性や、今後期待される役割について、どうお考えですか?
さきほどは強いリーダーの資質として、intelligence, influence, ideaの3つをあげましたが、同じように経営者が持つべき素養としては、ビジネス・アキュメン、専門性そして人間性、の3つがあると思っています。この3点セットの内、一番優先度が低いのが専門性だと思います。専門的な知識や技術は時代の進歩とともに確実に陳腐化しますし、最新の専門性にしても結局はコンサルからお金で買ったり、優秀な部下に任せることで借りてきたりできると思います。
一方、残る2つの要素、ビジネス・アキュメンと人間性は簡単に買ったり借りたりすることができる代物ではありません。若い頃から自分の努力で培うものですし、そのためには時間もかかります。そのかわり、いったん築いたものは恒久的に自分の財産になります。
もちろんCHROを務めるためにはHRの専門性は問われますし、CFOならばファイナンスの、CTOならばテクノロジーの専門性が求められます。しかし業務担当ならまだしも、経営者としてのCxOになれば、最も期待されている創出価値は「突出した専門性」そのものにあるのではなく、リーダーシップの発揮にあるべきです。
であるならば、まだキャリアの早期にある若い人でも、将来のために今からビジネスの基礎知識の習得やリーダーシップの鍛錬、豊かな人間性を磨くための経験を積むことに力を注ぐべきだと思います。[14]ご自身の今後のキャリアビジョンについて教えてください
常により大きいフィールドを求めてやってきました。MSDが成長していくことで私の責任、私の活躍できるフィールドがそれに従って大きくなっていくことが理想的な形です。そして今の私の仕事がまさにその成長の大きな鍵を握っているわけですから、こんなに恵まれた環境はないですね。[15]若い方々へメッセージ、アドバイスをお願いします
このインタビューを読んでくださるかたの多くは、いずれ自分がCxOとなることを意識しているのだろうと思うのですが、それならばビジネスや経営についてどんどん勉強してほしいと思っています。
私は人事は経営そのものだと思っています。人を動かし、組織を動かし、変化を生みだしていくために、人事は常に経営上の最重要課題なんです。その領域のリーダーとなっていくからには、「ビジネスや経営のことは専門外なのでわかりません」ではいけない。若いうちから、専門性を磨きつつも、ビジネス・アキュメンを身につけ、人間性もまた高めていってほしいですね。